古墓何處是, 春日草芊芊。 伊昔狭河側, 慕子苦往還。 舊友漸零落, 市朝幾變遷。 一世眞如夢, 囘首三十年。 |
******
子陽先生の墓を 訪ふ
古墓 何(いづ)れの處か 是(こ)れなる,
春日に 草 芊芊(せんせん)たり。
伊昔(これむかし) 狭河の側(ほとり)に,
子(し)を 慕ひ 苦(つと)めて 往還す。
舊友 漸(やうや)く 零落し,
市朝(してう) 幾(いく)たびか 變遷す。
一世 眞(まこと)に 夢の如く,
囘首す 三十年。
◎ 私感註釈 *****************
※良寛:江戸後期の禅僧。寶暦八年(1758年)〜天保二年(1831年)。漢詩人。歌人。越後国(現・新潟県)出雲崎の人。俗姓は山本。名は栄蔵、後、文孝と改める。号は大愚。諸国を行脚、漂泊し、文化元年、故郷の国上山(くがみやま)の国上寺(こくじょうじ)に近い五合庵に身を落ち着けた。晩年、三島(さんとう)郡島崎に移った。高潔な人格が人々から愛され、子供達も慕ったが、人格の奇特さを表す逸話も伝わっている。ただ、遺されている漢詩は陰々滅々として、類例を見ないほど暗いものである。
※訪子陽先生墓:(恩師で、寛政三年に死去した)大森子陽先生の墓をたずねる。寺泊町当新田竹森の万福寺にある。 ・子陽先生:故郷の少年時代の恩師。大森子陽のこと。明和五年(1768年)、十一歳の時、儒者・大森子陽の狭川塾に通った。やがて、諸国行脚の旅に出て長い年月の後、郷里に戻っての墓参。
※古墓何處是:古くなった墓の、どこがそう(大森子陽先生の墓)なのか。 *この句だけで考えると、古さびた墓群の、どれが目的の墓なのか、の意とも取れるが、中国の詩(漢詩〜宋詩)と同様に「古墓何處是,春日草。」という聯でみると、一体どこに墓があるのか、草が生い茂っていて分からない、の意になる。この作品の場合も聯単位で構成されている。 ・古墓:古くなった墓。ここでは、恩師・子陽先生のことになる。 ・何處:どこ。 ・是:そうである。ここでは、「(どこが墓場)になる(のか)」の意になる。
※春日草芊芊:春の日ざしに、草は生い茂っている。 ・春日:春の日。春の日ざし。 ・芊芊:〔せんせん;qian1qian1○○〕草木の生い茂っているさま。南斉・謝脁の『遊東田』に「戚戚苦無悰,攜手共行樂。尋雲陟累榭,隨山望菌閣。遠樹曖仟仟,生煙紛漠漠。魚戲新荷動,鳥散餘花落。不對芳春酒,還望山郭。」とある。陳子昂『感遇三十八首』其二に「蘭若生春夏,芊蔚何青青。幽獨空林色,朱蕤冒紫莖。遲遲白日晩,嫋嫋秋風生。歳華盡搖落,芳意竟何成。」と使われている。
※伊昔狭河側:昔は狭川(の塾)に。 ・伊昔:これむかし。 ・伊:これ。この。かれ。発語の辞。唐・劉希夷『白頭吟(代悲白頭翁)』「洛陽城東桃李花,飛來飛去落誰家。洛陽女兒惜顏色,行逢落花長歎息。今年花落顏色改,明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。古人無復洛城東,今人還對落花風。年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。寄言全盛紅顏子,應憐半死白頭翁。此翁白頭眞可憐,伊昔紅顏美少年。公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫~仙。一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。」と使われている。 ・狭河:狭川(せばがわ)。地蔵堂町にあった大森子陽の狭川塾のあったところ。 ・側:そば。ほとり。狭川塾は、狭川(せばがわ)のほとりにあった。
※慕子苦往還:あなたさまの学徳を慕って、せっせと通った(ものだった)。 ・慕:したう。師として仰ぐ。 ・子:〔し;zi3●〕あなたさま。有徳の人の敬称。『楚辭』の『漁父』で「屈原既放,游於江潭,行吟澤畔,顏色憔悴,形容枯槁。漁父見而問之曰:「子非三閭大夫與?何故至於斯?」屈原曰:「舉世皆濁我獨C,衆人皆醉我獨醒,是以見放。」 ・苦:つとめる。しきりに。ひどく。ねんごろに。 ・往還:行き帰りする。ゆききする。往来する。往復する。ここは現代風に謂えば、登下校した、塾通いした、ということになろうか。
※舊友漸零落:幼友達もだんだんと、死んでいって。 ・舊友:昔の友だち。幼友達。 ・漸:だんだんと。ようやく。徐々に。次第に。だんだん。少しずつ。 ・零落:〔れいらく;ling2luo4○●〕死去する。また、落ちぶれる。落ちぶれて地方に彷徨う。ここでは、前者の意になる。
※市朝幾變遷:町の様子は何回も変わった。 ・市朝:〔してう;shi4chao2●○〕いちと朝廷で、都市。街。「朝市」のこと。「一世異朝市」(一世代が異なれば街の様子はがらりと変わること)を謂う。「朝市」としないで、「市朝」としたのは、この句「○○●●○」の、この語の部分を「○○」相当としたいため。「朝市」では、○●となり、「●●」の類型に属し、「市朝」では●○となり、「○○」の類型に属するため、こう換えた。陶淵明の『歸園田居』五首其四に「久去山澤游,浪莽林野娯。試攜子姪輩,披榛歩荒墟。徘徊丘壟間,依依昔人居。井竈有遺處,桑竹殘朽株。借問採薪者,此人皆焉如。薪者向我言,死沒無復餘。一世異朝市,此語眞不虚。人生似幻化,終當歸空無。」に依る。 ・幾:どれほどの。 ・變遷:〔へんせん;bian4qian1●○〕うつりかわり。
※一世眞如夢:一世代・三十年は夢のように(過ぎてしまい)。 ・一世:一世代。三十年。前出・『歸園田居』其四「一世異朝市」のこと。 ・眞:まことに。 ・如夢:夢のようである。
※囘首三十年:三十年をふりかえる。 ・囘首:ふりかえる。振り向く。 ・三十年:越後の国を旅立った三十年前の時。また、越後の国を旅立ってから、再び越後の五合庵に身を落ち着けるまでの間の歳月。
◎ 構成について
韻式は「AAAA」。韻脚は「還遷年」で、平水韻下平一先。次の平仄はこの作品のもの。
●●○●●,
○●●○○。(韻)
○●●○●,
●●●●○。(韻)
●●●○●,
●○●●○。(韻)
●●○○●,
○●○●○。(韻)
平成17.12.2 12.3 12.4 |
メール |
トップ |