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          泉岳寺  
                       坂井虎山

山嶽可崩海可飜,
不消四十七臣魂。
墳前滿地草苔濕,
盡是後人流涕痕。


     


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泉岳寺

                       


山嶽 崩(くづ)す可(べ)く  海 飜(ひるがへ)す可(べ)くも,
消せず  四十七臣の魂。
墳前 滿地  草苔 濕ふは,
(ことごと)く 是(これ)  後人 流涕の痕。

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◎ 私感註釈

※坂井虎山:寛政元年(1789年)〜嘉永三年(1850年)江戸期の漢学者。名は華。字は公実。虎山は号になる。広島の人。この作品は「赤穂事件」についての思いを詠ったもの。「赤穂事件」については、『近世武家思想』(日本思想大系:岩波書店)に詳しい。その内容の殆どが『多門傳八カ覺書』『堀部武庸筆記』『赤穂義人録』(室鳩巣)…といった「赤穂事件」についての特輯となっている。美事な漢文や候文である。それらによると、事件は、元禄十四年(1701年)三月十四日、多門(おかど)伝八郎らが御目付当番となっていたときのできごとである。松之御廊下にて喧嘩之有り、刃傷におよんだとの知らせを受けた。手を下した者は、その時点では不明だったが、手疵を負ったのは、高家吉良上野介と分かった。…浅野内匠頭長矩(ながのり)は「上え奉對聊之御恨無之候得共、私之遺恨有之、一己之以宿意前後忘却仕、可打果存候に付、及刃傷候。…」結果、「其方儀今日於殿中不辨御場所柄も、自分之宿意を以、吉良上野介え及刃傷候段、不届に被思召、依之切腹被仰付候。」。長矩の辞世は「
風さそふ花よりもなを(ママ)われは又春の名残をいかにとかせむ」(以上、『多門傳八カ覺書』より)。
やがて、元禄十五年十二月十五日、大石良雄を中心とした四十七士は、吉良邸に討ち入り、上野介義央を討ってその首を泉岳寺にある主君長矩の墓前に献げた。なお、室鳩巣の『赤穂義人録』には、泉岳寺で首を献げた後、大高忠雄(大高源五)が「
やまをさく ちからもおれて まつのしも」とよんだ。(以上、『赤穂義人録』(室鳩巣)より)。
※泉岳寺:赤穂浪士四十七士(墓は四十六?)と主君の浅野内匠頭長矩、夫人の瑤泉院の墓がある。東京都港区高輪にある曹洞宗の寺院。山号は萬松山。余談に亘るが、この泉岳寺での四十七士の記録(『赤穂義人録』(室鳩巣))に、次のような部分があって面白い。上杉氏からの首を還してほしいとの要求に、大石良雄は貴族である吉良の首は尊重されるべきである。一旦、主君の墓前に献げた後は、鄭重に致すべきであると言って還そうとした。首の返還要求に対して、息子の大石良金は「悪(いづく)んぞこの臭腐者を用(もっ)て為さんや。急ぎて投げてこれを与えよ。」との言葉に、大石良雄は叱って、「竪子何ぞ貴人の首を慢(あなど)ることかくの如くなる」と言った。流石は一群のリーダーである。この部分は、後世の映画などには出しづらいのは解るが、それぞれの人格が顕れて面白い。
※山嶽可崩海可飜:山は崩れ、海は逆巻く大波の事態が起こり得る(が)。 *前出・大高源五の「やまをさく ちからもおれて」の部分や、源実朝の「
山は裂け海はあせなむ世なりとも君にふたごころ吾あらめやも」を想い出させる。項羽の『垓下歌』に「力拔山兮氣蓋世,時不利兮騅不逝。騅不逝兮可奈何,虞兮虞兮奈若何」がある。  ・可崩:〔ke3beng1●○〕崩すことができる。 ・可飜:ひっくり返す。
※不消四十七臣魂:四十七人の臣下の忠烈の魂魄は消せない。 ・不消:(その忠義の心は)消すことが(でき)ない。 ・四十七臣:四十七人の臣下。赤穂浪士。 ・魂:忠魂。
※墳前滿地草苔濕:墓前一面にある草やコケが湿っている(のは)。 ・墳前:墓前。 ・滿地:地面一杯に。辺り一面に。 ・草苔:草とコケ。 ・濕:しめっている。潤っている。
※盡是後人流涕痕:ことごとく後世の人々が流した涙のあと(になるから)である。 ・盡是:ことごとくは…(である)。すべては…(である)。 ・後人:後世の人。後の時代の人。 ・流涕:涙を流す。 ・痕:あと。

               ***********



◎ 構成について

韻式は「AAA」。韻脚は「飜魂痕」で、上平十三元。次の平仄はこの作品のもの。

○●●○●●○,(韻)
●○●●●●○。(韻)
●○●●●○●,
●●●○○●○。(韻)

平成16.10.3



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