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風のように

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第16章

 悟空は首を傾げて考え込んでいる。チチはそんな夫の顔をじっと見つめていた。やがて、二人はハッとして同時に叫んだ。
「パオズオオサンショウウオ!!」
「あれけ? そうだ、きっと、いや絶対にあれに違いねえだよ! 見るからにグロテスクだったもんな」
「そういや、頭に毒を持ってるって聞いたことあんな。でも頭は食ってねえぞ」
「そんなもんわかるもんけ! 頭の他にもどっかに毒を持ってたに違いねえだ。まーったく悟空さときたら食い意地が張ってんだから! せっかくおらが毎日ご馳走作ってやってるってのに、変なもん食うからいけねえだ!!」
「でもよ、あれならそんなに強い毒じゃねえからすぐ抜けると思うぞ。なんでまだ抜けねえんだろうな。ま、どっちにしても薬を飲んだからもう大丈夫だ」

 けろっとして笑う悟空にチチの苛立ちは募っていった。
 死ぬほど心配させられたあげく、悟空の食い意地の悪さが原因だったという、拍子抜けするような情けない事実が判明してホッとしたせいもある。ゆうべ心配で一睡も出来なかった疲れも拍車をかけた。
 さらに、今まで悟空に密かに抱いていた不満―――なぜいつまで経っても本当の夫婦になれないのかという焦りや怒りが今になってまとめてチチの胸の中に押し寄せて来た。
 それらの怒りが一緒くたになってチチの中で膨れ上がって行った。

「ご、悟空さ! 悟空さはおらのことどう思ってるだ!? なんでおらと結婚しただ!?」
 募る想いは出口を求めて一気に噴き出してしまい、もう止めることは出来なかった。チチはひたむきな瞳を悟空に当てて、じっと答を待っている。
「なんでって……約束しちまったからな〜」唐突な質問にとまどいながら、悟空は答えた。
「約束? 約束してなかったら、おらとは結婚しなかったって言うんけ?」
「しなかっただろうな」
「そんな……」
 悟空に他意はなかった。彼はただありのままの事実を答えただけなのだ。でも、その一言はチチを完全に打ちのめした。
(おらとは約束しちまったから仕方なく結婚しただけなんけ? おらのこと、ほんのこれっぽっちも愛してなくて……だから、今まで指一本触れずにいたんけ? 赤ん坊は勝手にできるなんて、あんな嘘までついて……)
 チチは両手で口を押さえてふらふらと立ち上がった。真実を知ってしまった今、もうここにいることは出来ない。自分を愛してもいない男とこれ以上夫婦ごっこを続けるなんて、つらすぎて心がバラバラになってしまいそうだった。
「わかっただ。おらたち離婚した方がいいべ。荷物はお父に取りに来てもらうだ」
「えっ、リコン!?」
 悟空は意味がよく飲み込めずにきょとんとした。チチはそのまま戸口のところへ行って振り向き、最後に精一杯微笑んでみせた。
「さよならだべ。短けえ間だったけど、悟空さと一緒に暮らせて楽しかっただよ。楽しくて……苦しかっただ」
 涙をこらえてそれだけ言うと、チチは外へ飛び出して行った。
「お、おい、チチ!?――――どうしたんだよ」
 思わずチチの後について家の外へ出た悟空は、走り去るチチの後姿をあっけにとられて見つめていた。
(なんでだ?)
 チチが怒っている理由はわからなかった。ただひとつわかっているのは、チチが本気でここを出ていき、もう二度と戻らないということだけだ。
 来る者は拒まず、去る者は追わずの悟空だったが、今、チチを追わなければ一生後悔するだろうという思いが彼の心をとらえた。
 悟空は駆け出した。チチの去った方へ向かって。
「チチ! 待て。行くな!!」

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