大久保利通下通州偶成　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


下通州偶成

	大久保利通
奉敕單航向北京，黑烟堆裏蹴波行。和成忽下通州水，閑臥篷窗夢自平。

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通州を下る偶成　

敕(ちょく)を奉じて　單航(たんかう)　　北京に向かひ，
黑烟(こくえん)　堆裏(たいり )　　波を蹴(け)って行く。
和(わ) 成りて　忽(たちま)ち下る　　通州(つうしう)の水(みづ)，
閑(かん)に　篷窗(ほうさう)に臥(ぐゎ)して　　夢自(おのづか)ら平(たひら)かなり。

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◎　私感註釈

※大久保利通：幕末～明治初期の政治家。天保元年（１８３０年）～明治十一年（１８７８年）。薩摩藩出身。通称は一蔵、号して甲東。西郷隆盛と結んで藩政改革以後、藩主島津久光のもとで公武合体運動に尽力。後、討幕運動に転じて長州藩との聯合に成功し、岩倉具視らと王政復古実現を劃策。維新後新政権の参与・参議として、版籍奉還・廃藩置県を断行。大蔵卿となり、岩倉遣外使節団副使として外遊。帰国後、参議となり西郷隆盛の征韓論に反対。佐賀の乱・神風連の乱・西南戦争などを鎮圧。地租改正をおこない、元老院・大審院・地方官会議の設置による立憲制の樹立をめざした。明治十一年、不平士族島田一郎らに暗殺された。

※下通州偶成：（北京から）通州を下っての（帰途に）、偶々（たまたま）詩ができた。＊明治七年（1874年）宮古島民台湾遭難事件について、台湾出兵が行われた後、大久保利通が戦後処理のために全権弁理大使として清に渡り、清が日本の征台は保民の義挙（＝日本の台湾出兵は国民を守った義挙）と認めて五十万両の償金を支払うことを定めた日清両国間互換条款・互換憑単に調印することになった。調印後、清からの帰途での詩。前半は、海路清に向かう大型蒸気船の雄姿を詠い、後半は、北京・通州からの帰途、川舟での様子を詠う。巧みな構成の詩。　・下：くだる。盛唐・李白の『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』に「故人西辭黄鶴樓，煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡，惟見長江天際流。」とある。この場合、西方にあたる黄鶴樓のある湖北省武昌を辞去し、下流にあたる江蘇省の揚州の方へ向かうこと。「下揚州」は「揚州に下る」意。　・通州：北京市直轄市街地のすぐ東側の都市。北京・天津間の、北京よりにある都市。

※奉勅単航向北京：天皇の勅命を奉じて、ただひとり船で（清の首都である）北京に向かった。　・奉勅：（天皇の）勅命を承ること。勅命を奉じること。　・単航：（「単騎」のように、）ただひとり船に乗ってゆくこと。（「一騎」ならぬ）一艦で、一船で。の意。　・向：むかう。動詞。　・北京：清の首都。

※黒煙堆裏蹴波行：（蒸気船の煙突から出る）黒い煙がもくもくと山のように上がる中、波を蹴たてて勢いよく進んで行った。　・黒煙：（蒸気船のボイラーから出る）黒い煙。　・堆裏：（黒い煙がもくもくと）山のように積み上がった中の意。　・蹴波：波を蹴たてる意。勢いよく進んで、後に波を立たせる意。＝破浪。　・蹴波行：波を蹴立てて（勢いよく）行く意。

※和成忽下通州水：（北京で、清との）和議が成立し、（川舟で）素速く通州の川を下った（が）。　・和：和議。ここでは、日清両国間互換条款を指す。　・忽：〔こつ；hu1●〕突然。たちまち。急に。にわかに。　・水：（通州を流れる）川。渤海湾・天津の方から北京に至る川筋は：天津→海河→北運河→通州・北京。或いは：天津・北塘→潮白河→北京・通州。或いは：天津→海河→永定河→北京の西。等が考えられる。この句は帰路を詠っており、北京から天津方面の港へ向かったので、行程は上記コースの逆になる。

※閑臥篷窓夢自平：（帰途の）川舟で、のどかに横になって寝れば、夢は自然と穏やかなものであった。　・閑：ひまである。平穏である。　・臥：横になって寝る。　・篷窓：〔ほうさう；peng2chuang1○○〕篷（とま）を掛けた舟の窓。舟の窓。　・平：平穏である。なだらかである。静まっている。落ち着いている。

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◎　構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「京行平」で、平水韻下平八庚。この作品の平仄は、次の通り。

●●○○●●○，（韻）
●○○●●○○。（韻）
○○●●○○●，
○●○○●●○。（韻）