丁酉元旦 | ||
福澤諭吉 |
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成家三十七回春, 九子九孫獻壽人。 歳酒不妨擧杯遲, 卻誇老健一番新。 |
家を成 して 三十七回の春,
九子 九孫壽 を獻ずるの人。
歳酒 妨 げず 擧杯の遲きを,
卻 って誇る老健 一番 新たなるを。
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◎ 私感註釈
※福澤諭吉:啓蒙思想家。天保六年(1835年)〜明治三十四年(1901年)。豊前・中津藩出身。大坂の緒方塾で蘭学を学び、江戸に蘭学塾(後の慶応義塾)を開設、他方、独学で英学を修めた。三度、幕府遣外使節に随行し欧米に渡り、欧米近代文明を知った。この間、幕府に翻訳官として出仕。維新以降、新政府の招きに応ぜず、教育と言論による活動に専念、塾を慶應義塾と命名して、人材育成に努めた。
※丁酉元旦:丁酉(ていゆう=ひのとのとり≒明治三十年(=1897年))の元日の朝。 ・丁酉:〔ていいう;ding1you3○●ひのとのとり〕。干支で表した年で、ここでは、1897年(明治三十年)のことになる。 *干支とは、十干と十二支の組み合わされた序列の表記法のこと。十干とは、「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」のことをいい、十二支とは「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」のことをいう。十干のはじめの「甲」、十二支のはじめの「子」から順に、次のように組み合わせていく。 甲子、乙丑、丙寅、丁卯、戊辰、己巳、庚午、辛未、壬申、癸酉、(以上、10組で、ここで十干は再び第一位の「甲」に戻り、11組目が始まる)甲戌、乙亥、……(ここで、十二支は「子」に戻り、13組目以降は)丙子、丁丑…となって、合計は(ページの)60組になる。これで、1から60までの順を表し、年月日の表示などに使われる。なお、61番目は、1番目の甲子にもどる。還暦である。蛇足になるが、丁酉年は明治三十年(1897年)だけに限らず、±60年(の倍数年)も丙寅年となる。(例えば:1957年、2017年…。また、1837年、1777年…と)。 ・元旦:一月一日の朝。元日の朝。=元朝。
※成家三十七回春:結婚をして所帯を持ってから三十七回めの新春で。 ・成家:所帯を持つ。結婚する。一家を構える。 ・三十七回:結婚後の数えの年。作者は文久元年(1861年)の結婚。中津藩士江戸定府の土岐太郎八の次女・錦と結婚した。 ・春:新春。
※九子九孫献寿人:九人の子と九人の孫が、長寿を祝ってくれる。 ・九子九孫:九人の子と九人の孫。多くの子や孫。妻・錦と結婚し、四男五女の九人の子をもうけた。 ・献寿:(相手の)健康・長寿を祈り祝う。祝いの品をさしあげる。
※歳酒不妨挙杯遅:お屠蘇(とそ)を飲むのが遅くなっても、差し支えない。 ・歳酒:屠蘇(とそ)を謂う。年頭に、一年の邪気を払い延命を願って飲む酒で、年少者から順に飲む。本来の意は、その年に造られた新酒。 ・不妨:差し支えない。かまわない。盛唐・王維の『答張五弟』に「終南有茅屋,前對終南山。終年無客常閉關,終日無心長自閨B不妨飮酒復垂釣,君但能來相往還。」とある。
※却誇老健一番新:かえって、年をとってもいちばん達者なことをみせつけてやろう。 ・却:反対に。かえって。 ・老健:年とっても丈夫なこと。また、文章などが老練で力強いこと。ここは、前者の意。 ・一番:(国語で:)いちばん。最上。一つ。一回。最初。本来は抽象的なことを数える時の表現で:ひとたび。一つ。ひとしきりの意。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「春人新」で、平水韻上平十一真。この作品の平仄は、次の通り。
○○○●●○○,(韻)
●●●○●●○。(韻)
●●●○●○●,
●○●●●○○。(韻)
平成30.1.11 |
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