途上所見 | ||
河上肇 |
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夕陽將欲沒, 紅染紫霄時。 弄色西山好, 乾坤露玉肌。 |
夕陽 將 に沒せんとして,
紅 紫霄を染むる時。
色を弄 して西山 好 し,
乾坤 玉肌 を露 す。
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◎ 私感註釈
※河上肇:明治十二年(1879年)〜昭和二十一年(1946年)。マルクス主義経済学者。山口県の人。東京帝国大学卒業後、大学教授となり、次第にマルクス主義に近づき、やがて、新労農党、共産党と活動して、治安維持法違反で検挙された。主義のため、信念を貫くために地位と名誉を捨てた。詩作は検挙後に始めたというが、その詩は、作者の専門外とはいうものの、見事なものである。詠物、叙景の詩が文人の作詩の主流となっている現代日本詩では異色で、興味をそそられる慨世の作品群を遺している。
※途上所見:道すがらにみたこと。昭和十七年の夏の作品。同題の『途上所見』には明治・森鷗外の『途上所見』「黍圃連千里,望林知有村。人逃雞犬逸,空屋逗斜曛。」がある。
※夕陽將欲没:夕日が間もなく沈もうとして。 ・將欲:間もなく…しようとする。 ・没:しずむ。
※紅染紫霄時:紅(くれない)に天空が染まる時。 ・紫霄:〔しせう;zi3xiao1●○〕天空。大空。天上。=紫墟・紫穹・紫空・紫宙・紫冥。
※弄色西山好:色をもてあそんでいる西の山は、すばらしく。 ・弄色:色をもてあそぶ。盛唐・高適の『人日寄杜二拾遺』に「人日題詩寄草堂,遙憐故人思故ク。柳條弄色不忍見,梅花滿枝空斷腸。身在南蕃無所預,心懷百憂復千慮。今年人日空相憶,明年人日知何處。一臥東山三十春,豈知書劍老風塵。龍鐘還忝二千石,愧爾東西南北人。」とある。 ・弄:もてあそぶ。おもちゃにする。たわむれる。いじる。 ・好:よい。晩唐・李商隱の『登樂遊原』に「向晩意不適,驅車登古原。夕陽無限好,只是近黄昏。」とある。
※乾坤露玉肌:天地がうるわしい肌を顕(あらわ)している。 ・乾坤:〔けんこん;qian2kun1○○〕天と地。天地。本来は易(えき)の「乾」と「坤」の卦(け)で、天地・陰陽・男女などを象徴することに因る。使用する場合は、「乾坤」は「天地」に比べて抽象的、概念的な使われ方をする。また、前者(=「乾坤」)は○○であって、後者(=「天地」)は○●なので●●とするところに使われる。ここは○○とするところで「乾坤」が好ましい。この句でいえば、「○○●●○」なので、「乾坤」を使う場合は「乾坤●●○」とし、「天地」を使う場合は「○○天地○」とすること。南宋/鎌倉・無學祖元の『示虜』に「乾坤無地卓孤筇,喜得人空法亦空。珍重大元三尺劍,電光影裡斬春風。」とある。 ・露:あらわす。 ・玉肌:うるわしい肌。=玉膚。
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◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「時肌」で、平水韻上平四支。この作品の平仄は、次の通り。
●○○●●,
○●●○○。(韻)
●●○○●,
○○●●○。(韻)
平成24.12.22 12.23完 平成25. 4.11補 |
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