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泛墨水 | ||
林靏梁 | ||
鷺所鷗邊撐小舟, 篷窗細酌憶曾遊。 當時綠鬢今成雪, 不到墨江三十秋。 |
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鷺所 鷗邊 に小舟 を撐 し,
篷窗 細酌 曾遊 を憶 ふ。
當時の綠鬢 今雪 と成 り,
墨江 に到らざること 三十秋 。
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◎ 私感註釈
※林靏梁:江戸時代後期の儒者。文化三年(1806年)~明治十一年(1878年)。名は長孺。通称は伊太郎。上野(現・群馬県)の人。幕臣。松崎慊堂や長野豊山にまなぶ。甲斐甲府の学問所徽典館学頭となり、後、各地の代官を務めた。藤田東湖ら幕末の名士と交わり、尊王攘夷を倡えた。
※泛墨水:隅田川に(小舟を)浮かべて(涼をとる)。 ・泛:浮かぶ。浮かべる。 ・墨水:隅田川のこと。「すみ(墨)だがは」。江戸の東部(現・東京都足立区と葛飾区の境界)を流れる荒川の分流。
※鷺所鴎辺撐小舟:サギやカモがいるあたりで、小舟にさおさして(舟を押し進め)。 ・鷺所鴎辺:サギがいるところやカモがいるあたり。「鷺所鴎辺」という互文表現。「サギがいるところ カモがいるあたり」という状態の形容。「鷺所鴎辺」は、「鷺所」「鴎辺」といった似通った語句の互文のいいまわし。方向詞、対義語、反義語から構成された主語+述語構造のとき、その形容する表現として、この互文表現が見受けられる。現代・毛澤東の『人民解放軍占領南京』に「鍾山風雨起蒼黄,百萬雄師過大江。虎踞龍盤今勝昔,天翻地覆慨而慷。宜將剩勇追窮寇,不可沽名學覇王。天若有情天亦老,人間正道是滄桑。」とある「虎踞龍盤」は地勢の険峻なさまの形容で、竜虎が蟠踞する(とぐろを巻き、うずくまっている)ような状態の形容。この表現は、辛棄疾の『念奴嬌』「我來弔古」
にも見られる
。 ・撐:〔たう;cheng1○〕さおさす。舟を進める。また、ささえる。つっぱりささえる。ここは、前者の意。 「撐船」:さおさして舟を進める。さおをつっぱって舟を押し進める。
※篷窓細酌憶曽遊:舟の窓辺(に寄り添い、)わずずつ酒を酌(く)み、昔、遊んだところを思い出している。 ・篷窓:〔ほうさう;peng2chuang2○○〕舟の窓。とまを掛けた舟の窓。南宋・陸游の『鵲橋仙』夜聞杜鵑に「茅檐人靜,蓬窗燈暗,春晩連江風雨。林鶯巣燕總無聲,但月夜、常啼杜宇。 催成淸涙,驚殘孤夢,又揀深枝飛去。故山猶自不堪聽,況半世、飄然羈旅。」(この例は「蓬」字)とあり、頼山陽の『泊天草洋』に「雲耶山耶呉耶越,水天髣髴靑一髮。萬里泊舟天草洋,烟橫篷日漸沒。瞥見大魚波閒跳。太白當船明似月。」
、木下犀潭の『壇浦夜泊』に「篷窗月落不成眠,壇浦春風五夜船。漁笛一聲吹恨去,養和陵下水如煙。」
とあり、吉村寅太郎の『舟到由良港』に「囘首蒼茫浪速城,篷窗又聽杜鵑聲。丹心一片人知否,不夢家鄕夢帝京。」
とある。 ・細酌:わずかに酒を酌(く)む。少し酒を飲む。ちびちびと酒を飲む。 ・憶:思い起こす。思い出す。 ・曽遊:昔、遊んだところ。曽遊の地。また、旧遊。中唐・劉禹錫の『題報恩寺』に「雲外支硎寺,名聲敵虎丘。石文留馬跡,峰勢聳牛頭。 泉眼潛通海,松門預帶秋。遲回好風景,王謝昔曾遊。」とあり、晩唐・杜牧の『自宣城赴官上京』に「瀟灑江湖十過秋,酒杯無日不淹留。謝公城畔溪驚夢,蘇小門前柳拂頭。千里雲山何處好,幾人襟韻一生休。塵冠挂卻知閒事,終擬蹉跎訪舊遊。」
とあり、南唐後主・李煜に『柳枝詞』「風情漸老見春羞,到處消魂感舊遊。多謝長條似相識,強垂煙穗拂人頭。」
とある。明・金鑾の『除夕』に「還憶去年辭白下,卻憐今夕在黄州。空江積雪添雙鬢,細雨疏燈共一樓。世難久拚魚雁絶,家貧常爲稻梁謀。歸來故舊多凋喪,愁對東風感舊遊。」
とある。
※当時緑鬢今成雪:当時の黒々としたびんの毛は、今は雪のような白髪となっている。 ・緑鬢:黒々としたびんの毛。黒髪(くろかみ)。黒髪の艶のあるのは濃緑に似ているのでいう。=緑髪。北宋・秦觀の『江城子』に「南來飛燕北歸鴻。偶相逢。慘愁容。 綠鬢朱顏,重見兩衰翁。別後悠悠君莫問,無限事,不言中。 小槽春酒滴珠紅。莫怱怱。滿金鐘。飮散落花流水、各西東。後會不知何處是,煙浪遠,暮雲重。」とある。 ・成雪:雪のような白髪となる意。 「雪」:雪のような白髪。盛唐・李白の『將進酒』
の詩句に基づき、「貴重な代価を払って手に入れた酒(なのだが、先ずは飲んでくれ)」の意。李白の『將進酒』に「君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。天生我材必有用,千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。岑夫子,丹丘生。將進酒,杯莫停。與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。五花馬千金裘。呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。」
とある。
※不到墨江三十秋:(思えば、)隅田川に至らない(うちに)、三十年(過ごしてしまったのだ)。 ・不到:至らない。「不到黄河不死心」「不到黄河心不死」。現代・毛沢東の『清平樂・六盤山』一九三五年十月「天高雲淡,望斷南飛雁。不到長城非好漢,屈指行程二萬。 六盤山上高峰,紅旗漫捲西風。今日長纓在手,何時縛住蒼龍?」とある。 ・墨江:隅田川。隅田川を「墨江」とするか、前出・「墨水」とするかは、詩句の平仄の配列に因る。○○(●○)とするところでは「墨江」とし、●●(○●)とするところでは「墨水」とする。ここの句は「●●○○●●○」とすべきなので、「墨江」(●○≒○○)としている。 ・三十秋:三十年。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「舟遊秋」で、平水韻下平十一尤。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○○●○,(韻)
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●●○○●○。(韻)
平成28. 9.30 10. 1 10. 2 |
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