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 これは井古綆先生の詩で、読みも井古綆先生のものです。 
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杜甫草堂

頼朋漂浪繋孤舟、
結草荒莱住幾秋。
椽筆未衰推病賦、
蓬門久閉友鷗留。
來尋故宅成新築、
追想英詩起舊愁。
玉折茫茫一千載、
浣花溪水曠東流。





朋を頼りて 漂浪 孤舟を繋ぎ、
荒莱くゎうらいに草を結びて 幾秋を住せし。
椽筆てんぴつ未だ衰へず 病を推して賦し、
蓬門ほうもん久しく閉ぢて 鴎を友として留まる。
故宅に来尋すれば 新築と成り、  
英詩を追想すれば 旧愁を起こさしむ。  
玉折 茫茫 一千載、  
浣花渓水 むなしく東流。


                *********


・朋: 剣南節度使の厳武(げんぶ)をいう。成都に到った杜甫の世話をして、幕下に加えて節度参謀とし、また検校工部員外郎の官職を紹介した。杜甫の詩友としても名を残す。字は季鷹。華州(現・陝西省)の華陰の人。726年〜765年。
・結草: 草庵をつくる。
・荒莱: 荒れはてた草むら。
・椽筆: たる木のような筆。転じて堂々たる文章。
・蓬門: よもぎで葺いた門。隠者や貧者のすまい。杜甫作『客至』の第四句「蓬門今始爲君開」より。
・推病・友鴎・旧愁: 『江村』を意識する。

※この詩は石川岳堂先生の玉韻を参考に、拙詩の詩想をまとめたもの。

<特記>
  以前、杜甫は長安で科挙の試験に落ちた当時、『貧交行』の詩を作った。
  その後、厳武の招きで、ここ成都に草堂を結んだことを推測すれば、杜甫の心中は如何ばかりであったであろうか。 草堂では数年にわたり厳武の杜甫に対する精神的また経済的の援助があったであろう。歴史の表面には出ていないが、杜甫晩年の円熟した玉作は親友厳武の蔭の功績の賜物ではないかと思う。



2008.11.20




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