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源郞渡海詩 |
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廣瀨旭莊 | ||
鯨波萬里送歸船, 殘路自今猶二千。 家住蜻蜓極西地, 身遊靺鞨迤南天。 源郞渡海信徴在, 蘇武牧羝難跡傳。 壹説異聞聞不厭, 使吾懷古意茫然。 |
鯨波 萬里 歸船を送り,
殘路 今より 猶ほ二千。
家は住む 蜻蜓 西に極まるの地,
身は遊ぶ 靺鞨 南に迤なるの天。
源郞 海を渡るは 信に徴 在り,
蘇武 羝を牧するは 跡を傳へ 難し。
壹説 異聞 聞くを厭はず,
吾れをして 懷古せしめて 意 茫然たり。
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◎ 私感註釈
※広瀬旭荘:江戸後期の儒者。漢詩人。豊後国(大分県)の人。名は謙。字は吉甫。旭莊は号になる。広瀬淡窓の弟。兄・淡窓の没後、代わって家塾の咸宜園を継ぐ。文化四年(1807年)~文久三年(1863年)。
※源郞渡海:この詩は、読者の方所有の軸で、詩題がないので、仮にこのようにした。釈文もその方がなされた。 *北海道方面を旅してきた西日本の人物を、作者は大阪で、出迎えた時の詩。作者と旅人の間で、源義経の伝説(源義経は衣川で討ち死にしたのではなくて、北へ向かい、蝦夷地に渡り、更に大陸に渡って、ジンギスカンになったとの伝説)についての実際の資料や痕跡に触れたのだろう、そのことの感動の詩であろう。なお、このことを小説にしたのが高木彬光氏の歴史推理小説『成吉思汗の秘密』である。御一読を請う。
読者の方よりの投稿
※鯨波萬里送歸船:大波がずっと戻ってくる船足を助けて送ってくれた(が)。 ・鯨波:大波。 ・萬里:長大な距離の形容。 ・送:見送る。送り出す。 ・歸船:戻ってくる船。帰帆。
※殘路自今猶二千:残りの道のりは、ここよりまだ二千里(ある)。 ・殘路:残りの道程。 ・自今:現在のところより。ここより。 ・猶:なお。 ・二千:二千里。日本の里では約8000キロメートル。中国の周制ではそのおよそ10分の1の約800キロメートル。
※家住蜻蜓極西地:(あなたの)家は、本土の極めて西方にあり。 ・家住-:家は…にあってそこに住んでいる。 ・蜻蜓:〔せいてい:qing1ting2○○〕我が国日本の国土の名称。本来は、とんぼ。ただし、「家住蜻蜓」(家は蜻蜓に住む)であり、対句の「靺鞨」(満洲)は「身遊靺鞨迤」として満洲の地の意として使われている。それ故、この「蜻蜓」も、中国周辺の民族名かとも考えた(古来、中国の周辺民族名には〔豸:むじなへん〕や〔革:かわへん〕〔羊:ひつじへん〕等があり、ならば「蜻蜓」という〔虫:むしへん〕の地名や民族名があるのだろうか、と思い探したが無い。日本にあった。我が国の古称である「あきつしま(蜻蛉洲・秋津島)」である。『日本書紀』に云う「大日本豊秋津洲(おおやまととよあきつしま)」で「すばらしいやまと」の意である。ここでは、蝦夷地に対して、(日本の)本土の意で使われているようだ。 ・極:きわめて。 ・西地:西方の地域。
※身遊靺鞨迤南天:身は靺鞨(まっかつ)=満洲と天が連なっている北方の地(北海道)に旅遊した。 ・身遊:自身は…に旅遊する。 ・靺鞨:〔まっかつ;mo4he2●●〕松歌江周辺の満洲の地。またその地にいたツングース(黒水靺鞨、女真等)の民族。ここは、前者の意。 ・迤:〔い;yi2/3◎〕つらなる。(曲がりくねって)行く。 ・南天:南の空。
※源郞渡海信徴在:源九郎義経が(兄・頼朝の追求を逃れ)海を渡って、大陸に逃れた証拠はたしかに残っており。 *「源郞渡海信徴在,蘇武牧羝難跡傳」の部分は、語法から謂って本来「源郞渡海信在徴,蘇武牧羝難傳跡」とすべきところ。ただ「蘇武牧羝難傳跡」では押韻できないため「蘇武牧羝難跡傳」とした。そのため、対句となっている「源郞渡海信在徴」の部分も「源郞渡海信徴在」と変更した。或いは「源郞渡海徴信在,蘇武牧羝跡難傳」とすべきところ。これは平仄が合わないため採用されなかった。 ・源郞:源家の男子。ここでは、源九郎義経のことになる。 ・渡海:海を渡る。源義経が奥羽地方から北海道へ渡ったこと。或いは、北海道から海を西に渡り満洲の地に渡ったこと。 ・信:まことに。 ・徴:しるし。 ・在:存在している。
※蘇武牧羝難跡傳:(それに反して)蘇武が(匈奴に使して捕われ、十九年間匈奴の地に抑留され、羊飼いになって生き延びたという)跡は、なかなか伝わっていない。 ・蘇武:前漢の官僚。武帝の時、匈奴に使して捕われ、十九年間匈奴の地に抑留された。(匈奴に降った李陵に降伏を勧められたが、)蘇武は節を守り通した。(この「節」とは漢の皇帝の命を受けた使者(使節)を表す節杖のこと。後に節義、節操の意が加わる。)『漢書・…・蘇武列傳』に「數月,昭帝即位。數年,匈奴與漢和親。漢求武等,匈奴詭言武死。後漢使復至匈奴,常惠請其守者與倶,得夜見漢使,具自陳道。教使者謂單于,言天子射上林中,得雁,足有係帛書,言武等在某澤中。使者大喜,如惠語以讓單于。單于視左右而驚,謝漢使曰:『武等實在。』於是李陵置酒賀武曰:『今足下還歸,揚名於匈奴,功顯於漢室,雖古竹帛所載,丹靑所畫,何以過子卿!陵雖駑怯,令漢且貰陵罪,全其老母,使得奮大辱之積志,庶幾乎曹柯之盟,此陵宿昔之所不忘也。收族陵家,爲世大戮,陵尚復何顧乎?已矣!令子卿知吾心耳。異域之人,壹別長絶!』陵,起舞歌曰:『徑萬里兮度沙漠,爲君將兮奮匈奴。路窮絶兮矢刃摧,士衆滅兮名已。老母已死,雖欲報恩將安歸!』
陵泣下數行,因與武決。」
とある
。
・牧:飼う。飼育する。 ・羝:〔てい;di1○〕おひつじ。 ・難:むずかしい。 ・跡:あと。痕跡。遺跡。 ・傳:つたわる。伝説されている。
※壹説異聞聞不厭:いろいろと(正史とは)異なっためずらしい話を聞くことをいとわない。 ・壹説:違う説。別の説。=一説。 ・異聞:めずらしい話。珍聞。奇聞。 ・不厭:いとわない。
※使吾懷古意茫然:わたしに昔を思わせて、心をぼうっとさせる。 ・使吾:わたしに…させる。 ・使:…させる。(…をして)…しむ。使役表現。 ・懷古:昔を思い出して懐かしく思う。 ・意:こころ。思い。 ・茫然:〔ばうぜん;mang2ran2◎○〕ぼんやりしているさま。
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◎ 構成について
韻式は「AAAAA」。韻脚は「船千天轉然」で、平水韻下平一先。平仄はこの作品のもの。
○○●●●○○,(韻),
○●●○○●○。(韻)
○●○○●○●,
○○●●◎○○。(韻)
○○●●●○●,
○●●○○●○。(韻)
●●●○○●●,
●○○●●○○。(韻)
平成21.9. 8 9.10 9.24 9.28 |
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