大正天皇聞陸軍中佐福島安正事　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


聞陸軍中佐福島安正事

	大正天皇
踏破山川此卻囘，高秋騎馬壯懷開。獨行萬里非徒爾，鼓舞神州士氣來。

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陸軍中佐福島安正(ふくしまやすまさ)の事を聞く

山川を踏破して　　此(ここ)に卻囘(きゃくくゎい)し，
高秋(かうしう)　馬に騎して　　壯懷(さうくゎい) 開く。
萬里を獨行すること　　徒爾(とじ)に非ず，
神州の士氣を　鼓舞し來(きた)る。

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◎　私感註釈

※大正天皇：第百二十三代天皇。明治十二年（１８７９年）～大正十五年（１９２６年）。幼称は明宮（はるのみや）。諱は嘉仁（よしひと）。第百二十二代天皇・明治天皇の子で、第百二十四代天皇・昭和天皇の父。

※聞陸軍中佐福島安正事：福島安正（ふくしまやすまさ）陸軍中佐のことがら（＝「シベリア単騎横断」）を耳にして。　・聞：耳にする。　・陸軍中佐：軍隊の階級で佐官の一。大佐と少佐の間に位置して大隊長や副連隊長等を務める。　・福島安正：陸軍軍人。嘉永五年（１８５２年）～大正八年（１９１９年）。男爵。信濃国松本城下（現・長野県松本市）に生まれる。松本藩士。司法省に入り、陸軍省に移る。中国・朝鮮関係の官職を経て、ドイツ駐在武官としてベルリンに赴任。明治二十五年（１８９２年）、帰国に際し、冒険旅行という口実でシベリア単騎行を行い、ポーランドからロシアのペテルブルク、エカテリンブルクから外蒙古、イルクーツクから東シベリアまでの約一万八千キロを一年四ヶ月をかけて馬で横断し、実地調査を行った。この旅行が世に「シベリア単騎横断」と呼ばれるもので、大正天皇はその五年後の明治三十年にこのことを詠った詩（＝このページの詩）を作った。後に、日露戦争後、参謀次長、男爵となり、やがて大将に進み退官した。　・事：ことがら。

※踏破山川此却回：困難な山河を歩き通して、ここに（祖国へ）ひきかえして。　・踏破：ふみ歩く。歩き回る。困難な道や長い道のりを歩き通す。遠征して蹂躙する。南宋・岳飛の『滿江紅』に「怒髮衝冠，憑闌處、瀟瀟雨歇。抬望眼、仰天長嘯，壯懷激烈。三十功名塵與土，八千里路雲和月。莫等閒、白了少年頭，空悲切。　　　靖康耻，猶未雪。臣子憾，何時滅。駕長車踏破，賀蘭山缺。壯志饑餐胡虜肉，笑談渇飮匈奴血。待從頭、收拾舊山河，朝天闕。」とある。　・此：ここに。ここでは語調を整えるために使われた。　・却回：ひきかえす。ここでは帰国する意になる。

※高秋騎馬壮懐開：秋のたけなわの頃、馬に乗って雄々しい思いをくりひろげた。　・高秋：秋のたけなわの頃。また、空が高く晴れわたる秋。　・壮懐：雄々しい思い。前出・岳飛の『滿江紅』に「怒髮衝冠，憑闌處、瀟瀟雨歇。抬望眼、仰天長嘯，壯懷激烈。三十功名塵與土，八千里路雲和月。莫等閒、白了少年頭，空悲切。　　　靖康耻，猶未雪。臣子憾，何時滅。駕長車踏破，賀蘭山缺。壯志饑餐胡虜肉，笑談渇飮匈奴血。待從頭、收拾舊山河，朝天闕。」とある。

※独行万里非徒爾：ひとりで遥かな道を行く（＝「シベリア単騎横断」）のは、むだではない。　・独行：ひとりで行く。「独行万里」で、世にいう「シベリア単騎横断」のことを指す。　・徒爾：〔とじ；tu2er3○●〕いたずらに。むだに。

※鼓舞神州士気来：日本中の士気を奮い立たせた。　・鼓舞：奮い立たせる。勇気づける。「鼓舞…士気…」の句は、「鼓舞士気」（士気を鼓舞する）が骨骼にあっての表現。　・神州：日本の美称。また、中国の美称。ここは、前者の意。　・士気：戦士の元気、意気、気風。　・来：まねく。こさす。

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◎　構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「回開來」で、平水韻上平十灰。この作品の平仄は、次の通り。

●●○○●●○，（韻）
○○○●●○○。（韻）
●○●●○○●，
●●○○●●○。（韻）