春日偶成 | ||
夏目漱石 |
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樹暗幽聽鳥, 天明仄見花。 春風無遠近, 吹到野人家。 |
樹 暗くして幽 かに鳥を聴 き,
天 明けて仄 かに花を見る。
春風 遠近 無く,
吹き到 る野人 の家。
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◎ 私感註釈
※夏目漱石:明治期の小説家。慶応三年(1867年)〜大正五年(1916年)東京出身。名は金之助。東大英文科卒。松山中学教諭、五高教授を経て、イギリスに留学、帰国後一高教授。『明暗』では、自我を越えた所謂「則天去私」の世界を志向した。
※春日偶成:春の日に、偶然にできた詩。 *この詩は其の四。前半、対にして表現しようとしたか。 ・偶成:偶然にできた詩。ふとした思いつきでできた詩。絶句に多く見られる詩題。
※樹暗幽聴鳥:樹々はまだ暗い(ものの)、奥深いところからの鳥の鳴き声に耳をそばだてて。 ・幽:かすかに。光が無くて奥深い。 ・聴鳥:鶏の鳴き声を聴く。 ・聴:聴き耳を立てて、主体的・意図的に聴こうとして“きく”。なお、「處處聞啼鳥」などの「聞」は、耳に入ってくる意。盛唐・孟浩然の『春曉』に「春眠不覺曉,處處聞聞啼鳥。夜來風雨聲,花落知多少。」とある。(なお、孟浩然は「聞啼鳥」とするが、夏目漱石は「聴啼鳥」とする(夏目漱石の『題自画』に 「獨坐聽啼鳥,關門謝世譁。南窗無一事,閑寫水仙花」)。その違いは、「聞啼鳥」は「鳥の鳴き声が聞こえてくる」意であって、「聴啼鳥」「鳥の鳴き声を(耳をすませて)聴く」意で、意味上の異なりがある。平仄上は両者は同じ。)
※天明仄見花:明け方になって、ほのかに花が見えてきた。 ・天明:夜明け。明け方。 ・仄:ほのかに。 ・見花:花が見える(●○)。「看花」は花を見る(◎○)。「見花」は、平仄上では「◎○」となり、両者は意味上や、平仄上の問題から、使い分けられる。 ・見:(自(おの)ずと)見えてくる。なお「看」は、主体的に看ること。
※春風無遠近:春風が、遠くにも近くにも(同じように)。
※吹到野人家:庶民の家にも吹いてきた。 ・野人:田舎者。田舎に住んで、世間とは無縁の人。飾り気が無く、真心のある人。庶民。農民。
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◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「花家」で、平水韻。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●,
○○●●○。(韻)
○○○●●,
○●●○○。(韻)
令和3.9.27 |
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