DB小説目次HOME

風のように

10

1112131415161718192021


第21章(最終章)

 そして―――再びセルゲーム前夜。

「悟飯ちゃん遅いだな。もう寝る時間だって言うのに」
 何度も時計を確認してはそわそわして言うチチに、悟空はのんびりと声をかけた。
「神殿で泊まるんだろ。いいから寝ようや」
(寝る時も悟空さと二人っきりか? ほんとに新婚みてえだべ)
 当時のときめきがチチの胸に戻ってきた。どことなく浮き立つような気分でいる自分が気恥ずかしかった。

「チチ」
 ベッドに横になった悟空が掛け布団を上げて言った。
「来いよ」
 チチははにかみながら悟空のベッドに滑り込んだ。
 大きな胸の中にすっぽりと包まれ、チチは強い力で抱きしめられた。確かめるように悟空の手が動く。
「おめえは柔らけえな」
 耳元で響く低い囁きにチチは溜息まじりに答える。
「おらと二人っきりでいる時くらい超サイヤ人はやめてけれよ」
 腕の中で身じろぎする妻を、悟空は翡翠ひすい色の瞳で見つめて言った。
「いやか」
「いやじゃ……ねえけど」
 目の前の夫はどこか見知らぬ男のように見える。逆立った白金の髪と青みを帯びた緑色の瞳のせいだけではない。超化すると理性のタガが緩み、凶暴さを増すという、その気質の影響だろうか。
 捕えた獲物を味わうような嗜虐しぎゃく的な色を瞳に浮かべ、、悟空は容赦なくチチを追い込みながら、いつもより貪欲に奪い尽くしてゆく。


 朝日が昇る。チチの運命を根底から覆してしまう長い一日の始まりだった。
 悟空は安心しきった顔で眠っている。何気なく眺めていたチチの胸に、不吉な予感を伴った苦おしいまでの愛しさがこみあげてきた。
「ん……」
 かすかに瞼を開けた悟空の目に、涙をいっぱいにためて自分を見つめている妻の顔が映った。
「チチ?」
 目をこすってもう一度開けた時にはチチの姿は消えていた。
「あれ、夢だったんか……?」

 勝手口から外へ走り出たチチは、物干し場のところで足を止め、嗚咽をこらえるように両手で口を押さえた。
「行かねえでけれ……悟空さ……」
 耐え切れず、振り絞るようなか細い声がのどから漏れる。

 出来ることなら大声で叫びたかった。
 世界なんてどうなったってかまわない!
 修行ばかりで放っておかれたっていい。働いてくれなくたっていい。
 生きてさえ―――生きてさえいてくれたらそれで……。


「よしっ、行ってくっか!!」
 準備万端整えた悟空に、チチは自分の気持ちを打ち明けてみようと決心した。悟飯が生まれてからは、女として妻として、悟空への想いを素直に表現したことなど絶えてなかったから……。
「悟空さ、あのな……」
 ためらいがちに声をかけ、チチの唇はそこで固まったように動かなくなった。

 言ってどうなるだろう。
 悟空でなければならないのだ。
 他の誰でもない、この孫悟空という男でなければ、世界は――――

「あのな……」
 再び開いた唇は想いの半分も伝えられなかった。
「気ィつけるだぞ、悟空さ。死なねえでけれ」
「おう、わかってるさ」
 力強く答えると、悟空は目の前から消えた。まるで武道会に出かけるかのように屈託なく――――

 そして……。

 愛した男は帰って来なかった。

 チチは今でも思い出す。最後に見たあの懐かしい後姿を。
 夜更けの風が窓からまぎれこんで来て、眠っているチチの頬を撫でてゆくとき……。
「悟空さ……?」
 ベッドの上で半身を起こし、チチはあたりをうかがう。
 確かにいたはずのあの男は、今はもういない。その力強い腕もたくましい胸も、この手はまだ覚えているというのに……。


 伝えたい想いがある。
 伝えられなかった言葉がある。

 二度と戻らない愛しい人を思い、チチは、泣いた。




(おわり)

←面白かったらクリックしてね。


(あとがき)
 男としての悟空を描きたいと思って書きました。原作でもアニメでも、チチとは悟飯と3人セットの色気のない関係でしか扱われないのが物足りなくて……。ふたりにもそれなりにラブストーリーと呼べるものがあったんじゃないかなと思って。

第20章へ /

DB小説目次へ戻る

HOME