平井収二郎辞世　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


辭世
	平井收二郞
嗚呼悲哉兮，綱常不張。洋夷陸梁兮，邊城無防。狼臣強倔兮，憂在蕭牆。憂世患國兮，忠臣先傷。月諸日居兮，奈我神皇。

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辭世

嗚呼あゝ　悲しき哉かな，　綱常かうじゃう　張はらず。
洋夷やうい　陸梁りくりゃうして，　辺城へんじゃうに　防ぎ無し。
狼臣らうしん　強倔きゃうくつにして，　憂うれひは　蕭牆せうしゃうに在り。
世よを憂うれへ　國を患うれへて，　忠臣　先まづ傷いたむ。
月つきや　日ひや，　我が神皇じんなうを　奈いかんせん。

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◎　私感註釈

※平井收二郎：幕末の土佐藩士。名は義比。号して隈山。土佐勤王党に参加。勤王運動を行うための藩政改革の令旨を青蓮院宮に請うたが、このことが土佐藩の山内容堂に露顕、その逆鱗に触れ、切腹に処せられた。享年二十九。天保六年（１８３５年）～文久三年（１８６３年）。

※辭世：死にぎわに詠み遺す詩歌。獄中、爪書きでこの辞世を遺したと云う。　*この辞世は騒体で作られためずらしいもの。騒体とは、「□□□□兮，□□□。□□□□兮，□□□。」というようにリズムをとる上代の詩型の一。憂国の士・屈原の『楚辭』や、とりわけ「兮」字の使い方では、漢魏・蔡琰（蔡文姫）の『胡笳十八拍』などの影響があろう。

※嗚呼悲哉兮：ああ、悲しいことに。　・嗚呼：〔うこ；wu1hu1○○〕ああ。歎く声。　・悲哉：哀しいことだなあ。かなしいかな。　・哉：〔さい；zai1○〕…かな。感嘆の助字。　・兮：〔けい；xi1○〕詩歌で語調を整え、リズムをとる。兮字脚で、句末や言葉を伸ばして言うとき、節奏の切れ目の部分に現れる辞。上古詩に多い。日本語では「…や、」「…て、」、口語の「…よ、」等の意に似ていようか。但し、基本的に漢語（＝中国語）のリズムを整えるものなので、読み下しでは日本語を充てて読むことをしない場合が多い。

※綱常不張：人のふみ行なうべき道徳が、ふみ行われていない。　・綱常：〔かうじゃう；gang1chang2○○〕人のふみ行なうべき道徳。三綱（君臣・父子・夫婦の道）と五常（仁義礼知信）。　・張：はりわたす。

※洋夷陸梁兮：西洋の外国人めが、ほしいままにふるまい。　・洋夷：西洋の外国人の意の貶めた感覚を伴う表現。白人。　・陸梁：〔りくりゃう；lu4liang2●○〕あばれて走りまわるさま。ほしいままにふるまうさま。

※邊城無防：国境を守備する城廓は、防禦をしていない。　・邊城：辺境にある城。辺疆を守備する城。国境の城廓。　・無防：防備がない。防禦をしていない。

※狼臣強倔兮：（我が藩の）オオカミのように無慈悲で兇悪な家来は、強情で。　・狼臣：オオカミのように無慈悲で兇悪な家来。　・強倔：〔きゃうくつ；jue2qiang2●○〕強情で人の言うとおりにならない。倔強。

※憂在蕭牆：憂（うれ）い（の原因）は、（外部にあるのではなくて、土佐藩の）内部にある。　・憂：心配ごと。うれい。　・在：…にある。　・蕭牆：〔せうしゃう；xiao1qiang2○○〕門内。門の内側についたてのように立ててある土塀。≒蕭牆之憂。内から起こる心配事。家族・身内の内輪もめ。内乱。

※憂世患國兮：世の中や国家のことを心配すれば。　・憂世患國：世の中や国家のことを心配する。＝「憂国慨世」。　・憂世：〔いうせい；you1shi4○●〕世の中のことを心配する。「憂国」。　・患：〔くゎん；huan4●〕うれえる。思い悩む。心配する。

※忠臣先傷：（先頭に立って奔走している）忠節を尽くす臣下が、まず先に傷つくことになる。　・忠臣：主君に忠節を尽くす臣下。　・先傷：（武士たるもの、常に先を争っているので）まず先に傷つく。『楚辭』九歌の「國殤」に「操呉戈兮被犀甲，車錯轂兮短兵接。旌蔽日兮敵若雲，矢交墜兮士爭先。凌余陣兮躐余行，左驂殪兮右刃傷。霾兩輪兮縶四馬，援玉枹兮撃鳴鼓。天時墜兮威靈怒，嚴殺盡兮棄原野。出不入兮往不反，平原忽兮路超遠。帶長劍兮挾秦弓，首身離兮心不懲。誠既勇兮又以武，終剛強兮不可凌。身既死兮神以靈，魂魄毅兮爲鬼雄。」とある。

※月諸日居兮：月よ、太陽よ。　・月諸日居：月よ、日よ。「…諸…居」は「…や…や」の意。疑問・呼びかけの助辞。『詩經・國風・邶風』の『日月』に「日居月諸，照臨下土。乃如之人兮，逝不古處。胡能有定，寧不我顧。……日居月諸，東方自出。父兮母兮，畜我不卒。胡能有定，報我不述。」と呼びかけている。漢魏・蔡琰（蔡文姫）の『胡笳十八拍』の第十一拍に「我非食生而惡死，不能捐身兮心有以。生仍冀得兮歸桑梓，死當埋骨兮長已矣。日居月諸兮在戎壘，胡人寵我兮有二子。鞠之育之兮不羞恥，愍之念之兮生長邊鄙。十有一拍兮因茲起，哀響纏綿兮徹心髓。」とある。

※奈我神皇：我が万世一系の天皇をどうしようというのか。　・奈：〔だい~~（な）~~nai4●〕どうしようか。いかんせん。いかん。疑問・反語の助字。　・神皇：〔じんなう（じんわう）神と天皇。神代の諸神と神武天皇以降万世一系の天皇。

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◎　構成について

韻式は、「AAAAA」。韻脚は「張防牆傷皇」で、平水韻下平七陽。この作品の平仄は、次の通り。

○○○○○， ○○●○。（韻）
○○●○○， ○○○○。（韻）
○○○●○， ○●○○。（韻）
○●●●○， ○○○○。（韻）
●●●○○， ●●○○。（韻）