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風のように

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第10章

 家に戻り、ソファに座ったチチの手のひらの上に、悟空は握り拳ほどの球を乗せた。
「これがドラゴンボールだか……」
 チチは両手のひらの上で球を転がしてみた。黄金色の球は転がすたびに微妙に色が変わる。四つついている赤い星は、球の表面に描かれているようにも、中に浮かんでいるようにも見える。つるつるして冷やっこい手触りのその球を握りしめていると、内包されているパワーが直接こちらの体の中に伝わってくるようだ。
「星が四つついてっだろ? 四星球って言って、じいちゃんの形見なんだ。こんな近くにあるなんて、オラ今まで全然わからなかったぞ。どこ見て暮らしてたんだろうな〜」
「形見……それでさっき、『帰って来た』って……」
「うん」
 悟空はチチの手の中の四星球に顔を寄せて話しかけた。
「じいちゃん、また一緒に暮らそうな」
 その柔らかなまなざしにチチの胸はトクン、と鳴った。
(なんてあったけえ目で見るんだべ……)
 悟飯を想う悟空の優しい気持ちがチチの胸まで温かくしてくれる。
 立ち上がると、チチは四星球を悟空に返していそいそとタンスに向かった。あわただしくあちこちの引き出しを開けたり閉めたりしている彼女を不思議そうに悟空が見ている。
「えーと、確かここらに……あったあった」
 チチは色とりどりの花と鳥を染め抜いた赤い絹のスカーフを手に引き返して来て、それを幾重にも折り畳んで居間にある背の低いチェストの上に置いた。そして、悟空に四星球を持って来させ、その上にそっと乗せた。
 両手を腰に当て、目線の高さをいろいろ変えて、スカーフの上に鎮座している四星球をためつすがめつして見た後、あきらめの吐息をついてチチは言った。
「うーん。イマイチしまらねえだな。でも、しょうがねえべ。今夜のところはこれでカンベンしてもらうとして……。悟空さ、おら、明日街まで行って、ちっちぇえクッションみてえなやつを買ってくるだよ。おめえのじいちゃんにはそれに寝てもらうべ、な?」
「チチ……」
 悟空は感極まってチチを見た。
 チチはなんでオラの気持ちがわかるんだ? オラにとってこの四星球がじいちゃんそのものだって言ってもいいくらい大事だってこと。オラがじいちゃんのことをどんなに好きだったか。どんなにじいちゃんと一緒の暮らしが楽しかったか。
 そして、じいちゃんが死んだ時、どんなに悲しかったか――――

「チチ」
「ん?」
「いや、なんでもねえ」
 悟空はちょっと赤くなって顔をそむけた。
「なんだよ、悟空さ。気持ち悪いだな。言いかけてやめるなんて」
「いや、その」と、指でポリポリ鼻の横を掻きながら彼は言った。
「オラ、チチと結婚してほんとによかったなーと思ってさ」
「悟空さ……」
 チチの瞳にじわっと涙が浮かんできた。悟空はうろたえて叫んだ。
「ど、どうしたんだよ。なんで泣くんだ!?」
 チチは指で涙を拭いながら泣き笑いした。
「なんでもねえ。嬉しい時にも女は泣くだよ」
「忙しいんだな〜。泣いたり怒ったり笑ったり。でも、退屈しなくていいや」
 クスクス笑いながら涙を拭いていたチチは、ふと思い出したように悟空に尋ねた。
「なあ悟空さ、ドラゴンボールって言ったら確か、願いがかなう球だっただな」
「へ? ああ、そうだ。神龍が出てきて、何でもひとつだけ願いをかなえてくれんだ。七つ集めねえとダメだけどな」
「七つ?」チチの目に失望の色が浮かんだ。「七つも……」
「なんだチチ、おめえ何かかなえて欲しい願いがあるんか?」
「ある」
チチはきっぱりと言った。
「あるだ。ひとつだけ。どうしてもかなえて欲しい願いがあるだよ」

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