乾元中寓居同谷縣作歌 | |
杜甫 |
有客有客字子美,
白頭亂髮垂過耳。
歳拾橡栗隨狙公,
天寒日暮山谷裏。
中原無書歸不得,
手脚凍皴皮肉死。
嗚呼一歌兮歌已哀,
悲風爲我從天來。
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乾元中に同谷縣に寓居して作れる歌
客有り 客有り 字は子美,
白頭の亂髮 垂れて耳を過ぐ。
歳〃 橡栗を拾ひて 狙公に隨ひ,
天 寒く 日 暮るる 山谷の裏。
中原 書 無くして 歸るを得ず,
手脚 凍皴して 皮肉 死す。
嗚呼 一歌すれば 歌 已に哀し,
悲風 我が爲に 天より來る。
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◎ 私感註釈
※杜甫:盛唐の詩人。712年(先天元年)〜770年(大暦五年)。字は子美。居処によって、少陵と号する。工部員外郎という官職から、工部と呼ぶ。晩唐の杜牧に対して、老杜と呼ぶ。さらに後世、詩聖と称える。鞏県(現・河南省)の人。官に志すが容れられず、安禄山の乱やその後の諸乱に遭って、流浪の一生を送った。そのため、詩風は時期によって複雑な感情を込めた悲痛な社会描写のものになる。
※乾元中寓居同谷縣作歌: *これは『乾元中寓居同谷縣作歌作歌七首』之一になる。 ・乾元中:乾元年間。乾元元年(758年)〜乾元二年(759年)の二年のみ。玄宗の次の粛宗(肅宗)の代の年号。杜甫が長安の中央を追われて、流浪が始まった時。 ・寓居:仮に身を寄せる。仮のすまい。ここは、前者の意。 ・同谷縣:長安の西〜西南西300キロメートルのところ。現・甘粛省東南端の成県。なお、そこを350キロメートルほど南に下っていくとやがて成都に至る。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)52−53ページ「唐 山南東道 山南西道」にある。
※有客有客字子美:旅人がいる、旅人がいる、字(あざな)は子美(しび =杜甫の字(あざな))で。 ・有客:旅人がいる。 ・有客有客:『乾元中寓居同谷縣作歌作歌七首』では、第一首から第四首までは「有…有…」というリフレインで構成されている。詩としてのリズムをとるところ。 ・字:字(あざな)。呼び名のこと。本名と関係のあることば(文字)を使い、日常は字(あざな)を使って呼び合う。 ・子美:杜甫の字(あざな)。杜甫の場合は、「杜」が姓、「甫」が名で、字(あざな)が「子美」。名の「甫」とは、(古代の)男子の美称。それ故、字(あざな)が「子美」と附けられた。「子」は男子の敬称。蛇足になるが、名を使うことは「呼び捨て」の感覚に近い。(準欽定の)二十四史の一『舊唐書』(くたうじょ)では名(初出時は「杜甫」以降は「甫」)を使うが、これは例外。例えば杜甫の場合、後世人は名の「甫」を避け、杜甫の詩を『杜詩……』『杜工部…集』『少陵先生……』『杜…詩集』『杜子美詩…』などとしてきた。『舊唐書』等の表記と、中華人民共和国時代になってから刊行された詩集は、呼び捨て方式の『杜甫…』で、他の歴史上の人物も同様に「姓+名」と、実質的に統一されているかのようである。
※白頭亂髮垂過耳:白髪(しらが)頭の乱れた髪は、耳よりも垂(た)れ下がっている。 ・白頭:白髪(しらが)頭。老齢の人。老人。 ・亂髮:乱れた髪。 ・過耳:耳の位置より過ぎて(垂(た)れ下がる)。
※歳拾橡栗隨狙公:毎年、どんぐりを拾うのに、猿回しの親方の後に付いてまわって探し。 ・歳:年々。ただし、後出の『後漢書・李陳龐陳橋列伝・李恂』の「時歳荒,司空張敏、司徒魯恭等各遣子饋糧,悉無所受。徙居新安關下,拾橡實以自資。」の「時歳荒」に拠るとすれば、「年」。 ・拾:ひろう。後出青字部分参照。 ・橡栗:〔しゃうりつ;xiang4li4●●〕どんぐり。くぬぎの実。『後漢書・李陳龐陳橋列伝・李恂』に「時歳荒,司空張敏、司徒魯恭等各遣子饋糧,悉無所受。徙居新安關下,拾橡實以自資。」とある。 ・隨:(先方に任せて)その通りについてまわる。したがう。 ・狙公:〔そこう;ju1gong1●○〕猿回しの親方。猿を飼う者。
※天寒日暮山谷裏:冬空で天候は寒く、日も暮れてくる山の谷間の中(の同谷県)でのことだ。 ・天寒:(冬空で)天候は寒い。 ・日暮:日が暮れる。ここでは、「日暮れ・日暮(にちぼ)」といった名詞の意ではない。「天寒日暮…」という構文は〔SV+SV…〕という、詩詞でよく使われる表現。 ・山谷:山にある谷。また、山と谷。ここは、前者の意。
※中原無書歸不得:故郷の中原(ちゅうげん)の方からの手紙は来ないので、帰られなくて。 ・中原:黄河中流域の平原地帯、華中・華北南部をいう。河南省、山東省西部、河北省と山西省との南部、陝西省東部を含む一帯。漢民族の故地。 ・無書:手紙が来ない。便りがない。 ・書:手紙。名詞。 ・歸不得:帰ることが出来ない。 ・-不得:…することが出来ない。…することは不適当だ。…してはならない。動詞の後に用いて、為(な)し得ないことを表現する。
※手脚凍皴皮肉死:手足は、寒さであかぎれになって、皮膚や肉はただれて感覚がなくなっている。 ・凍皴:〔とうしゅん;dong4cun1●○〕寒さでこごえて、手足にひびがきれる。 ・皮肉:皮と肉。
※嗚呼一歌兮歌已哀:ああ、一たび詩を歌えば、詩歌は、早すでに哀調を帯びており。 ・嗚呼:〔をこ;wu1hu1○○〕ああ。感嘆・歎息のときに出す声。 ・歌:「嗚呼一歌兮歌已哀」という構文から見て、前者の「歌」は動詞で、後者の「歌」は名詞。 ・兮:語調を整えるための辞。杜甫は『乾元中寓居同谷縣作歌作歌七首』で、七首すべて「嗚呼一歌兮歌□□」(第二首では「嗚呼二歌兮歌□□」、第三首は「嗚呼三歌兮歌三□」、第四首は「嗚呼四歌兮歌四□」…)とする。この詩を漢・長衡(ママ)(正しくは「張衡」(張平子))の『四愁』に倣ったともする見方があるが、そうではあろうが、漢魏・蔡文姫(蔡琰)の『胡笳十八拍』・・の方がより似ている。『昭明文選』『玉臺新詠』に録されている張衡の『四愁詩』は、傅玄や張載に影響を与えて、それぞれ『擬四愁詩四首』を作っているが、それらは『詩經』を七言詩に変えたものと謂えるような、似かよった詩句の繰り返しのものである。それに対して、杜甫のこの作品の「嗚呼一歌兮歌已哀」などの表現方法は、漢魏・蔡文姫(蔡琰)の『胡笳十八拍』に似ており、後世、白居易の『憶江南』や、『楊柳枝』、『竹枝詞』等に雰囲気が伝わったとは謂えまいか。後世、現代・毛沢東は『蝶戀花・從汀州向長沙』一九三〇年七月で「六月天兵征腐惡,萬丈長纓要把鯤鵬縛。贛水那邊紅一角,偏師借重黄公略。百萬工農齊踊躍,席捲江西直搗湘和鄂。國際悲歌歌一曲,狂飆爲我從天落。」と使う。
※悲風爲我從天來:悲しみの情を起こさせる風は、そんなわたしのために、天より吹いて来ている。 ・悲風:もの寂しい音をたてる風。悲しみの情を起こさせる風。漢・李陵の『與蘇武詩』其二「嘉會難再遇,三載爲千秋。臨河濯長纓,念子悵悠悠。遠望悲風至,對酒不能酬。行人懷往路,何以慰我愁。獨有盈觴酒,與子結綢繆。」や、『古詩十九首』の第十四首「去者日以疎,來者日以親。出郭門直視,但見丘與墳。古墓犁爲田,松柏摧爲薪。白楊多悲風,蕭蕭愁殺人。」、高適の『宋中』「梁王昔全盛,賓客復多才。悠悠一千年,陳迹惟高臺。寂寞向秋草,悲風千里來。」や、朱敦儒の『相見歡』に「金陵城上西樓,倚清秋,萬里夕陽垂地、大江流。 中原亂,簪纓散,幾時收?試倩悲風吹涙、過揚州。」とある。
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◎ 構成について
韻式は、「aaaaBB」で、比較的めずらしい韻式。漢魏・蔡文姫(蔡琰)の『胡笳十八拍』や張衡(張平子))の『四愁詩』などとは似ていない。韻脚は「美耳裏死 哀來」で、平水韻上声四紙 上平十灰。この作品の平仄は、次の通り。
●●●●●●●,(a韻)
●○●●○◎●。(a韻)
●●●●○●○,
○○●●○●●。(a韻)
○○○○○●●,
●●●○○●●。(a韻)
○○●○○○●○,(B韻)
○○●●○○○。(B韻)
2008.9.23 9.26 9.28 |
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