陸游菊枕　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Lu You

菊枕

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　南宋・陸游

采得黄花作枕嚢，
曲屏深幌悶幽香。
喚回四十三年夢，
燈暗無人説斷腸。

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　　　　　　　　　　　　菊枕(きくちん)

黄花(くゎうくゎ)を采(と)り得て　　枕嚢(ちんなう)を作り，
曲屏(きょくへい)　深幌(しんくゎう)　　幽香(いうくゎう) 悶(もん)たり。
喚(よ)び回(かへ)す　四十三年( しじふさんねん)の夢，
燈(とう) 暗くして　　人の斷腸(だんちゃう)を説(と)く無し。

◎　私感訳註：

※陸游：南宋の詩人。宣和七年（１１２５年）～嘉定二年（１２０９年）。山陰 (現・浙江省紹興県)の人。字は務観。号して放翁。夔州通判、厳州権知事、軍器少監、礼部郎中兼実録院検討、宝謨閣待制などを歴任した。尤袤、楊万里、范成大とともに南宋四大家と称された。祖国を憂うる愛国詩人といわれるとともに、日常の生活をもこまやかに歌い上げた。

※菊枕：菊の花の縫い取りをした枕。『菊枕』詩二首のうちの一。その二は「少日曾題菊枕詩，蠹編殘稿鎖蛛絲。人間萬事消磨盡，只有清香似舊時。」とある。ここでは、菊の花の縫い取りをした枕を指しており、同時に紹興十四年（１１４４年）・作者二十歳の時（唐琬との結婚と離婚）の思いを詠った『菊枕』詩をも指す。作者は母の命に従い、唐琬と結婚し、またすぐに離婚させられた。その時の複雑な感情が、菊の香に因って思い起こされた、と謂う詩。同様のことを詠ったものに、『沈園』二首其一「城上斜陽畫角哀，沈園非復舊池臺。傷心橋下春波綠，曾是驚鴻照影來。」、『沈園』二首其二「夢斷香消四十年，沈園柳老不吹綿。此身行作稽山土，猶弔遺蹤一泫然。」、『春游』「沈家園裏花如錦，半是當年識放翁。也信美人終作土，不堪幽夢太怱怱。」、『釵頭鳳』「紅酥手，黄縢酒，滿城春色宮牆柳。東風惡，歡情薄。一懷愁緒，幾年離索。錯，錯，錯。　　　春如舊，人空痩，涙痕紅鮫透。桃花落，閑池閣，山盟雖在，錦書難托，莫，莫，莫！」等がある。

※采得黄花作枕嚢：菊の花を採ってきて（菊の花の縫い取りをして）、枕の袋とした（ので）。　・采：採（と）る。必要な物を入れて集める。＝採。　・-得：…て。動詞の後に用いて、結果を表す。　・黄花：菊。　・枕嚢：枕の袋。

※曲屏深幌悶幽香：曲ったついたてに奥深いとばり（の寝室の中）で、かすかな香りに悶（もだ）えている。　・曲屏深幌：まがったついたてに奥深いとばり。・屏：〔ping2〕ついたて　・幌：〔huang3〕とばり。　・悶：〔もん；men4●〕もだえる。気が晴れない。この「悶」字部分を、或いは「/泌/閟/鎖/」字（いずれも仄字）ともする。なお、「悶〔もん；men1○〕空気がよどんでいる。むっとする。蒸す」ととれば、この場合、平字となるため、ここの句末は平三連となる。　・幽香：かすかな香り。ほのかな香り。

※喚回四十三年夢：（部屋に籠もった菊の香が）四十三年の眠りから呼び起こした。　・喚回：呼び覚ます。　・四十三年：「四十三年間の眠り」を作者二十歳の時（唐琬との結婚と離婚）の思いを詠った『菊枕』詩の時から四十三年から、ということで、作者が六十三歳（淳煕十四年（１１８７年））頃の現在まで、ということになろう。　・夢：「喚回…夢」で、「…の夢から呼び覚ます」の意。

※燈暗無人説断腸：ともしびが暗く、（自分の離婚時の）断腸の思いについて話す相手が誰もいない。　・無人-：だれも…いない。　・説：言う。とく。　・断腸：（腸が断たれるような）非常な悲しみ。ここでは、唐琬との離婚を指している。盛唐・李白の『春思』に「燕草如碧絲，秦桑低綠枝。當君懷歸日，是妾斷腸時。春風不相識，何事入羅幃。」とあり、盛唐・王昌齡の『春怨』に「音書杜絶白狼西，桃李無顏黄鳥啼。寒雁春深歸去盡，出門腸斷草萋萋。」とあり、唐・顧况の『竹枝詞』に「帝子蒼梧不復歸，洞庭葉下荊雲飛。巴人夜唱竹枝後，腸斷曉猿聲漸稀。」とある。