積水不可極,
安知滄海東。
九州何處遠,
萬里若乘空。
向國惟看日,
歸帆但信風。
鰲身映天黑,
魚眼射波紅。
鄕樹扶桑外,
主人孤島中。
別離方異域,
音信若爲通。
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祕書晁監の日本國に還るを 送る
積水 極む 可(べ)からず,
安(いづく)んぞ 滄海の東を 知らん。
九州 何れの處か 遠き,
萬里 空に 乘ずるが 若(ごと)し。
國に 向ふは 惟(た)だ 日を看,
歸帆 但だ 風に信(まか)す。
鰲身 天に映じて 黑く,
魚眼 波を射て 紅なり。
鄕樹 扶桑の外,
主人 孤島の中。
別離 方(まさ)に 異域なれば,
音信 若爲(いかん)ぞ 通ぜん。
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◎ 私感註釈
※王維:盛唐の詩人。701年(長安元年)?~761年(上元二年)。字は摩詰。太原祁県(現・山西省祁県東南)の人。進士となり、右拾遺…尚書右丞等を歴任。晩年は仏教に傾倒した。
※送祕書晁監還日本國:阿倍仲麻呂が、帰国する際に、送別の詩として王維が作ったもの。同時代人の同一題の詩が多い。阿倍仲麻呂の唐での位置がよくわかる。 *(この註釈では二十四史の各書や『山海經』、現代の『燕山夜話』等の文を引用しているが、一応原典からの引用
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。)少し後世の盛唐・劉長卿に『同崔載華贈日本聘使』があり「憐君異域朝周遠,積水連天何處通。遙指來從初日外,始知更有扶桑東。」
と趣が似通う。 ・送:おくる。送別する。送別の宴を張る。 ・祕書晁監:祕書監の晁。祕書監は、阿倍仲麻呂の中国での官職名。 ・晁:阿倍仲麻呂の漢風の姓。 ・還:かえる。もどる。この詩には、長い序文がある。
※積水不可極:深く積もった海は極べくもなく。 ・積水:深く積もった水で、海のこと。「汎舟大河裏,積水窮天涯。」「積水浮香象,深山鳴白鷄。」、金・元好問の『山居雜詩』に「鷺影兼秋靜,蝉聲帶晩涼。陂長留積水,川闊盡斜陽。」とあり、前出・劉長卿『同崔載華贈日本聘使』に「憐君異域朝周遠,積水連天何處通。」
とある。
※安知滄海東:青い海原のそのまた東の(遥か彼方の絶域である)日本のあるところのことがどうして知ることができようか。 ・安知:どうして知ることができようか。 ・安:どうして…しようか。いずくんぞ…んや。反語。≒焉。 ・滄海:青い海。青海原(あおうなばら)。 ・滄海東:青い海原の、そのまた東。日本のあるところを指していう。
※九州何處遠:世界中で、どこが一番遠いか。(それは、祕書晁監、あなたの国・日本の所在の地だろう)。 ・九州:ここでは、天下、世界の意で使われているが、本来は中国の国内中国全土を指す。禹貢が全土を開いて冀、、靑、徐、予、荊、揚、雍、梁の九つの州に分けた伝説に基づく。
※萬里若乘空:遥かな距離も空に乗ずるがごときことなのだろう。 ・萬里:はるかな距離をいう。 ・若:…のようである。ごとし。≒如。「如乘空」としないのは、ここが「……○○○。」となれば、(音楽的に)語調が苦しくなるため。 ・乘空:空に乗ず。「空」の意は 1.空虚、空漠の意。2.天空の意。 の双方にとれるが、この句に基づき作られたような貫休の『送新羅僧歸本國』「忘身求至教,求得卻東歸。離岸乘空去,終年無所依。」は、前者で、杜審言の『春日江津遊望』「霧捲落花輕。飛棹乘空下,回流向日平。」、孟浩然『登龍興寺閣』「閣道乘空出,披軒遠目開。」、武三思の『仙鶴篇』「白鶴乘空何處飛,青田紫蓋本相依。」は後者の意となろう。ここでは、熱心な仏教徒である王摩詰(王維)にとっては、前者の意が相当か。
※向國惟看日:(あなたの祖国)日本に向かうには、ただ、ひたすら(昇る)太陽を見るが如く、東に向かって行くことになろう。 ・向國:日本の国に向かう。 ・惟:ただ。 ・看日:(昇る)太陽を見る(が如く、東に向かっていく)。
※歸帆但信風:帰国の船路は、ただ、風にまかせてである。 ・歸帆:帰国の船路。 ・但:ただ。 ・信風:風にまかせる。風任せ。
※鰲身映天黑:オオウミガメの背中は、天に映えて黒々として。 ・鰲:〔がう;ao2〕伝説上の大亀。オオウミガメが背中に神仙の住む山を背負っているのを、鰲山という。杜甫に「鬼物捩辭坑壕,蒼水使者捫赤絛。龍伯國人罷釣鰲,
公回首顏色勞。」と使われている。この聯の「鰲身」といい「魚眼…紅」といい、海洋民族である日本人からすれば、奇怪な情景である。中国人のイメージとしての「海」=天涯、海角、異域、絶域の表現といえる。
※魚眼射波紅:魚の眼が波を射るがごとくであって、紅い。 *杜甫に「人受魚鮫人手,洗魚磨刀魚眼紅。」とあるが、意味が今ひとつ不明。不気味である。前出・「鰲身…黑」「魚眼…紅」等は、写真右の『山海經』また『淮南子』等に出てくる異域の生物。ここでは、それらを詠うことで、東海の涯を描写したかったのだろう。
※鄕樹扶桑外(祕書晁監よ、貴方の郷里の樹木のあるところ日本は、)東海の日の出る処にある神木・扶桑が生えているところのそのまた向こうにあって。日本国は、扶桑のそのまた向こうにある。ここでは、扶桑と日本は別個のものとしている。この見方をより一層はっきりとさせたのが、かの有名な『燕山夜話』である。以下に要点を紹介しながら、所感を述べる。『山海經・海内北經』では、「倭國在帶方東大海内。」とだけ記している。これの表記は、史書の方でも、『魏書』『舊唐書』では、同様である。『梁書』『南史』等では、日本国を「倭國」とし、「扶桑國」とは、区別をしている。それらの「東夷列伝」では、この両者を分けて別個の項目に記録している。地理的に両者を比べれば倭国の位置は「在帶方東大海内」であって、扶桑国の位置は、「在大漢國東二萬余里」である。『南史』では、大漢国は「在文身國東五千余里」であって、文身国は「在倭國東北七千余里」となる。つまり、中国→倭国→文身国→大漢国→扶桑国というわけである。一種の「邪馬壹(臺)國論爭」ともいえる。 ・鄕樹:郷土の樹木。 ・扶桑:『山海經』に出る東海の中にある神木。その神木があるところ。ここは、朝衡の『銜命還國作』中の「蓬莱鄕路遠,若木故園林。」に対応している。『山海經』第九 海外東經に「下有湯谷,湯谷上有扶桑,十日所浴,在黑齒北居水中有大木九日居下枝,一日居上枝」とあり、第十四 大荒東經に「大荒之中有山名曰:孼搖頵羝,上有扶木〔扶木當爲榑木〕,柱三百里其葉如芥,有谷曰:温源谷,湯谷上有扶木〔扶桑在上〕,一日方至一日方出,皆載於烏。」とある。 ・東:(そのまた)東の方。前出・王維『送祕書晁監還日本國』で謂えば「鄕樹扶桑外」
とある、「外」の部分。
※主人孤島中:(あなたの)主君の天皇は、絶海の孤島のなかにいらっしゃるが。 ・主人:阿倍仲麻呂の主君。天皇を指す。 ・孤島中:絶海の孤島のなか(に)。
※別離方異域:(今回の)別離で、ちょうど遥か離れた異郷の地とに(別れ別れに)なってしまう。 ・方:ちょうど。まさに。 ・異域:よその土地。外国。異郷。
※音信若爲通:便りをどのようにして、届けようか。 ・音信:〔いんしん;yin1xin4○●〕おとずれ。たより。手紙。 ・若爲:〔じゃくゐ;〕どのように。どうして。いかん。≒若何。
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◎ 構成について
五言排律。韻式は「AAAAAA」の平声一韻到底。韻脚は「東空風紅中通」。平水韻上平一東になる。この作品の平仄は次の通り。
●●●●●,
○○○●○。(韻)
●○○●●,
●●●○○。(韻)
●●○◎●,
○○●●○。(韻)
○○●○●,
○●●○○。(韻)
○●○○●,
●○○●○。(韻)
●○○●●,
○●●○○。(韻)
2003.6.17 6.18 6.19完 6.22補 2011.9. 6 |
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