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第2部
2
窓の外
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「ウォーター。ホールにセレニーがいるようなんだ。俺が話しかけて気をそらしている間に、このバーチャル転送室を出てすぐ右隣にある部屋に入ってくれ。そこが、俺の部屋だよ」
ふたりは、ダダたちがいる部屋のバーチャル転送室の中に姿をあらわしていて、シュールがホールをうかがいながら小声で言った。
ウォーターは、目と指で了解のサインを出した。
「ただいま、セレニー。俺、海へ行ってきて、すっごくスッキリしたよ。やっぱり海っていいよね。あの海水がいっぱいあるのがいいよね。ものすごく豊かな感じがしてね。生命の故郷、生命の母ってとこかな。それでいて力強いんだよね。重厚な波なんか見ていると、たまんないよね」
シュールは、身ぶり手ぶりでおどけてみせて、セレニーが転送室に背を向けるようにまわりこみながら話しをた。
「ほんとに、スッキリしたわね。気持ち悪いくらい。どうしたの?あ、さては、カワイイ娘でも見つけたかな」
セレニーは、シュールの顔をのぞきこみながら言った。
「それは、ポップだよ。だからまだ帰って来ないよ。じゃあ、俺、これから自分の部屋で勉強するから邪魔しないでよ」
シュールの方を向いているセレニーの肩ごしにウォーターが隣の部屋に入るのを見とどけると、シュールは、おどけるのをやめた。
「なによ、言いたいことだけ言って。だれもあんたの邪魔なんかしないわよ」
セレニーは、晴れたり、曇ったりの、この弟の表情にあきれていた。
シュールは、自分の部屋に飛び込んだ。
ウォーターが、窓から外を見ていた。
「いい景色だなあ、映像ではない本物の地球の風景だ。一見、映像と変わらないように見えたがやはり本物はすばらしい」部屋に入って来たシュールに、ウォーターは言った。
「そうだね、地球の風景は、俺もいつ見ても奇麗だと思うよ。最近、たくさんの人が移り住んで行ったあの星は、紫色の植物におおわれているけど、地球の緑には、かなわないよね。バーチャルの映像だって目で見るかぎりほとんどくべつがつかないけど、違うんだよね」
シュールは、ウォーターが、身も心も自分たち人間の世界に馴染みはじめていることを感じながら言った。
心が緑で満たされていたふたりの目に、遠くの山の上空で空気が突然歪み透明な入道雲のような形のものがあらわれた。
それが、たちまちシュールたちのいる部屋の上まできて今にも襲いかからんばかりに迫ってきた。
アッと言う間のことであった。
「わあっ!」
ふたりは、部屋の端まではじきとばされでもしたように逃げた。
「ウォーター。あれが君の言う超生命体だ。こんなに近くに来たのは始めてだよ」目を見開いてシュールが言った。
「たぶん、俺がいることに気付いて見に来たんだ。データで知るより現実ってのはスゴイなあ」
ウォーターは、逃げはしたものの目は超生命体を冷静に観察し続けていた。
しかしそれは、窓際まで一度大きく接近したのち次第に遠のいて行き、また、いつもの笑っているような穏やかな状態に戻って消えた。
(笑っているのか実際には分からなかったが、その時の超生命体を見ていると、にこやかに笑っている人に接している時のような気分になった)
「ふうっ、あれをダダたちは神なのかもしれないと言っているんだ。どお思う?本当にあれに俺たち飼われているの?」
一瞬の緊張感にシュールは疲れたように言った。
「多分そうだろう、間違いないとおもうよ。その証拠に、君はその窓から出られるか?」きっとした顔になって、外を見ながらウォーターは言った。
シュールの心の奥に、シコリのようになって居座ってしまったその言葉が、今、ほじくりかえされた。
「出られるように思うけど、その気にならないんだ」
シュールの口から、だれに話しているのか方向性のない言葉が漂った。
「そうだろう、超生命体の力が働いているからなんだ。俺はまだ働いていなようだ。今のうちに窓から出て、君の人間の友だちのような顔をして、玄関から遊びに来たようにするよ」
ウォーターは、言い終わった時にはもう窓の外に飛び出していた。
「ウォーター、気をつけろよ!」
シュールは、その場に立ちすくみながら叫んでいた。
そして、すぐに我に返り玄関まで走った。
来客用のモニターに人影が写っていたが、それは十七才くらいの青年であった。
「シュール、どうしたの、お友だち?へえ、ここもやっぱり普通の所よね。お客さんもちゃんと来るんだものね」
セレニーは、シュールのあわてている様子が見えたのか、自分の部屋から出てつぶやいた。
「君、ウォーターなのか?」
シュールは、セレニーのことも気になったが、
それどころではなく、モニターに話しかけた。
「そうだ、俺はウォーターだ。早く中に入れてくれ、早く」必死の声がモニターから伝わってきた。
シュールはたじろいだ。
声は、はっきりウォーターの声に違いなかったが・・。
何かの異変をとっさに判断し、急いで入り口を、開けた。
青年が倒れ込んで来た。
「・・・・・・・」
ウォーターが、窓から出て数年間、別の世界をさまよっていたことになるのか。
本当にこの世の中に、そんな世界があるのか。
それとも、この数秒間で、青年に成長してしまったのか。シュールは、目をうたがった。
「あら、どうしたの、具合悪いの。シュール、お客さんに、奥のほうに入ってもらいなさい」
セレニーは、首をかしげながらもきげんよく近づいて来て、ウォーターを見ながら言った。
シュールは、ウォーターを抱きおこしていた。が、
『セレニーに、ウォーターのことをどう説明しようか』とか、 『なぜ、ウォーターが歳をとってしまったのか』等と頭の中が混乱していた。
「ああ、もう大丈夫だ。ありがとう。ひとりで立てる」
ウォーターは、極度のショック状態にあったが、すぐに気を取り直しセレニーの手前平静をよそおった。
「そうか、あ、そうそう、これが、姉のセレニー」
シュールも、ウォーターの配慮を察して楽しそうにふるまった。
「これがって、なによ、お姉さんに向かって」
セレニーは、ウォーターに笑顔を向けたあとシュールをにらんだ。
「そうカッカしないで。彼はウォーターっていうんだ。疲れているようだから、俺の部屋で休んでもらうよ」
シュールは、この場を早くきりぬけて、ウォーターから事情を聞きたかった。
「そうしなさい。後でみんなで食事でもしましょう」
セレニーは、なんの不信感もいだいていないようすでにこやかに言った。
ウォーターは、ていねいにセレニーに挨拶をしてから、シュールの案内で部屋に入っていった。
「ウォーター、いったい、どういうことなんだ」
シュールは、今起こっている異変に底知れない深さを感じ、ウォーターに飛びつかんばかりになって返事を求めた。
「待ってくれ、そうせっつかないでくれ。まだ、俺にもよくわかっていないんだ」
ウォーターは、頭をかかえ、眉間に皺をよせ、記憶を呼び戻していた。
「窓を出たあのときと、ここは全然変わっていないな、君もだ。要するに、俺はこの時間に戻って来たということなのか。俺には長い年月だったんだ」と言いながら、ウォーターは、顔を上げ窓の外を見た。
その顔からは、眉間の皺も消え、なにか満ち足りた人の顔のようにも見えた。
「君が窓から出て二、三分しかたっていないよ」
不思議なものでも見るように、シュールは、ウォーターをながめて言った。
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