六言詩
給彭德懷同志
| 一九三五年十月 |
******
山高路遠坑深，
大軍縱橫馳奔。
誰敢橫刀立馬？
惟我彭大將軍！
彭德懷同志に 給す
山 高く 路 遠く 坑 深く，
大軍 縱橫に 馳奔さす。
誰か 敢へて 刀を橫（たづさ）へ 馬を立てん？
惟（た）だ 我が 彭大將軍のみ！
◎ 私感註釈
※給彭德懷同志：彭徳懐同志に与える。 ・給：（白話）…に与える。あげる。文語の「與」に近い。旧詩（古詩）の贈…や、呈…、（示…）に相当する。
※３５年１０月：１９３５年１０月。この詩を作った時期は、南部の根拠地を脱出した紅軍が陝西北部に辿り着いた頃のものである。
※山高路遠坑深：山の奥深く、しっかりと深く塹壕を掘って、（紅軍の）根拠地の守りを固めた。もっとも、電文の方は、「坑深」ではなく「山高路遠溝深」である。 ・山高：山が高い。敵を迎え撃った陝西、甘粛の根拠地の様子をいう。以下の「路遠坑深」も同じ。毛澤東は、この折りに使った電文を元にして、この第一句を作った。 ・路遠：道のりが遠い。これも陝西の根拠地のことをいう。 ・坑深：塹壕、掩体壕を深く掘る。この地方の土を掘っていく文化に適合した陣形。
※大軍縱橫馳奔：大軍を自由自在に動かす。 ・大軍：大軍。紅軍を指す。 ・縱橫：自由自在に。あちらこちらに。 ・馳奔：奔走する。駆けめぐる。蛇足になるが、乗用車のベンツは、これを逆にした“奔馳”（ベンチー）。スピード感を出した訳だ。
※誰敢橫刀立馬：だれがあえて武器を携え、軍馬に跨って（威勢のいい敵と対戦）できようか。（なかなか居まい。） ・誰敢：だれがあえて……できようか、できまい。 ・橫刀立馬：武器を携え、軍馬に跨って。 ・橫刀：刀を横にかかえる。刀を腰に帯びる。刀を構える。ここでは、前者の意で、『三國志・魏書・袁紹』の「紹不應，橫刀長揖而去。」に基づく。 ・横：横にして（武器を）構える。横向けにする。動詞。北宋・蘇軾の『前赤壁賦』に「『月明星稀，烏鵲南飛，』此非曹孟德之詩乎？西望夏口，東望武昌，山川相繆，鬱乎蒼蒼，此非孟德之困於周郞者乎？方其破荊州，下江陵，順流而東也，舳艫千里，旌旗蔽空，釃酒臨江，橫槊賦詩，固一世之雄也，而今安在哉？」とあり、明・戚繼光の『馬上作』「南北驅馳報主情，江花邊草笑平生。一年三百六十日，都是橫戈馬上行。」
とあり、金・完顏亮の『呉山』に「萬里車書盡混同，江南豈有別疆封。提兵百萬西湖上，立馬呉山第一峰。」
※惟我彭大將軍：（威勢のいい敵に立ち向かえるのは）ただ、我らが彭徳懐大將軍だけである。 ・惟：ただ。＝唯。また、おもうに。ここは、前者の意。 ・彭大將軍：彭徳懐のこと。紅軍の指揮者の一。人民共和国成立以後は国防部長（国防部の部長：日本での防衛大臣、陸・海軍大臣）を務めたたが、毛沢東の提倡する大躍進政策が多数の餓死者を生んだことについて、批判の言を発した。そのことが、後日、文化大革命の折、「反革命」とされ、やがて、厳しい状況で世を去った。
***********
◎ 構成について：
六言詩は、歴史的にみて、あまり多くない。平仄の格律も下図の通り、緩やかである。平韻一韻到底。平起。韻式は「AAA」。韻脚は「深奔軍」で、平水韻では、深：下平十二侵。奔：上平十三元（或いは去声十四願）。軍：上平十二文。この三字の中、深は〔-m韻〕で、他の奔〔-n韻〕、軍〔-n韻〕とは、本来的には全く違う系統である。但し、宋代以降は、詩ではなくて詞においては混用も可。毛沢東の場合、湖南方言の影響で-n、-m、-ngを区別しないことから起こっているのか。縦、横、奔、将は、両韻。次の平仄はこの作品のもの。
○○●●○○，（韻）
●○●○●○。（韻）
○●○○●●，
○●○●○○。（韻）
２００２． ４．１７
４．１８完
２００９． ５． ８補
２０１１．１２． ６
次の詩へ
************
詩詞概説
天安門革命詩抄
参考文献（毛沢東詩詞）
メール
トップ
