楠公墓 |
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森春濤 | ||
笠置山寒貉一邱, 延元陵古水東流。 南朝無限傷心涙, 洒向楠公墓畔秋。 |
笠置山の後醍醐天皇行在所跡。 | 後醍醐天皇を祀った延元陵。 |
吉野山の如意輪寺 | 観心寺門前の大楠公像 |
笠置山は 寒し 貉の一邱,
延元陵は 古りて 水 東に流る。
南朝 限り無し 傷心の涙,
洒ぎて向かふ 楠公 墓畔の秋。
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◎ 私感註釈
※森春濤:明治初期の詩人。名は魯直。字は希黄。通称は浩甫。春濤は号。尾張一宮の人。文政元年(1818年)〜明治二十二年(1888年)。子に森槐南がいる。
※楠公墓:楠木正成公の墓所。大楠公の墓所。河内の国(現・大阪府河内長野市)の観心寺にある。なお、ここには九十七代・後村上天皇の御陵もある。河内の観心寺に詣でて、南朝への思いは、観心寺から笠置山→吉野山の延元陵と廻り、やがて観心寺に戻ってくる回想形式である。
※笠置山寒貉一邱:笠置山一帯は寒々としており、(後醍醐天皇の遺風はすでに無く)貉(むじな)の棲む丘(となっており)。 *この句、字義通りの意味しか解らないが、何か裏で謂うところがあるのだろうか、その意味は不明。 ・笠置山:後醍醐天皇が倒幕のため起ち上がった後、幕府に追われて落ち延びていったところ(現・京都府相楽郡笠置町)。後醍醐天皇の行在(あんざい)所跡がある。 ・寒:(人気が無く)寒々しい。 ・貉:〔かく;he2●〕むじな。アナグマ、タヌキの類。蛇足になるが、「蠻貉」は〔ばんばく;man2mo4○●〕。 ・邱:〔きう;qiu1○〕おか。丘。邱陵。
※延元陵古水東流:(吉野山の如意輪寺にある後醍醐天皇の)延元陵は歴史の重みを帯びており、川の流れは(永遠の真理を指し示すかの如く)東に向かって流れている。 ・延元陵:吉野山の如意輪寺にある後醍醐天皇の御陵。藤井竹外の『遊芳野』に「古陵松柏吼天飆,山寺尋春春寂寥。眉雪老僧時輟帚,落花深處説南朝。」とある。 ・水東流:東に向かって流れる。吉野の川は、実際には渓流は北北西に流れ、吉野川(紀の川の上流部分)に合流して、更に西に向かうが、ここでは中国の河流に擬えている。中国の河は基本的には西方の山から東海に向かって、どれも東流するので、「東流」といったことばには「大自然の摂理」「天理」「行くべき所へむかう」といったニユアンスを持ち合わせている。南唐後主・李Uの『虞美人』「恰似一江春水 向東流。や、 北宋・柳永の『八聲甘州』に「對瀟瀟暮雨灑江天,一番洗C秋。漸霜風淒慘,關河冷落,殘照當樓。是處紅衰翠減,苒苒物華休。惟有長江水,無語東流。」 とあり、明・高啓の『登金陵雨花臺望大江』「大江來從萬山中,山勢盡與江流東。鍾山如龍獨西上,欲破巨浪乘長風。江山相雄不相讓,形勝爭誇天下壯。秦皇空此黄金,佳氣葱葱至今王。我懷鬱塞何由開,酒酣走上城南臺。坐覺蒼茫萬古意,遠自荒煙落日之中來。石頭城下濤聲怒,武騎千群誰敢渡。黄旗入洛竟何,鐵鎖江未爲固。前三國,後六朝,草生宮闕何蕭蕭。英雄乘時務割據,幾度戰血流寒潮。我生幸逢聖人起南國,禍亂初平事休息。從今四海永爲家,不用長江限南北。」とあるなど極めて多い表現。
※南朝無限傷心涙:南朝の限りない心を痛める涙は。 *清初・錢兼益の『丙申春就醫秦淮寓丁家水閣浹兩月臨行作絶句三十首』に「舞榭歌臺羅綺叢,キ無人跡有春風。踏無限傷心事, 併入南朝落炤中。」とあり、その影響を受けたか。 ・南朝:吉野朝。延元元年(1336年)〜元中九年(1392年)まで吉野や賀名生(あのう)等、近畿南部に置かれた大覚寺統の朝廷。後亀山天皇の時、北朝の後小松天皇に神器を渡して譲位、北朝と合一して消滅した。南北朝時代の南朝側。 ・傷心:心を痛める。悲しく思う。
※洒向楠公墓畔秋:(観心寺の)大楠公の墓所の附近の衰勢を示している秋にも、そそいでいる(のだ)。 ・洒向:…にそそぐ。「南朝無限傷心涙洒向楠公墓畔秋」の聯では、「洒向」は「楠公墓畔秋」にかかる。 ・向:…に。≒於。ここでは「むかう」という意味はない。ただ、歴史的に「そそいでむかう」「そそぎてむかふ」と「むかふ」と読み慣わしてきたので、ここでもそのようにする。 ・楠公墓畔:観心寺の大楠公の墓所の附近。現・大阪府河内長野市寺元。河内長野市の市街地の東南3キロメートルのあたり一帯。なお、楠木正成の討ち死には兵庫の湊川。大槻磐溪の『楠公湊川戰死圖』で「王事寧將成敗論,唯知順逆是忠臣。斯公一死兒孫在,護得南朝五十春。」とうたう。 ・墓畔:墓地のかたわら。墓地のほとり。墓のそば。伝統的な漢語か和語か。 ・秋:あき。万物が凋落のさまを呈する時。「涙を(…の)秋にそそぐ」は、いささか苦しい。意味としては「秋」字がない方がよく通るが、ここでは韻脚として重要。
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◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「邱流秋」で、平水韻下平十一尤。平仄はこの作品のもの。
●●○○●●○,(韻),
○○○●●○○。(韻)
○○○●○○●,
○●○○●●○。(韻)
平成21.7.31 8. 1 8. 2 |
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