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風のように

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第11章

「何だ? 言ってみろ。オラ、おめえのためにボールを全部集めてやる」
「ほんとけ? 悟空さ」
「ああ」
 チチはちょっとの間ためらっていたが、やがて紅潮した顔を上げ、挑むように言った。
「おら、赤ちゃんが欲しい―――赤ちゃんが欲しいだ!!」
「赤ちゃん? 人間のか」
「あ、当ったりめえだ! 恐竜の赤ん坊育ててどうすんだ。―――言っとくけど、おらと悟空さの赤ちゃんだからな」
「それがチチの願いかあ。いいぞ。オラ、集めてやる、ドラゴンボール。七つともな」
 あっけらかんと答える夫にチチは愕然とした。
(まさかと思ってたけど……淡白なだけかと思ってただけど……ほんとに知らなかっただか……)

 気が付けば怒鳴っていた。
「悟空さ、おめえいくつだ!? それっくらいのトシならみんな知ってるだぞ、赤ちゃんがどうして出来るかくらい。ドラゴンボールなんかに頼らなくたって、ほんとは……ほんとは……」
「え? いや、オラ知ってっぞ。赤ん坊って結婚すっと出来んだろ」
(し、知ってるんけ!?)
 チチはじろっと悟空をにらんだ。
「じゃ、おらたちにはどうして出来ねえだ」
 悟空は片手で頭のうしろをボリボリと掻いている。
「いやー、どうしてかなー? オラも不思議でしょうがねえんだ。だってよ、オラたち結婚してからもうだいぶ経つのによ、全然出来ねえだろ? 赤ん坊。なんでだろな〜。普通、結婚すっと勝手にポコッと出来るもんなんだろ、あんなもんは」
「勝手に? ……ポコ?」
 悟空はハッと目を輝かせ、青ざめているチチの腹をのぞき込んだ。
「ひょっとしたら、そんなこと言ってる間にもう出来てんじゃねえか? ここん中によ――――あっ、おい、チチ?」
 チチはものも言わずに外の暗闇へと飛び出して行く。

(なんてやつだべ! 無邪気っても程があるぞ。赤ん坊の作り方も知らねえなんて。おら、とんでもねえやつと結婚しちまっただ。デリカシーがなくて大食らいで修行修行でちっとも働かねえで……あんなやつ、あんなやつ、もう……)
 大嫌い―――そう叫んでやるつもりだったのに、どうしても口にすることができない。代わりに出てきた言葉はチチを裏切った。
「好きだ……好きだよ……悟空さ」
 誰もいない森の中、満ちた月に向かって報われない愛を告白している自分。滑稽で、おかしくて……泣けてくる。
(世界中で多分、おらひとりだべ。夫婦なのに片想いなんて)
 いっそ、ドラゴンボールで――――
(いや、ダメだ。そんなことしたくねえ)チチは首を横に振った。
 悟空の心は悟空のものだ。神龍の力を借りて、無理やり自分を愛するようにしむけるなんてできない。たとえこの恋が片想いのままで終わろうとも……。

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