元好問初挈家還読書山雑詩　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Yuan Haowen

初挈家還讀書山雜詩
	金・元好問

并州一別三千里，
滄海橫流二十年。
休道不蒙稽古力，
幾家兒女得安全。

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初めて家を挈(たづさ)へて讀書山に還(かへ)る雜詩

并州(へいしう)　一別(いちべつ)　　三千里，
滄海(さうかい)　橫流(わうりう)　　二十年。
道(い)ふを休(や)めよ　　　稽古の力を蒙らずと，
幾家(いくか )の兒女( じぢょ)か　　安全を得たる。

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◎　私感註釈

※元好問：金末の文学者。字は裕之。号して遺山。１１９０年～１２５７年。太原の人。北魏の拓跋氏の家系。作者の時代は、金・モンゴル・南宋が勢力を競い合っていた。なお、当時の金は、満洲、華北、華中をおさえていたが、モンゴルによって亡ぼされた。

※初挈家還讀書山雜詩：初めて家族を連れて（郷里の忻州の）読書山に還（かえ）った時の詩。国家の滅亡という動乱の時期に、作者が五十歳の時（モンゴルによって金が亡ぼされた五年後：モンゴル太宗十一年己亥１２３９年）、忻州の読書山にて作った。　・挈：〔けつ；qie4●〕引き連れる。ひっさげる。取る。ととのえる。　・家：ここでは、一家、家族を指す｡　・還：かえる。行き先から、くるりと向きを変えてかえる。もどる。Uターンして元にもどる。　・讀書山：繋舟山のこと。故郷の忻州（現・山西省忻県）の南１０キロメートル、太原（并州）の北５０キロメートルのところにある。『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）の４６－４７ページ「唐　河東道」にある。

※并州一別三千里：（出身地の）并州（現・太原）を一たび別れ去って遥かな旅程を流離（さすら）い。 *盛唐・杜甫の『恨別』に「洛城一別四千里，胡騎長驅五六年。草木變衰行劍外，兵戈阻絶老江邊。思家歩月淸宵立，憶弟看雲白日眠。聞道河陽近乘勝，司徒急爲破幽燕。」とある。　・并州：〔へいしう；bing1zhou1○○〕現・山西省太原市。前出・讀書山（繋舟山）の真南５０キロメートルのところにある。中唐・賈島の『渡桑乾』に「客舍并州已十霜，歸心日夜憶咸陽。無端更渡桑乾水，卻望并州是故鄕。」とある。『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）の４６－４７ページ「唐　河東道」、『中国歴史地図集』第六冊　宋・遼・金時期５６ページ「金　河東北路河東南路」に太原府とある。　・一別：ひとたび別れてより。後世、白居易の白居易の『長恨歌』に「含情凝睇謝君王，一別音容兩渺茫。昭陽殿昭陽殿裡恩愛絶，蓬莱宮中日月長。」とある。　・三千里：約１６８０キロメートル。１里＝０．５５９８キロメートル（唐制）（０．５５９８km×３０００＝１６７９．４km）。ただし、「三千里」のところは○○●となるべきところで、○○に該る数字は「三」と「千」しかない（「一」「二」「四」「五」…「百」などは●）ので、自ずと「三千」という表現になっただけで、数値に特段の意味はない。「三千」は〔さんぜん〕〔san1 qian1〕と畳韻に近い語調の美しさがあり、多用される。盛唐・李白の『秋浦歌』に「白髮三千丈，縁愁似箇長。不知明鏡裏，何處得秋霜。」とあり、同じく・李白の『望廬山瀑布』に「日照香爐生紫煙，遙看瀑布挂前川。飛流直下三千尺，疑是銀河落九天。」とあり、中唐・白居易の『夢亡友劉太白同遊彰敬寺』に「三千里外臥江州，十五年前哭老劉。昨夜夢中彰敬寺，死生魂魄暫同遊。」とある。

※滄海橫流二十年：世の中が不安になることが、二十年もの間続いた。 *「并州一別三千里」で、空間的な隔たりを詠い、「滄海橫流二十年」で時間的な隔たりを謂う。イメージは前出・白居易の『夢亡友劉太白同遊彰敬寺』に「三千里外臥江州，十五年前哭老劉。昨夜夢中彰敬寺，死生魂魄暫同遊」に同じ。　・滄海：〔さうかい；cang1hai3○●〕あおうなばら。大海。蘇軾の『前赤壁賦』に「況吾與子漁樵於江渚之上，侶魚蝦而友麋鹿，駕一葉之輕舟，擧匏樽以相属；寄蜉蝣於天地，渺滄海之一粟。哀吾生之須臾，羨長江之無窮。挾飛仙以遨遊，抱明月而長終。知不可乎驟得，託遺響於悲風。」とある。　・橫流：〔わうりう；heng4liu2●○〕水が溢れて、平常の河道を外（はず）れて、別な所を流れる。政治的な混乱や社会の動揺・不安を謂う。『晉書・王尼傳』（列伝第十九畢卓/王尼：1382頁中華書局版３５９ページ）に「『滄海橫流，處處不安也。』」とある。

※休道不蒙稽古力：学問の力をこうむることがなかった、と言いなさるな。　・休道：（…と）言いなさるな。　・休：やめる。やめよ。　・道：言う。　・蒙：かたじけなくする。頂戴する。受ける。こうむる。　・稽古：〔けいこ；ji1gu3○●〕昔の事柄を考える。古（いにしえ）を稽（かんが）える意。転じて、学問、学習をする。　・蒙稽古力：中国では伝統的に科挙（＝官吏登用試験）によって官僚となる人材を得るシステムで、そのため、受験生は詩文を深く修めた。詩文の学問⇒官僚としての政治的力量ということ。

※幾家兒女得安全：いかほどの家庭の子どもたちが、無事であっただろうか。　・兒女：子ども（息子と娘）。子女。

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◎　構成について

韻式は、「AA」。韻脚は「年全」で、平水韻下平一先。この作品の平仄は、次の通り。

○○●●○○●，
○●●○●●○。（韻）
○●●○○●●，
●○○●●○○。（韻）