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風のように

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第18章

 何も起こらない。
(おら、もう天国に着いちまっただか)
 チチが恐る恐る顔を上げると、目の前の恐竜は腕を振り上げたままの格好で頭を上げ、耳をすますようにしてあたりをうかがっている。残りのやつらもみんな固まったようにその場を動かない。
「何だ?」
 チチをかばいながら悟空も周りを見回した。
 山全体がざわついている。

 次の瞬間、全ての恐竜達は魔法がとけたように動き出すと、もはやチチや悟空には目もくれず、一目散に山を降り始めた。鳥達も次々と木から離れ、群れをなして飛んでゆく。みんな一刻も早く山から離れようとしている。
「何が起こんだ!?」
 肌が粟立つような感覚が悟空を襲う。やがて山全体が細かく振動し始めた。
 ド―――――――――――――ン!!
 大砲を撃ち込まれたような衝撃に続き、激しい地震が起こった。見上げると山頂から黒い煙と共に、真っ赤に燃える岩石の塊がいくつも飛び出してくる。
「噴火だ! パオズ山が噴火してんぞ」
「ええっ、だって、パオズ山は千年に一度しか噴火しねえ休火山のはずだべ」
「だったら今日がその千年目なんだ――――ここにいると危ねえ。オラたちも避難すっぞ」
「い、いやだべ」
 チチはかぶりを振って後ずさった。
「おめえだけ行けばいいだ。おら、一緒に行くのはいやだ」
「なに言ってんだよ、チチ」
 悟空はチチに手を差し出した。
「寄らねえでけれ! 好きでもねえ女にどうしてそんなに優しくするだ」
「好きでもねえって……オラ、チチのこと好きだぞ」
「バカ言うでねえ!!」
 チチは叫んでよろめきながら駆けだした。
「あっ、そっちへ行くんじゃねえ! 戻って来い、チチ」
 離れたところからチチは叫んだ。
「おめえの好きってのは食い物と同じレベルだべ。おら……おら……女として愛してほしいだ」

 揺れは立っていられないほどひどくなっていた。周りにはもうアリの子一匹見あたらない。みんな逃げてしまったのだ。
 地下水にマグマが接触し、あちこちで水蒸気爆発が起き始めた。それに伴い、高熱の爆風が猛スピードで山すそを流れ下ってゆく。火砕サージだ。彼らの立っている足元も、いつ爆発が起こってもおかしくない状況だった。
 ふと見ると、山頂からこっちに向かってすさまじい勢いで火砕流がなだれ落ちてきた。中は摂氏千度にも及ぶ高熱だ。あれに呑み込まれたらひとたまりもない。
「チチ!!」
 悟空はひとっとびでチチのところまで飛ぶと、有無を言わさずその腰を抱いた。
「触らねえでけれ!」
「バカやろ、死にてえのか」
 こわいくらいに真剣なまなざしだった。
「悟空さ……」
 黙ってチチを抱き上げると悟空は空に飛び上がり、一足違いでふたりのいた場所を跡形もなく火砕流が呑み込んでいった。

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