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風のように

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第5章

(悟空さはいってえどういうつもりなんだべ!?)
 天下一武道会の賞金のことを問いつめた時のように、出来れば悟空の胸ぐらを掴んで問いただしたかった。
 でも、出来ない。
(そったら恥ずかしいこと、おらにはとても訊けねえだ。それに……)
 もし、悟空の口からチチに対してそういう気にはなれない、という答が返って来たら……。チチにとってはそのことの方がはるかに恐ろしかった。
 しかし、信じがたいことだが、悟空は結婚のなんたるかを正確には知らないとも考えられる。何せ、天下一武道会で仲間たちに「ヨメとは何ぞや?」ということを教えてもらっていたくらいだから……。
 結婚とは、夫婦になってずっと一緒に暮らすことだ―――あの時、ヤムチャはそう説明した。悟空はそれをまさに額面通りに受け取ったのではなかろうか。夫婦の意味も知らず、ただただ一緒に暮らすのが結婚だと信じている。そうだとしたら……。

(まさか……いくらなんでもそれはねえだ。いくら悟空さがオクテだっていったって、もう18だぞ。あのときだって、きっと知ってて照れ隠ししてたんだべ。―――そうだ、きっと修行にしか興味ねえんだ。淡白なんだべ)
 チチはキッと顔を上げた。
(冗談じゃねえだ。そんならおらはただの同居人だべ。家政婦だべ。赤ちゃんだって欲しいのに……)
 純白のおくるみに包まれた、生まれたばかりの赤ん坊を抱く自分。その肩越しに赤ん坊をあやす悟空……。あるいはまた、小さな子どもを挟んで、悟空と自分がいる。3人で手をつなぎ、その影法師が長く地面に伸びる道を賑やかに語り合いながら家路につく……。
 絵に描いたような幸せな家庭にチチは憧れていた。これも幼い頃に母を亡くしているせいかもしれない。
(何とかしなきゃなんねえだ。このままじゃ、おらたち死ぬまで清〜いまんまで終わっちまうだ)
 かと言って、また毎晩椅子取りゲームのようなベッド争奪戦を繰り広げるのは、あまりにも空しいし、みじめだ。
 チチは頭を抱えた。
(そうだべ。おっ母に助けてもらうべ)

 チチは昼食後、また修行の続きをしようとする悟空をつかまえて、「結婚の心得」を渡した。
「何だ? これ」
「結婚生活を続ける上で大事〜な大事〜な事が書いてあるだ。悟空さも読んでけろ」
 悟空はパラパラッと本をめくってみて、「字ばっかだぞ」と顔をしかめた。
「あったりめえだべ。本なんだからな」
「亀仙人のじっちゃんの読んでた本は女の裸がいっぱい載ってたぞ」
「ごっ、悟空さ」
チチはびっくりして叫んだ。
「おめえ、そういうえっちな本を読んでただか!!」
「いや、オラじゃねえ。亀仙人のじっちゃんだ。じっちゃん、ビチビチギャグが好きなんだ」
「ピチピチギャルだろ。悟空さは好きじゃねえのけ? ……その……女の裸とか」
「見たことねえからわかんねえや。子どもの頃ならあるけどな」
「そ、そうけ……」
(修行バカ! オクテにもほどがあるべ。)
 チチは心の中で毒づいた。
 前途多難―――と言うより、こんなに淡白な悟空との間に子どもをもうけるなんて、太陽を西から昇らせる以上に不可能なことなんじゃないかと思えてくる。
 チチは全身から力が抜けてゆくのを感じながら、いそいそと修行へ出かける悟空の背中を見送った。

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