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風のように

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第17章

 チチは駆けた。まわりも見ずにがむしゃらに駆け続けた。何でもいい、今は少しでも悟空から離れたかった。
 後から自分を呼ぶ声がする。悟空だ。悟空が追ってくる。
 チチは必死にスピードを上げた。悟空はどんどん迫ってくる。横っとびに茂みに飛び込み、チチはけもの道を雌鹿のように俊敏に縫って走る。
(この山はおらの庭みてえなもんだべ。だてに散歩してたわけじゃねえだぞ。
 捕まえられるもんなら捕まえてみるだ)
 距離を縮めては突き放されることを繰り返し、さすがの悟空も追跡に骨を折っていた。声の届く範囲まで近づくと、チチの背中に向けてありったけの声を張り上げて叫ぶ。
「待てって言ってんだろ。チチ、オラ、リコンなんて困んぞ!」
 チチは速度を緩めず振り返りざま叫んだ。
「なんで困るだ! ご馳走にありつけなくなるからか」
「それもあるけど」
「バカッ!!」
「あっ、おい、待てよ、待てったら」
 チチがまた何か叫び返そうとしたその時、上空から巨大な黒い影がさあっと舞い降りてきて頭をかすめた。
「危ねえ、チチ!」
 反射的に身をかわしたチチは、また空高く舞い上がる大きな影を見上げた。鋭く長いくちばしと先の尖った羽根を持つ大きな恐竜が、上空で方向転換して、またこちらを狙って突進して来る。
「チチ、伏せてろ!」
 悟空は叫び、両手で構えをとった。
「はっ!!」
 悟空の両手の間から発せられた光の束が鳥型恐竜めがけて伸びて行く。と、寸前で恐竜は旋回し、それをかわした。空中で態勢を整えてから、そいつは性懲りもなくまたチチに向かって急降下してくる。
 自分を攻撃してきた悟空よりも、チチの方が弱くて仕留めやすいと知っているのだろう。チチは怯えてすくみ上がり、声も出ずにいる。悟空は再び気功波を撃つ構えに入った。
 さっきよりも慎重に狙いを定め、敵の動きを予測して撃つ。
「か――め――は――め――波!!」
 バシュッと鈍い音がして、空気をつんざくような耳障りな大きな叫び声が上がった。左の翼の上部を撃たれた恐竜は、悔しさにギャアギャアと鳴きながらよろめくように飛び去った。

「ふう」
 悟空が溜息と共に額の汗を拭った時、背後でチチの悲鳴が上がった。振り向くと、大小さまざまな恐竜たちがチチのぐるりを取り囲み、舌なめずりをしながら互いに牽制し合っている。悟空とチチは追いかけっこをしている間に、いつのまにか恐竜たちの住みかへ紛れ込んでいたのだ。

 どうすればいい!?
 悟空は生唾を飲んだ。これだけの数の恐竜を一瞬でやっつけるのは、いかな悟空でも難しいだろう。へたをすると闘っているわずかな隙に、チチはやつらのうちの一頭に喰われてしまう。
「くそ……」
「ご、悟空さ……」
 すがるような弱々しいチチの声が聞こえて来る。悟空の腹は決まった。
 何が何でもチチを救い出してやる!

 悟空を見て、獲物を横取りしようとする敵が現れたと思い込み、恐竜達の間でチチを巡ってにらみ合っていた均衡が破れた。他の恐竜が悟空に向かってこようとするその隙に、一頭が抜けがけでチチに挑みかかってきた。
「悟空さ!」
 数頭の恐竜に挟み撃ちにされ、身動きがとれない悟空が振り向くと、今まさにチチの体に獰猛な恐竜の爪がかけられようとしているところだった。
「チチ!!」
 一撃で前にいた馬面の恐竜を倒し、両腕を次々に返して左右にいたやつをなぎ払う。そのまま飛び上がって空中で反転したところを、後にいた一頭の尻尾が鞭のようにうなりをあげて襲ってきた。
 体をひねってかわし、お返しに後頭部に鋭い蹴りを入れてそいつを倒した後、チチのもとへと跳ぶ。
(ダメだ、間に合わねえ!!)
 恐竜の爪が振り下ろされる瞬間、チチは両手で顔を覆った。

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