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落魄江南載酒行,
楚腰腸斷掌中輕。
十年一覺揚州夢,
贏得靑樓薄倖名。
懷(おもひ)を 遣(や)る
江南に 落魄して 載酒して 行き,
楚腰 腸(はらわた) 斷ちて 掌中に 輕し。
十年 一たび 覺(さ)む 揚州の夢,
贏(か)ち得たり 靑樓 薄倖(はくかう)の名を。
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◎ 私感註釈
※杜牧:晩唐の詩人。803年(貞元十九年)~852年(大中六年)。字は牧之。京兆萬年(現・陝西省西安)の人。進士になった後、中書舍人となる。杜甫を「老杜」と呼び、杜牧を「小杜」ともいう。李商隠と共に味わい深い詩風で、歴史や風雅を詠ったことで有名である。
『聯珠詩格』卷六より
※遣懷:詩歌を作って憂さを晴らすこと。ここでは、若かった頃を懐憶した。 *この詩は『全唐詩』杜牧『兵部尚書席上作』「華堂今日綺筵開,誰喚分司御史來。偶發狂言驚滿坐,三重粉面一時回。」の古註に「「牧爲御史分務雒陽時李司徒愿罷鎭閑居聲伎豪侈雒中名士咸謁之李高會朝客以杜持憲不敢邀致杜遣座客達意願與斯會李不得已邀之杜獨坐南向瞪 問注視引滿三卮問李云聞有紫雲者孰是李指之杜凝睇良久曰名不虚傳宜以見惠李俯而笑諸妓亦回首破顏杜又自飮二爵朗吟此詩而起意氣閑逸旁若無人杜不拘細行故詩有十年一覺揚州夢贏得靑樓薄倖名」(「杜牧が御史として洛陽の支署でいたころ、ある時に李愿という司徒が仕事を辞めて引退し、女性歌手を呼んでに派手でぜいたくなことをしていたので、洛陽の名士は、みな彼の許(もと)に挨拶にでかけた。李愿は盛大な宴会で、客に向かって『杜牧さんは君命を帯びているので、敢えてお迎えしなかった』と言った。しかし、杜牧は、参会者を通じて、この宴会に参加したい旨の意思表示をしてた。そこで、李愿はしぶしぶ彼(=杜牧)を迎えた。杜牧は、ひとり(主賓の座である)南に向いて坐った。(杜牧は)目を見開いて注視しながら杯に満たされた酒を三杯飲み、李愿に問いかけることには『紫雲という者がいるそうだが、どれがそうなんだ?』と。李愿は、杜牧に彼女を指し教えた。杜牧ははずっと見つめていて、『評判は嘘ではなかった! どうか譲ってもらえないだろうか。』と言った。李愿は俯(うつむ)いて笑い、一座の芸妓たちもまた(上座を)ふり返って、顔をほころばせてにっこりと笑った。杜牧は、またも自分で酒を二杯飲んでこの詩を朗吟して起ち上がった。意気閑逸にして旁若無人である。杜牧は細かい行為には拘泥しなかったので、『十年一覚揚州夢,贏得青楼薄倖名』といった詩がある」)と、引用されている。
※落魄江南載酒行:江南で放蕩して、酒を携帯して過ごしていたあのころ。江南で、荒れた気持ちで、いつも酒に浸っていたあのころ。 *杜牧は、名門の出で、遊び回る地位も財産もあった。 ・落魄:(遊冶郎として)自堕落な生活を送る。本来の意は、落ちぶれること。ここでは、杜牧が中央政界から離れて、各地で放縦な生活を送っていたことをふり返ってこういう。後世、清・王士禛は『杜曲西南弔牧之冢』で「兩枝仙桂氣凌雲,落魄江湖杜司勳。今日終南山色裏,小桃花下一孤墳。」と使う。 ・江南:中国長江南部。六朝時に栄えたところ。「江湖」ともする。その場合は「世の中」の意で、「落魄江湖」で「世間を流浪する」「さすらう」となる。意味は同じだがイメージが大きく異なる。上の『聯珠詩格』写真は「江湖」。 ・載酒行:酒を(江南の船旅で、舟で)携帯して。 ・載酒:酒を(舟に)載せて。(日本酒の作り方が元になっているのだが、船には老酒や陳酒をもって乗ったというのではなくて、恐らく薫り高い原酒(醪)から上槽でしぼって、できたての薫り高いお酒を飲んだのではないか。贅沢な通の飲み方である。)船旅での酒を搾る様子に羅隱の『江南行』「江煙雨蛟軟,漠漠小山眉黛淺。水國多愁又有情,夜槽壓酒銀船滿。細絲搖柳凝曉空,呉王臺春夢中。鴛鴦喚不起,平鋪綠水眠東風。西陵路邊月悄悄,油碧輕車蘇小小。」
とある。『晋書・畢卓列伝』に「卓嘗謂人曰:『得酒滿數百斛船,四時甘味置兩頭,右手持酒杯,左手持蟹螯,拍浮酒船中,便足了一生矣。』」とある。〔古白話〕酒席を設ける。同じく杜牧は『九日齊山登高』で「江涵秋影雁初飛,與客攜壺上翠微。塵世難逢開口笑,菊花須插滿頭歸。但將酩酊酬佳節,不用登臨恨落暉。古往今來只如此,牛山何必獨霑衣。」
と表現する。 ・行:行旅。旅。
※楚腰腸断掌中軽:女性の細い腰に、魂も奪われる思いをした。スマートで可愛い女性に、身も心も奪われていた。 ・楚腰:女性の細い腰のこと。楚の霊王が細い腰を好んだことからいう。『漢書・馬寥伝』の「呉王好劍客,百姓多瘡瘢。楚王好細腰,宮中多餓死。」からきている。劉希夷(劉廷芝)の『公子行』に「傾國傾城漢武帝,爲雲爲雨楚襄王。古來容光人所羨,況復今日遙相見。願作輕羅著細腰,願爲明鏡分嬌面。與君相向轉相親,與君雙棲共一身。願作貞松千歳古,誰論芳槿一朝新。百年同謝西山日,千秋萬古北塵。」
とある。 ・腸斷:断腸の思いをする。こらえきれない悲しみのこと。「纖細」ともする。 ・掌中輕:(漢の成帝の皇后趙飛燕のように)掌中で軽やかに舞えるほど、ほっそりスマートでかわいいこと。
※十年一覚揚州夢:十年経って、揚州の夢のような生活から、はじめて目覚めたが。 ・十年一覺:十年経ってはじめて目覚めた。 ・覺:目覚める。 ・揚州夢:揚州の夢。杜牧が揚州の妓楼で、酒色に耽って過ごしていた時の思い出を謂う。
※贏得青楼薄倖名:(その結果)手に入れたのは、妓楼の薄情男・遊冶郎の名だけであった。 ・贏得:(その結果)…を贏(か)ち得た。(勝ち得た)。(その結果)…を獲得した。「佔得」ともする。その場合、(その結果)…を佔(占)め得た。…ということに占めた。晩唐・杜牧の『歸家』に「稚子牽衣問,歸來何太遲。共誰爭歳月,贏得鬢邊絲。」とある。 ・佔得:(その結果)…を占め得た。『全唐詩』、『聯珠詩格』では「贏得」(贏(か)ち得たり)とする(写真:右)。 ・贏:〔えい;ying2○〕勝つ。儲(もう)ける。うける。あまる。盈(み)ちる。なお、嬴、臝などは別字。 ・靑樓:妓楼。本来は、華美な建物の意。 *妓女の居る所として使われた用例の一。 ・薄倖:薄情。 ・薄倖名:薄情者の名。
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◎ 構成について
七絶仄起。韻式は「AAA」。韻脚は「行輕名」で、平水韻下平八庚。以下の平仄は、この作品のもの。
●●○○●●○,(韻)
●○○●●○○。(韻)
●○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
2002. 7. 7 7. 8完 2003. 6. 1補 2004. 3.26 2005.11. 5 2007. 8.23 2009. 3.29版 2010. 6. 8 2011. 3. 2 2012. 5.20 2013. 1. 5 |
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