前原一誠逸題　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


逸題
	前原一誠
汗馬鐵衣過一春。歸來欲脱卻風塵。一場殘醉曲肱睡。不夢周公夢美人。

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逸題

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
汗馬　鐵衣かんば　てつい　　一春を過わたる。
歸來きらい　風塵ふうぢんを脱卻せんと欲ほっす　　。
一場の殘醉いちぢゃう　ざんすゐ　　肱ひぢを曲げて睡れば。
周公しうこうを　夢みず　　美人を夢む。

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◎　私感註釈

※前原一誠：（まえばらいっせい）萩の乱の首謀者。長州藩士。政治家。松下村塾に学び、倒幕運動に参加。参議を経て兵部大輔となったが、病気のため辞任してに萩に帰る。不平士族の指導者となり、萩の乱を起こし、敗れて処刑される。天保五年（１８３４年）～明治九年（１８７６年）。

※逸題：詩題を逸した。　*作者は恐らく、白居易の『勸夢得酒』「誰人功畫麒麟閣，何客新投魑魅鄕。兩處榮枯君莫問，殘春更醉兩三場。」に込められた「出世から外れて、遠ざけられて僻陬の地に赴くこうとしている」という感情を伝えたかったのだろう。前掲・青字の経歴の部分には、鬱々とした思いが隠されていよう。

※汗馬鉄衣過一春：戦場での功績を立てようと、よろいを着て、青春時代を過ごしてきた（が）。　・汗馬：戦場での功績。戦功。秋瑾に『日人石井君索和即用原韻』「漫云女子不英雄，萬里乘風獨向東。詩思一帆海空闊，夢魂三島月玲瓏。銅駝已陷悲囘首，汗馬終慚未有功。如許傷心家國恨，那堪客裏度春風！」とある。　・鐵衣：よろい。岑參の『白雪歌送武判官歸京』に「北風捲地白草折，胡天八月即飛雪。忽然一夜春風來千樹萬樹梨花開。散入珠簾濕羅幕，孤裘不煖錦衾薄。將軍角弓不得控，都護鐵衣冷難著。瀚海闌干百丈冰，愁雲黲淡萬里凝。中軍置酒飮歸客，胡琴琵琶與羌笛。紛紛暮雪下轅門，風掣紅旗凍不翻。輪臺東門送君去，去時雪滿天山路。山迴路轉不見君，雪上空留馬行處。」とあり、唐・高適の『燕歌行』に「漢家煙塵在東北，漢將辭家破殘賊。男兒本自重橫行，天子非常賜顏色。摐金伐鼓下楡關，旌旆逶迤碣石間。校尉羽書飛瀚海，單于獵火照狼山。山川蕭條極邊土，胡騎憑陵雜風雨。戰士軍前半死生，美人帳下猶歌舞。大漠窮秋塞草腓，孤城落日鬥兵稀。身當恩遇恆輕敵，力盡關山未解圍。鐵衣遠戍辛勤久，玉箸應啼別離後。少婦城南欲斷腸，征人薊北空回首。邊庭飄飄那可度，絶域蒼茫更何有。殺氣三時作陣雲，寒聲一夜傳刁斗。相看白刃血紛紛，死節從來豈顧勳。君不見沙場征戰苦，至今猶憶李將軍。」とある。　・春：年ごろ。青少年期。青春時代。

※帰来欲脱却風塵：（もはや）ふるさと（の萩）へ帰って、俗世間のわずらわしい物事から抜け出したいものだ。　*この句の節奏である「歸來＋欲・脱卻＋風塵」は、極めて不都合。「□□・□□＋□□□」とすべきで、「歸來欲脱拂風塵」などとすべきところ。　*中唐・白居易の『劉十九同宿』「紅旗破賊非吾事，黄紙除書無我名。唯共嵩陽劉處士，圍棋賭酒到天明。」に似た趣がある。　・歸來：帰っていく。（ふるさとなどの本来の居場所へ）帰っていく。陶淵明の『歸去來兮辭』「歸去來兮，田園將蕪胡不歸。既自以心爲形役，奚惆悵而獨悲。悟已往之不諫，知來者之可追。實迷途其未遠，覺今是而昨非。舟遙遙以輕颺，風飄飄而吹衣。問征夫以前路，恨晨光之熹微。乃瞻衡宇，載欣載奔。僮僕歡迎，稚子候門。三逕就荒，松菊猶存。攜幼入室，有酒盈樽。引壺觴以自酌，眄庭柯以怡顏。倚南窗以寄傲，審容膝之易安。園日渉以成趣，門雖設而常關。策扶老以流憩，時矯首而游觀。雲無心以出岫，鳥倦飛而知還。景翳翳以將入，撫孤松而盤桓。 歸去來兮，請息交以絶遊。世與我以相遺，復駕言兮焉求。悅親戚之情話，樂琴書以消憂。農人告余以春及，將有事於西疇。或命巾車，或棹孤舟。既窈窕以尋壑，亦崎嶇而經丘。木欣欣以向榮，泉涓涓而始流。羨萬物之得時，感吾生之行休。已矣乎，寓形宇内復幾時。曷不委心任去留，胡爲遑遑欲何之。富貴非吾願，帝鄕不可期。懷良辰以孤往，或植杖而耘耔。登東皋以舒嘯，臨淸流而賦詩。聊乘化以歸盡，樂夫天命復奚疑。」とある。　・欲：…たい。…う。（…と）ほっす。　・風塵：〔ふうぢん；feng1chen2○○〕兵乱。浮き世。世間の俗事。わずらわしい物事の喩え。風と塵。砂ぼこり。南宋・岳飛の『滿江紅』登黄鶴樓有感「遙望中原，荒煙外，許多城郭。想當年，花遮柳護，鳳樓龍閣。萬歳山前珠翠繞，蓬壺殿裏笙歌作。到而今、鐵騎滿郊畿，風塵惡！　　　兵安在？膏鋒鍔。民安在？填溝壑。歎江山如故，千村寥落。何日請纓提鋭旅，一鞭直渡淸河洛。却歸來、再續漢陽遊，騎黄鶴。」や清初・呉偉業の『遇南廂園叟感賦八十韻』「薄暮難再留，暝色猶靑蒼。策馬自此去，悽惻摧中腸。顧羨此老翁，負耒歌滄浪。牢落悲風塵，天地徒茫茫。」とある。

※一場残酔曲肱睡：一回の残っている酔いにひじをまげて眠れば。（白居易のいう「出世から外れて、遠ざけられて僻陬の地に赴くこうとしている」、「不義の富貴は退けたい」という思い）から。　・－場：量詞。…回。…般。夢や演劇などを数えるときに使う。白居易の『勸夢得酒』に「誰人功畫麒麟閣，何客新投魑魅鄕。兩處榮枯君莫問，殘春更醉兩三場。」とある。　・殘醉：残っている酔い。　・曲肱：ひじをまげる。『論語』述而にある「子曰：飯疏食飮水，曲肱而枕之，樂亦在其中矣。不義而富且貴，於我如浮雲。」（簡素な食事で、華美な夜具も必要ではく、ひじを曲げてまくらとすればよい。不義をして富貴となっても、それは空に浮かび漂う雲のようなもので、はかないものだ）ということを作者は言いたい。

※不夢周公夢美人：周公（聖天子の理想的な治世）を夢みることは（もはや無理なことが分かったので諦め、代わって）俗世間の美しい女性でも夢みておこう。　・不夢…夢…：…を夢みないで、…を夢みる。　・周公：古代の聖人。周時代の政治家。周公旦のこと。文王の子。武王の弟。兄の武王を助けて殷王紂を滅ぼした。『史記・世家・魯周公』に「周公旦者，周武王弟也。自文王在時，旦爲子孝，篤仁，異於羣子。及武王即位，旦常輔翼武王，用事居多。」とある。　・美人：美女。美男子。理想の君主。賢人。女官。どの意を採るかで意味が微妙に変わるが、聖天子「周公」の対極にあるものとしての「美人」の意は、「俗世間の美しい女性」が妥当か。

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◎　構成について

韻式は「AAA」。韻脚は「春塵人」で、平水韻上平十一真。平仄はこの作品のもの。

●●●○◎●○，（韻），
○○●●●○○。（韻）
●○○●●○●，
●●○○●●○。（韻）