謝脁
戚戚苦無悰,
攜手共行樂。
尋雲陟累榭,
隨山望菌閣。
遠樹曖仟仟,
生煙紛漠漠。
魚戲新荷動,
鳥散餘花落。
不對芳春酒,
還望靑山郭。
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。
東田に遊ぶ
戚戚として 悰しみ無きに 苦しみ,
手を攜へて 共に行樂す。
雲を尋ねて 累榭に陟り,
山に隨ひて 菌閣を望む。
遠樹 曖として 仟仟たり,
生煙 紛として 漠漠たり。
魚 戲れて 新荷 動き,
鳥 散じて 餘花 落つ。
對はず 芳春の酒,
還って望む 靑山の郭。
******************
◎ 私感訳註:
※謝脁:南斉の詩人。字は玄暉。陳郡陽夏(現・河南省太康県)の人。六朝を代表する山水詩人で、五言詩に長じ、近体詩を生む基ともなった。始安王・蕭遙光の擁立に加わらず、蕭遙光、江祐らの怒りを買って獄死する。464年(大明八年?)~499年(永元元年)。一族の山水詩人・謝靈運を大謝と呼ぶのに対して、小謝と呼ぶ(李白)。
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『古文眞寶』 |
※遊東田:鍾山(蒋山)の東麓にある別荘で心をなぐさめ楽しむ。第一聯は、行楽に出かける前の作者の心情。第二聯は、行った先で作者のとった行動。第三聯は、遠景描写。第四聯は、近景描写。第五聯は、作者の心の動きとなっている。 ・東田:地名。作者の別荘のあるところ。建康(現・南京)の鍾山(蒋山)(現・紫金山)の東の麓にあるというが『中国歴史地図集』第四冊 東晋十六国・南北朝時期の28ページ「南朝・齊 建康附近」(中国地図出版社)では見あたらない。『古文眞寶』は『遊東園』とする。『昭明文選』第二十二巻、『古文眞寶』にある。
※戚戚苦無悰:鬱々として、楽しみの無いことに辛(つら)さを覚えて。 ・戚戚:〔せきせきqi1qi1●●〕憂えおそれるさま。また心の動くさま。親しみ合うさま。後世、両宋・李清照は『聲聲慢』で「尋尋覓覓,冷冷淸淸,凄凄慘慘戚戚。乍暖還寒時候,最難將息。三杯兩盞淡酒,怎敵他、曉來風急。雁過也,正傷心,却是舊時相識。 滿地黄花堆積,憔悴損,如今有誰堪摘。守着窗兒, 獨自怎生得黑。梧桐更兼細雨,到黄昏、點點滴滴。這次第,怎一個、愁字了得。」と使う。 ・苦:辛く感じる。 ・悰:〔ざう;cong2○〕楽しむ。
※攜手共行樂:(異性の友の)手を携えて一緒に(郊外の東田に)行って遊び楽しむ(こととした)。 ・攜手:手を持つ。手をつなぐ。異性を指す。攜=携に同じ。後世、晩唐・蜀・韋荘は『浣溪沙』で「夜夜相思更漏殘。傷心明月凭欄干。想君思我錦衾寒。 咫尺畫堂深似海,憶來唯把舊書看。幾時攜手入長安。」や、南唐・馮延巳は『三臺令』「南浦!南浦!翠鬢離人何處?當時攜手高樓,依舊樓前水流。流水!流水!中有傷心雙涙。」と使う。 ・行樂:遊び楽しむこと。外出旅行などをして楽しむこと。
※尋雲陟累榭:(作者の採った行動は)雲を訪れようとして、幾層にも重なっている高殿に登り。 ・尋雲:雲をおとずれる。 ・陟:〔ちょく;zhi4●〕登る。進む。また、高い。得る。 ・累榭:重なったうてな。幾層もの高いうてな。『楚辭・招魂』に「魂兮歸來,反故居些。…高堂邃宇,檻層軒些。層臺累榭,高山些。」とある。 ・榭:〔しゃ;xie4●〕うてな。屋根のある木造の台(うてな)。土台の上に四方を展望できるように作った高殿。高い盛り土の上の建築物。みたまや。
※隨山望菌閣:山道を辿(たど)って(登り)、美しい楼閣を眺めた。山並みに沿って、華麗な楼閣を眺めた。 *この「隨山望菌閣」の句意「山道を辿(たど)って、山から楼閣を眺める」と取り(その場合後出・「還望青山郭」に対応させて看る)か、或いは「隨山望於菌閣」と看做して「山道を辿(たど)って登り、楼閣の上から見わたした」とすれば「尋雲陟累榭,隨山望菌閣」の聯として完成されるが…。やはり前者が穏当。 ・隨山:山道を辿(たど)って。山並みに沿って。 ・菌閣:〔きんかく;jun4ge2●●〕菌(きん)という香草を敷きつめた楼閣。菌(きん)という香草のように美しい楼閣。
※遠樹曖仟仟:(遠景では、)遠くの木々は、おぼろに霞んだ中に盛んに茂り。 ・遠樹:遠くの木々。後出・陶潜の『歸園田居五首』其一の青字部分「曖曖遠人村」を参照。後世、北宋・寇準は『書河上亭壁』で「岸闊檣稀波渺茫,獨憑危檻思何長。蕭蕭遠樹疏林外,一半秋山帶夕陽。」と使う。 ・曖:〔あい;ai4●〕おぼろで霞んでいるさま。くらい。ほの暗い。日が陰ってくらい。おおう。おぼろで霞んでいるさまの用例に、陶淵明の『桃花源詩』「嬴氏亂天紀,賢者避其世。黄綺之商山,伊人亦云逝。往跡浸復湮,來逕遂蕪廢。相命肆農耕,日入從所憩。桑竹垂餘蔭,菽稷隨時藝。春蠶收長絲,秋熟靡王税。荒路曖交通,鷄犬互鳴吠。俎豆猶古法,衣裳無新製。童孺縱行歌,斑白歡游詣。草榮識節和,木衰知風厲。雖無紀歴志,四時自成歳。怡然有餘樂,于何勞智慧。奇蹤隱五百,一朝敞神界。淳薄既異源,旋復還幽蔽。借問游方士,焉測塵囂外。願言躡輕風,高舉尋吾契。」や、同・陶潜の『歸園田居五首』其一「少無適俗韻,性本愛邱山。誤落塵網中,一去三十年。羈鳥戀舊林,池魚思故淵。開荒南野際,守拙歸園田。方宅十餘畝,草屋八九間。楡柳蔭後簷,桃李羅堂前。曖曖遠人村,依依墟里煙。狗吠深巷中,鷄鳴桑樹巓。戸庭無塵雜,虚室有餘閒。久在樊籠裡,復得返自然。」にある。 ・仟仟:〔せんせん;qian1qian1○○〕草の盛んに茂るさま。芊芊。阡阡。陳子昂『感遇三十八首』其二に「蘭若生春夏,芊蔚何青青。幽獨空林色,朱蕤冒紫莖。遲遲白日晩,嫋嫋秋風生。歳華盡搖落,芳意竟何成。」と使われている。
※生煙紛漠漠:靄(もや)が湧き上がって、入り乱れて果てしなく一面につづいている。 ・生煙:靄(もや)が湧き上がる。 ・紛:〔ふん;fen1○〕入り乱れる。みだれる。まぎれる。 ・漠漠:〔ばくばく;mo4mo4●●〕遠く遥かなさま。霞などが一面に続いているさま。連なっているさま。うす暗いさま。とりとめのないさま。ぼんやりとしたさま。草木の一面に茂っているさま。さびしいさま。声のしないさま。
※魚戲新荷動:(作者の近くでは、)魚が戯れて泳ぎ回ると、水面に出たばかりのハスが動き。 *『江南』に「江南可採蓮,蓮葉何田田。魚戲蓮葉閒。魚戲蓮葉東。魚戲蓮葉西。魚戲蓮葉南。魚戲蓮葉北。』と、同様の事が詠われている。 ・魚戲:魚が戯れて自由に泳ぎ回る。 ・新荷:新たに咲いたハスの花。新たに芽吹いたハスの葉。 ・動:(魚がハスに当たって花が)揺れ動く。
※鳥散餘花落:鳥が飛び去った後には、春の名残の花が散っていた。 ・鳥散:鳥が飛び去る。 ・餘花:後に残った花。
※不對芳春酒:(作者の心の動きは、)春の花の咲き匂う下に飲む酒に向かわずに。 ・對:向かう。対面する。対する。臨む。 ・芳春:いろいろ花の咲き匂う春。花ざかりの春。青春。後世、南唐後主・李煜の『望江梅』に「閒夢遠,南國正芳春。船上管弦江面綠,滿城飛絮混輕塵。愁殺看花人。 閒夢遠,南國正清秋。千里江山寒色暮,蘆花深處泊孤舟。笛在月明樓。」とある。
※還望青山郭:(前出・菌閣(=華麗な楼閣)を眺めたいという気持ちよりも、)反対に、青々と草木が生い茂っている田舎の村落のそとぐるわを見たく(なってくるのだ)。 ・還:却(かえ)って。また。ふたたび。また、かえる。ここは、前者の意。 ・青山郭:草木が青々と茂っている山の辺の村のそとぐるわ。
◎ 構成について
韻式は「aaaaa」。韻脚は「樂閣漠落郭」で、平水韻でいえば、入声十藥(閣漠落郭樂)、蛇足になるが、入声十藥の「樂」は〔らく;le4●〕で、たのしむ、たのしいの意。入声三覺の「樂」は〔がく;yue4●〕で、音楽の意。ここでは前者の用法。次の平仄はこの作品のもの。
●●○●○,
○●●○●。(a韻)
○○●●●,
○○◎◎○。(a韻)
●●●○○,
○○○●●。(a韻)
○●○○●,
●●○○●。(a韻)
●●○○●,
○◎○○●。(a韻)
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