戴復古江陰浮遠堂　詩詞世界碇豊長の詩詞：漢詩 DaiFugu

                     　       　　
      江陰浮遠堂
　　　　　　　　　　　　　　
      　　　　　　　　　　　　戴復古　

橫岡下瞰大江流，
浮雲堂前萬里愁。
最苦無山遮望眼，
淮南極目盡神州。

******

　江陰の浮遠堂 　

橫岡より　下瞰すれば　　大江は　流れ，
浮雲堂前　　萬里　愁ふ。
最も苦しむは　山の望眼を遮る　無く，
淮南　極目すれば　　盡（ことごと）く神州。

*****************

◎　私感註釈

※戴復古：南宋１１６７年～（没年不詳）の詩詞人。字は式之。号は、故郷の南塘の石屏山に隠棲したことに因み、石屏と称する。天台黄岩(現・浙江省)の出身。江湖派の詩人として有名。江湖派とは、南宋中期、後期の詩歌流派の一で、江湖を流離った人々、つまり、進士試験の落第生や野にある知識人で、時の中央の詩壇に対して、下層社会（江湖）の中に出来あがった、社会の下層知識人の詩壇であると謂える。名の由来は、陳起が江湖（世間）の作品を集めて『江湖集』をはじめとして、『江湖×集』『江湖○集』という具合に、出版を続けたことによる。詩人は、本サイトに出てくる人物では、劉過、姜、劉克荘、そしてこのページの戴復古などである。作風は、その社会的立場を反映して、中央政権や社会の中の矛盾には批判的な面を持ったものを、或いは、社会の第一線から身を引いて隠棲し、斜に構えた態度でのものが多い。

※江陰浮遠堂：江陰の城外の浮遠堂にて。　・江陰：長江下流の南岸にある街。『中国歴史地図集』第六冊　宋・遼・金時期（中国地図出版社）２４－２５ページ「北宋　両浙路　江南路」にある。蘇州の北西１００キロメートルの長江南岸の街。現・江蘇省江陰。　・浮遠堂：江陰の城外（郊外）にある堂。

※橫岡下瞰大江流：横岡（に上って）下の方を見下ろせば、長江が流れ。　・橫岡：前出『中国歴史地図集』第六冊２４－２５ページ「北宋　両浙路　江南路」に、江陰の南南西２５キロメートルのところに橫山という山があるがそこか。　・下瞰：〔かかん；xia4kan4●●〕上から下を見下ろす。　・大江：長江。

※浮雲堂前萬里愁：浮雲堂の前には、遥かに広がる愁いがある。　・浮雲堂：詩題の「浮遠堂」のことになろう。横岡（横山）の中腹か山頂にあるのか。この詩句「浮雲堂前萬里愁」（○○○○●●○）よりも、「浮遠堂前萬里愁」（○●○○●●○）の方が平仄が合う。或いは後者が正しいのかも知れない。「浮雲堂前」を普通名詞等と見て、雲が浮いている建物の前。　・萬里：遥か遠く。　・愁：哀しく思う。愁える。

※最苦無山遮望眼：もっとも辛いのは、眼を遮る山が無いことであって。　・最苦：もっとも辛い。　・無山：山が無い。「無山遮望眼」で、眼を遮る山がない、の意。　・遮：〔しゃ；zhe1○〕さえぎる。　・望眼：望みかける眼差し。

※淮南極目盡神州：淮南（の北側まで）見わたすことが出来、（そこは、今は）ことごとく（金の領土となった）中原の地なのである。　・淮南：淮河の南の地域。南宋の領域。金と南宋の国境は１１３８年～１１４２年の和議で、淮河とすることに決まった。淮河以北の地は金の領土に確定した。　・極目：目の届く限り。見わたす限り。　・盡：ことごとく。　・神州：漢民族の故地である中原。漢民族の中国の美称。

◎　構成について

　韻式は「AAA」。韻脚は「流愁州」で、平水韻下平十一尤。次の平仄はこの作品のもの。
○○●●●○○，（韻）
○○○○●●○。（韻）
●●○○○◎●，
○○●●●○○。（韻）