遊園不値 | |
南宋・葉紹翁 |
應憐屐齒印蒼苔,
小扣柴扉久不開。
春色滿園關不住,
一枝紅杏出牆來。
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遊園せんとして値 へず
應 に憐むべし屐齒 の 蒼苔に印するを,
柴扉 を小扣 すれども 久しく 開かず。
春色 園に滿 ちて 關すれども住せず,
一枝の紅杏 牆 より出 で來 る。
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◎ 私感註釈
※葉紹翁:南宋の詩人。生歿年不詳。字は嗣宗、一説に靖逸。祖籍は建安(現・福建省建甌)の人。もと李姓だったが、後に竜泉(現・浙江省竜泉)の葉氏を嗣いだ。長く銭塘の西湖の畔に隠棲した。その詩は、江湖派に属し、自然の風景を詠ったものと、応酬唱和の作が多く、七絶に長じていた。詩集に『靖逸小集』がある。
※遊園不値:庭園(に出かけて)春遊をしようと思ったが、(庭園の主に)出会えなかった。 ・不値:出会っていない。ただし、通常は、値(ね)うちがない、値(あたい)しないの意。ここは、前者の意。 ・値:であう。あう。遭(あ)う。あたる。
※応憐屐歯印蒼苔:当然、(庭園の主人が、)青い苔に下駄(げた)の歯で型を付けるのはかわいそうなことと思ったのだろう。 ・応:当然…であろう。きっと…だろう。…しなければならない。…であるべきだ。まさに…べし。 ・憐:気の毒に思う。 ・屐歯:〔げきし;ji1chi3●●〕履き物の歯。下駄の歯。 ・屐:〔げき;ji1●〕木屐のこと。下駄(げた)。木底の靴で歯のあるもの。木履で歯のあるもの。蛇足になるが、木の履(は)き物で、裏に歯があるもの下駄(げた)状の物は、日本の下駄よりも古く、漢魏六朝にあった。『宋書』卷六十七謝靈運列傳(中華書局版1775ページ11行目 外枠455ページ上段)に「(謝)靈運因父祖之資,生業甚厚。奴僮既衆,義故門生數百,鑿山浚湖,功役無已。尋山陟嶺,必造幽峻,巖嶂千重,莫不備盡。登躡常著木履(り;lǚ),上山則去前齒,下山去其後齒。」とある。(なお、『宋書』は南朝宋(五世紀の国家)の歴史書)。 ・印:(下駄の歯)形をつける。 ・蒼苔:青青としたこけ。
※小扣柴扉久不開:(わたしは)暫くたたいていたけれど、柴のとびらは、ずっと閉(し)められたままだった。 ・小扣:軽くたたく。 ・小-:少し…。いくらか…。副詞。 ・扣:〔こう;kou4●〕たたく。うつ。 ・柴扉:柴で造ったとびら。粗末な戸。隠棲の居を暗示する語。盛唐・王維の『送別』に「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年香C王孫歸不歸。」とあり、中唐・劉長卿の『送舍弟之陽居』に「陽寄家處,自別掩柴扉。故里人何在,滄波孤客稀。湖山春草遍,雲木夕陽微。南去逢迴雁,應憐相背飛。」とある。 ・久:長い。ひさしい。
※春色満園関不住:春の気配は庭いっぱいに満ちて、きっちり閉(と)じこめていられなくなって。 ・春色:春の気配。春景色。 ・満園:庭いっぱいに。 ・関不住:きっちり閉(し)められない。きっちり閉(と)じこめていられなくなった。 ・関:閉(と)じる。閉(し)める。閉じ込める。 ・-不住:(…て)いられなくなった。【〔動詞〕+不住】の形で、不可能を表す。*「関不住」の読み下しは難しい。国語(日本語)の伝統的な読み下しに対応していない文型。中国語として「guǎnbúzhù(關不住)」とみれば、ありふれた表現。意味は異なる用例だが、中唐・白居易の『送春』に「三月三十日,春歸日復暮。惆悵問春風,明朝應不住。送春曲江上,拳拳東西顧。但見撲水花,紛紛不知數。人生似行客,兩足無停歩。日日進前程,前程幾多路。兵刃與水火,盡可違之去。唯有老到來,人間無避處。感時良爲已,獨倚池南樹。今日送春心,心如別親故。」とある。
※一枝紅杏出牆来:赤いアンズが一枝、垣の外へ出てきている。 *なお、“红杏出墙”は、「家庭内の女性(妻)が、外部に向かって美しい枝を見せる」(=妻が情夫を持つ意)として、当時以降の文学でも「妻の不倫・浮気」の意として象徴的に使われる。南宋・陸游の『馬上作』に「平橋小陌雨初收,淡日穿雲翠靄浮。楊柳不遮春色斷,一枝紅杏出墻頭。」とある。 ・紅杏:赤いアンズ。妻女のことを託したともみる。 ・杏:バラ科の落葉小喬木。春に梅に似たピンク色等の花が咲く。 ・出…来:…から出てくる。 ・牆:〔しゃう;qiang2○〕かき。風よけの土塀。へい。=墻。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「苔開來」で、平水韻上平十灰。この作品の平仄は、次の通り。
○○●●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
○●●○○●●,
●○○●●○○。(韻)
2012.8.20 8.21 8.22完 2019.8. 8補 |
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