棄婦丁寧囑小姑, 姑恩莫負百年劬。 米鹽種種家常話, 涙濕紅裙未絶裾。 有棄婦泣于路隅,因書所見。 |
己亥 雜詩
棄婦 丁寧 に小姑 に囑 す:
姑恩 負 く莫 れ 百年の劬 。
米鹽 種種 家常 の話,
涙は紅裙 を濕 して未 だ裾 を絶 たず。
棄てられし婦 の路隅 に泣く有り,因 って所見を書す。
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◎ 私感訳註:
※龔自珍:〔きょう・じちん;Gong1 Zi4zhen1〕清朝中後期の思想家、文学者。1792年(乾隆五十七年)〜1841年(道光二十一年)。一名を鞏祚。字は璱人。号して定盦(盦=庵)。浙江の仁和(現・浙江省杭州市)の人。経世の学を研究した。北方の帝政ロシアの侵入を警告し、対処を講じ、阿片戦争前にはイギリスが戦争をおこすことを予見し、戦備の強化を進言した。清政府の専制支配に対して「萬馬齊喑」(物がいえなくなること)や、「更法」(制度を変えること)、「改圖」(はかりごとを改める)、「變功令」(学問に対するきまりを変ず)、「不拘一格」(ひとつのわくにこだわることなく、人材を登用する)ことを提倡した。
※己亥雜詩:1839年(道光十九年)の国事多端の折に作った雑多な詩。 *この詩は第百二十五首。 ・己亥:〔きがい;ji3hai4●●〕十干と十二支の組み合わせで、六十までの序列表示の方法で、三十六番目(つちのとゐ)のこと。歳次が己亥年は、作者の時代では、1839年(道光十九年)。この年、朝廷が林則徐を広東に送って阿片を禁止させようとした時、断乎として阿片を禁止するよう林を激励し、併せて、イギリスが戦争を起こす可能性を予見して、戦備の強化を進言した。同年・1839年(道光十九年)官を辞して南に帰った。作者の亡くなる前々年のこと。本ページの詩は第十六首。
※有棄婦泣於路隅因書所見:(離縁(=離婚)されて)棄てられた妻が道端で泣いていたので、感じたことを書いた。 *以下は感想になるが:中国の伝記や長篇の小説には屡々家系図が添えられている。主人公の家系図である。主人公(男)の姓が王(おう/ワン)とすれば、子供(男・女)も王(姓)。孫(男・女)も王(姓)。曾孫(ひまご)たちも王(姓)……と四世同堂で、王家ますます盛んなところである。ただし、王家の男の配偶者は、他の血筋(例えば李の血筋(李氏)の女性、張の血筋(張氏)の女性)の者である。大家庭の王家に嫁いできた女性のみは(この家の姓の王とは)異なる姓(李氏・張氏…)である。自分の生んだ子供らも男女を問わず全て王姓である。この家族を縦軸(=世代・時間・歴史的)にながめていけば、その中の人物の殆どの名前は:王□□、王□□、王□□、王□□、王□□、王□□、王□□、王□□…となる。その中で、外部から嫁いできた女性のみが異なる姓である。「女(嫁)の腹は借り腹」といわれてきた言葉の意味がよく分かる事例である…。(このことは、横軸の夫婦間に限って謂えば「夫婦別姓」の一形態?)この詩が生まれた背景にはこのような家族制度があった。以上、感想(2015.2.24記)。 ・有:…がいる/ある。蛇足になるが、「在」は「…にいる/ある」「…で」。〔有〕は〔棄婦泣於路隅〕までかかっていく。 ・棄婦:離縁(=離婚)された妻。棄てられた妻。 ・泣於:…で泣く意。 ・路隅:道の片隅。 ・因:よって。…のために。 ・書:書く。 ・所見:見るところ。考え。【「所」+動詞】で、その動詞を名詞化する働きがある。
※棄婦丁寧嘱小姑:離縁された妻が、繰り返し小姑(こじゅうとめ=夫の妹)に頼むことには。 ・丁寧:〔ていねい;ding1ning2○○〕繰り返し言い聞かせる。咬んで含めるように言う。また、ねんごろにたのむ。ここは、前者の意。=叮嚀。北宋・柳永の『夜半樂』に「凍雲黯淡天氣,扁舟一葉,乘興離江渚。渡萬壑千巖,越溪深處。怒濤漸息,樵風乍起,更聞商旅相呼,片帆高舉。泛畫鷁、翩翩過南浦。 望中酒旆閃閃,一簇煙村,數行霜樹。殘日下,漁人鳴榔歸去。敗荷零落,衰楊掩映,岸邊兩兩三三,浣沙遊女。避行客、含羞笑相語。 到此因念,繍閣輕抛,浪萍難駐。歎後約丁寧竟何據。慘離懷,空恨歳晩歸期阻。凝涙眼、杳杳~京路。斷鴻聲遠長天暮。」とあり、明・謝榛の『遠別曲』に「郎君幾載客三秦,好憶儂家漢水浜。門前両株烏桕樹,叮嚀説向寄書人。」とある。 ・嘱:〔しょく;zhu3●〕頼む。言いつける。 ・小姑:〔せうこ;xiao3gu1●○〕夫の妹。義妹。こじゅうとめ。また、父の姉妹(叔母)で年少の者。
※姑恩莫負百年劬:長年苦労したしゅうとめ(=夫の母)の恩に背(そむ)かないようにと。 ・姑恩:夫の母の恩。しゅうとめの恩。 ・莫:なかれ。禁止の辞。 ・負:棄てて顧みない。たがえる。背(そむ)く。 ・劬:〔く;qu2○〕骨折り苦しむ。苦労して励む。苦労する。つかれる。
※米塩種種家常話:米や塩といったさまざまな日常生活のことを。 ・米塩:米と塩と。細かなことを謂う。 ・種種:〔しゅじゅ;zhong3zhong3●●〕いろいろ(の)。さまざま(の)。 ・家常:日常生活の。ふだんの。ありふれたもの。 ・家常話:日常のありふれた話。世間話。よもやま話。
※涙湿紅裙未絶裾:涙が(婦人の)赤いもすそを濡らしており、いまだに裾(すそ)を振り切って決然として立ち去るというようなことはない。(未練がましく留まっている)。 ・湿:うるおす。 ・紅裙:(婦人の)赤いもすそ。婦人の衣裳の赤いスカート状のもの。 ・絶裾:裾(すそ)を振り切り、決然として立ち去る。『晉書(卷六十七)・温嶠(卷三十七)』(中華書局版461ページ 一七八六頁八行目)に「除散騎侍郎。初,嶠欲將命,其母崔氏固止之,嶠絶裾而去。」とあり、『世説新語・尤悔(第三十三)』 (中華書局版919ページ 9)に「温公初受劉司空使勸進,母崔氏固駐之,嶠絶裾而去。」とある。 ・裾:〔きょ;ju1○〕(衣服の)すそ。(衣服の)えり。(衣服の)上まえ。(衣服の)身ごろ。
◎ 構成について
2015.2.23 2.24 |
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