漢詩      踏莎行
              陶萩
對影喃喃,
書空咄咄,
非關病酒與傷別。
愁城一座築心頭,
此情沒個人堪説。


志量徒雄,
生機太窄,
襟懷枉自多豪侠。
擬將厄運問天公,
蛾眉遭忌同詞客!

******


踏莎行
影に對して  喃喃,
(くう)に書きて  咄咄,
關はるに非ず  病酒と 傷別に。
愁城 一座の  心頭に築く,
此の情 人の 説
(い)ふに 堪へる 沒(な)し。


志の量  徒
(いたづ)らに 雄しければ,
生機  太だ 窄
(せま)し,
襟懷 枉
(いたづ)らに自ら多く 豪侠たり。
擬將
(おしはかり)て 厄運  天公に問ふに,
蛾眉 忌に遭ふは  詞客に同じならんかと!


           **********
◎私感注釈

※踏莎行:詞牌の一。詳しくは下記「◎ 構成について」を参照。

※陶萩:秋瑾が北京時代につきあった、日本人女性。陶萩子。陶姓の中国人の妾という。彼女から当時の日本の女性の事情を聞いたりしていた。

※對影喃喃:影に向かって ぶつぶつ つぶやいていたり。 ・對影:影に向かって。 ・喃喃:〔なんなん;nan2nan2○○〕(古・現代語)ぶつぶつ。つぶやいている。ぺちゃくちゃ。

※書空咄咄:なんと、指で空に字を書いていたり。 ・書空:指で空(くう)に字を書く。気が塞いで無気力になっている時のさま。晉の殷浩の典故で、晉の殷浩が職を罷免された際、無気力で所在なげに、「はて、いぶかしきこと」と、空(くう)に文字を書いていたことに因る。『世説新語』黜免第二十八3(中華書局版874ページ)に「殷中軍被廢,在信安,終日恒書空作字。揚州吏民尋義逐之。窃視,唯作“咄咄怪事(はて、いぶかしきこと。)”四字而已。」とある。盛唐・杜甫の『對雪』に「戰哭多新鬼,愁吟獨老翁。亂雲低薄暮,急雪舞迴風。瓢棄尊無香C爐存火似紅。數州消息斷,愁坐正
書空。」とある。 ・咄咄:〔とつとつ;duo4duo4●●〕おやおや。これはこれは。さてもさても。驚き訝(いぶか)る声。

※非關病酒與傷別:酒にやられたのでもなければ、別れのつらさからでもない。 ・非關病酒:(古・現代語)酒にやられたのでもなければ…。 ・非關:…ではない。 ・病酒:酒で体をこわすこと。酒にやられたこと。二日酔い。この句は李C照の『鳳凰臺上憶吹簫』に「香冷金猊,被翻紅浪,起來慵自梳頭。任寶奩塵滿,日上簾鈎。生怕離懷別苦,多少事、欲説還休。新來痩,非干
病酒,不是悲秋。休休!這回去也,千萬遍陽關,也則難留。念武陵人遠,煙鎖秦樓。惟有樓前流水,應念我、終日凝眸。凝眸處,從今又添,一段新愁。」がある。 ・傷別:別れのつらさ。

※愁城一座築心頭:愁苦の境地を一つ心の中に築いてしまった(からだ)。 *この句は、或いは前出・李C照の『鳳凰臺上憶吹簫』の「從今又添,
一段新愁。」を指さないか。 ・愁城:(古白話)愁苦の境地。苦境。 ・一座:満座。山、塔などの量詞。 ・心頭:(白話)胸中。頭脳。

※此情沒個人堪説:この思いを言うのに堪えられる人は、ひとりもいない。 ・此情:この思い。 ・沒個人:(俗・現代語)だれも…ない。…の人はいない。ひとりも…ない。「沒個人」は「沒一個人」のことで、「沒有一個人」のこと。「沒」や「沒有」は、打ち消しで、文語の「無」と同じ。無理に言い換えれば、「無一個人」で「無+一個+人」(無い+ひとりの+人)となる。「個」は三個、四個と数える時に使う量詞で、例えば、日本語の「5人」は、「五個人」という。 ・堪説:(白話)言うのに堪えられる。

※志量徒雄:志の量は、いたずらに雄々しい(が)。 ・志量:志の量。 ・徒雄:いたずらに雄々しい。

※生機太窄:生存の機会はあまりにも少ない。 *命を失う危険性が高いこと。 ・生機:(白話)生存の機会。 ・太窄:あまりにも 狭い。太は、はなはだ。通常の限度を超えた、あまりよくないことの程度を表すのに使う。

※襟懷枉自多豪侠:心境は、徒(いたずら)に自分を立派なものとしてしまっている。 ・襟懷:(古・白話)胸中。心境。 ・枉自多:(現代語)徒に(無駄に、無意味に)自らを立派なものとする。いたずらに自らを多しとする。この句は毛沢東の「送瘟~」に「告山枉自多」と使われている。 ・豪侠:(白話)義侠心がある。男だて。

※擬將厄運問天公:不運をお天道さまに聞いてみたい。 ・擬將:(古白話)…したいと思う。擬待に同じか。 ・厄運:(白話)悪運。不運。 ・天公:(白話)天帝。お天道さま。 *天問は古来よく使われる。運命を司る天。運命を尋ねる「天問」をしている。『詩經』唐風の中の「鴇羽」「肅肅鴇翼,集于苞棘。王事靡,不能藝黍稷,父母何食。悠悠蒼天,曷其有極。」や、『詩經・王風・黍離』に「彼黍離離,彼稷之苗。行邁靡靡,中心遙遙。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。」とあり、『詩經・秦風・鴇羽』に「肅肅鴇翼,集于苞棘。王事靡,不能黍稷,父母何食。悠悠蒼天,曷其有極。とあり、宋・蘇軾の『水調歌頭』丙辰中秋,歡飮達旦,大醉,作此篇,兼懷子由に「明月幾時有?把酒。不知天上宮闕,今夕是何年。我欲乘風歸去,又恐瓊樓玉宇,高處不勝寒。起舞弄C影,何似在人間!   轉朱閣,低綺戸,照無眠。不應有恨,何事長向別時圓?人有悲歡離合,月有陰晴圓缺,此事古難全。但願人長久,千里共嬋娟。」とある。現代では、毛澤東が『沁園春』長沙で「獨立寒秋,湘江北去,橘子洲頭。看萬山紅遍,層林盡染;漫江碧透,百舸爭流。鷹撃長空,魚翔淺底,萬類霜天競自由。
悵寥廓,問蒼茫大地,誰主沈浮?   携來百侶曾游。憶往昔、崢エ歳月稠。恰同學少年,風華正茂;書生意氣,揮斥方遒。指點江山,激揚文字,糞土當年萬戸侯。曾記否,到中流撃水,浪遏飛舟?」とする。

※蛾眉遭忌同詞客:美しい女性(あなたも)、詞人(わたし)同様に忌みきらわれる目に遭う(のだろうか、と)。 ・蛾眉:美しい女性の眉。ここでは、この詞の対象である陶萩子を指していよう。 ・遭忌:忌みきらわれる目に遭う。遠ざけられる目に遭う。遭は、よくないことにいきあたること。 ・同詞客:詞人(秋瑾)とともに。詞人同様に。詞客とは、ここでは秋瑾自身を指す。また、詞人と同席する。詞人と共にいる。





◎ 構成について
  
   踏莎行 双調。五十八字 仄韻一韻到底。韻式は「aaa aaa」。韻脚:「咄別説窄侠客」は第十八部他入声。
この作品の詞調は次の通り。

●○○,
●,(仄韻)
●○○●。(仄韻)
●●○○,
●○○●。(仄韻)


●○○,
●,(仄韻)
●○○●。(仄韻)
●●○○,
●○○●。(仄韻)

2001.3. 1完
2007.7.13補
2015.2. 5

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