【メソポタミアからスペインへ弦楽器伝播の流れ】
※クルトザックス博士によれば、中世ヨーロッパの楽器は、リラ族を除き、
 イスラム帝国か東ローマ帝国(ビザンチン)を経由して、アジアから伝播したといいます。

【11弦のキタラ】

【4世紀頃の銀器に描かれたバルバット】

【BC.3000年スメル期ウル遺跡出土の舟形ライア】
五線譜2


 ギターの歴史
   〜A History of Acoustic Guitar



ギターの先祖は弓


  ギターを含む弦楽器の先祖は新石器時代の弓に行きつくと言われます。初期の大きな楽弓は3メートルもあったそうです。
この弓を共鳴させるために、木のみをつけたり弦を多く張って、弦どうしを共鳴させたり、といったことがなされてきたと言われています。
これら二通りの共鳴法を使った楽器が、東南アジア・アフリカ・インド等の民族楽器の歴史中に多く見ることができます。
木のみ等の共鳴箱をつけた楽器の例として、タイのピンナムタオや、セレベスの棒琴、フィリピンのグリンバオ、さらにはシタールや
リュートなどが挙げられます。弦どうしを共鳴させた楽器の例としては、キタラ、ロッタ、クロッタ、さらにハープやリラが挙げられます。
ギターはこれら二つの共鳴法の両方の特製を合わせた楽器の一つとしてできたと言えます。


メソポタミアから始まった音楽文明
 
〜エジプト経由とラテン(ギリシャ・ローマ方面)経由の弦楽器の伝播

 比較音楽学者クルトザックスは、その著「楽器の歴史」の中で、音楽における文明の歴史は、かつてのチグリス・ユーフラテス両河川の
肥沃な平原であったメソポタミアに始まると述べています。現存する最古の弦楽器は大英博物館・フィラデルフィア博物館・
バグダッド博物館にある3つの貴重な竪琴「ライア」(右図上)と言われます。
これらはBC.2700年頃のスメル期ウル遺跡から発掘されたもので、それぞれ1メートル以上の長さを持つ大きなものです。
リュート族については、古代メソポタミアの壁画や
彫刻等の資料から、
BC.2300年以前からギターに似た楽器ができていたことがわかります。
例えばメソポタミアのアッカド時代の円筒印章には、ロングネックリュートを斜めにかまえるリュート奏者が多く見られます。

そして、BC.2000年頃メソポタミアの古代バビロニア時代になるとテラコッタ像のリュートの構え方が水平になると言われています。
テラコッタから詳細な情報までは得られないものの、ネックの短いリュートを抱えたテラコッタも見られるようになり、
この頃にショートネックリュート「バルバット」[右図中]が作られはじめた可能性があります。
また、エジプトがBC.16世紀〜BC.11世紀の新王朝時代にメソポタミアを中心とした西アジアのリュート等、
数多くの楽器を輸入したことを歴史家のヒックマンと比較音楽学者クルトザックスが解明したそうです。
メソポタミアのリュートとエジプトのリュートに類似性があるのはそのためだと言われており、「バルバット」は、
エジプトのリュート族「アル・ウド」の祖先とも考えられています。(但し、バルバットには謎が多いです。
4世紀以降の銀器の絵はあるものの、それ以前についてはテラコッタ等しか残っておらず詳細不明の楽器です。
けれど、バルバットは形を変化させながらエジプトとギリシャ・ローマ方面の二つのルートでスペインに伝わったと考えられており、
中国、日本の琵琶のルーツとも言われています。)
BC.1400年頃のヒッタイト時代には
今日のギターに近い胴にくびれのある「くし状ネックリュート」もできてきたようです。

ちなみに、ペルシャ語でギターと言語的関連を持つ“char(サンスクリット語のchatur)”は“4”、
“tar”もサンスクリット語から出た言葉で中央アジアと北インドでは“弦”を意味し、
“chartar”は「4弦の楽器」を意味するものだとも言われます。
また、古代ギリシャの竪琴「ライア」(リラ属楽器)に属する木製の共鳴箱を持つ「キタラ」(右図下)が、
「ギター」という言葉の語源であったという説もあります。

古代ギリシャ時代の弦楽器は、宗教上、竪琴ライアを太陽神アポロの弾く神聖な楽器とし、
リュート族はBC.4世紀のヘレニズム期の到来まで絵画等にもほとんど現れていませんでした。しかし、ギリシャ時代には
・共鳴胴が板で組みたてられるようになった
・接着されたブリッジを持つようになった
 こうした二つの特徴を持つ楽器が作られ始めたことが当時のテラコッタ像などからわかっています。
この二つの特徴は、その後の弦楽器の発展に大きな意味を持ちました。
胴を様様な木片で作るようになったことによって、表面板に硬い材料が使えるようになり、
そのことがようやくブリッジの接着を可能にしたといいます。
ギリシャでは、BC.4世紀以降、ヘレニズム時代を迎えると、それまで7弦か3弦とされていたキタラの弦の数も11弦のものも作られ、
ライアの奏法も複雑になった等の変化が現れたと言われます。
絵画等にリュート族も現れるようになり、BC.330〜320頃マンティア出土の「ムーサイの台座」の浮彫に描かれたムーサ(女性)は、
ロングネックリュートの「パンドール」(メソポタミアのスメル語が語源で「短い弓」を意味する)を弾いています。
興味深いのは、その浮彫には、スキタイ人も描かれていることです。
メソポタミアのショートネックリュートの「バルバット」は、中国や日本の琵琶のルーツとも言われています。
1世紀にはメソポタミア地方から中国に琵琶が伝わっていたことがわかっているそうです。
また、インドでは、A.D.1〜2世紀のガンダーラ美術の中で琵琶型のリュート族とともにくびれのあるギター型のリュート族が描かれています。
さらに、シルクロードの古都、トルキスタンのAD.3世紀ころのミーランの壁画には、ガンダーラ美術の影響を受けたと思われる
ギター型リュートが描かれており、ガンダーラからシルクロードを通ってミーランにギター型リュートが伝播した可能性を示唆しているとも言われます。
(例えばウイグルに伝わる「フシタール」という弓奏楽器には、くびれがあります。)広大な「アイアンロード」を築いた遊牧民のスキタイ人が、
楽器の伝播にどのように関わったか、今後の調査・発掘に期待したいところです。

その後、ギリシャ文化が東ローマに引き継がれる中で、「小さなキタラ」という意味をもつ「フィディクラ」が登場します。
2世紀ローマのアポロ神の石像が持つフィディクラの形は、バイオリンを思わせるようなくびれをもった形状で、
その後の中世ヨーロッパのフィドル族のボディの原型の一つとなったという説があります。
(歴史家の中には、アポロ石像の持つフィディクラをギターの祖先と考える人もいるそうです。また、14世紀頃イギリスで作られたと言われる「ギッテルン」や、
17世紀イタリアの「リラダブラッチョ」というフィドルなども、このフィディクラの形状を模したのではないかと言われています。
「フィドル」「ビウェラ」などの言葉は「フィディクラ」から生まれたものとも言われます。
ただし、ギリシャ神話においてアポロ神が持つ楽器は「ライア」と決まっており、現在の楽器の分類上リュート族に入るフィディクラは、
当時はライア[リラ族]の仲間として捉えられていたとも考えられます。)⇒次項“「ギターの直接の祖先と言えるリュート」が伝わり”参照


ヨーロッパへリュートが伝わる〜スペインのギターラ誕生

 711年のムーア人のイベリア半島占領と10世紀頃のビザンチン帝国(東ローマ)の拡大などにより、
スペイン経由でヨーロッパに「ギターの直接の祖先と言えるリュート」が伝わり、15世紀になるとパバーン、
ガリアルド等の舞曲やファンタジアに使われるようになり、15〜6世紀で最もポピュラーな楽器となったと言われます。
 スペインに伝わったムーア人のリュートは、イタリア等他のヨーロッパの国々におけるそれのように、楽器として重要な役割を演じられず、
ビウェラ(ビゥエラ・デ・マノ:手で弾くビウェラ、イタリアのヴィオラとは違う)が進化・発展していきましたが、
ムーア人のリュートのボディが西洋なしを半分に切ったように丸みを帯びた形をしているのに対して、このビウェラはフラットで今のギターのようです。
中世におけるビウェラは、正確には、この弦楽器のさまざまな形態全般を示す属名で、それらの中の、ある種のギター属とヴィエラがヨーロッパで発展し、
これがリズム主体のスペイン舞踊に改良されてギターへと変化していったと言われています。
 参考までに、最も早く「ギター」に言及した文献は13世紀の「薔薇物語」で「ギターレ」という楽器が登場します。
また同じ13世紀の「アレイクサンドレの書」には「ギターレ」と「ビオラ」が「静かな楽器」として説明されています。
1328年の「アルフォンソXI世の詩」でもビウェラとギターラについて触れられており、さらに同じ14世紀の「善き恋の書」では、
「ビウェラ・デ・ペニョラ(指弾きビウェラ)」「ビウェラ・デ・アルコ(弓弾きビウェラ)」「ギターララティナ(ローマ人のギターラ)」
「ギターラモリスカ(ムーア人のギターラ)」といった区別がされています。
指弾きビゥエラと弓弾きビゥエラの違いは、中世において明確ではなく、同じ楽器が使われていたと考えられる時代、
或いは演奏により使い分けられたビウェラがあったようです。一つの仮説として、ギターのくびれは、
弓奏のためにできたと考えられているのはそのためです。
(少なくとも、当時のギターの小ささから、現代のように抱えるためにくびれが使われることはありませんでした。)
 14〜15世紀には、文献上、「ギターラ」等の名称は多く存在しますが、それらが具体的にどのような楽器を示すかには混乱もあり、
はっきりとギターの名前と形が結びついたのを確認できるのは16世紀になってからだといいます。
「16世紀には印刷技術が発展したので、当時の楽器と名称が一致した」と言われます。
例えば「エル・マエストロ」などのビウェエラデ・マノ譜本の木版の図の中には、ビウェラデ・マノ(ギターラとともにギター属楽器として挙げられている)の絵が載っているので、
「楽器の名前」と「形状」が必然的に一致するようになったのです。
16世紀以前のギター属楽器の現物資料は少なく、主な資料は、書物と絵画資料となりますが、なかなか文章と絵や現物が結びつかない難しさがあるようです。
 また、ギターラは「アルフォンソXI世の詩」の中で「ギターラ・セラニスタ(民衆のギター)」と呼ばれるように「庶民の楽器」でした。
一方で、ギター属に属する「ビウェラ・デ・マノ」等は、ギターラより一回り大きくて音域も広く、装飾も多く貴族や金持ちの楽器だったようです。
サウンドホールもすかし彫りや多重層ロゼッタのあるものでした。
ヘッド部も一方は単純なソリッド、一方の多くはヴァイオリンの「糸蔵」のような現代のスロッテッドヘッドの原型・もしくは装飾のあるソリッドだったようです。
ギターラは「低い」文化層の楽器で、ビウェラは「高い」文化層の楽器であると言う「二重の人生」を過ごしてきました。
そして現代の我々に触れることのできる情報は、主に当時のコレクター達に珍重されたビウェラ的なギター属に限られてくる為に、一般の「ギターラ」についてはわからないことも多いと言います。

ルネッサンスギターからバロックギターへ

 16世紀〜18世紀のギター(ギターラ)は、ほとんどが複弦(ダブルストリング)で、弦の数も4対から次第に5対へと変化していきました
4コースギターには「ルネッサンスギター」、5コースギターには「バロックギター」と名前がつけられています。
 1700年代の後半、6弦で丸いサウンドホールのものが作られました。これは、「巻き弦の発明」が大きな意味をもっているそうです。
弦の振動によってさらに低い音を得る為には波長が拡大されねばなりません。
それは弦長を長くするか、太い弦を用いるか(太いガット弦の音は最悪だったそうです)、密度を高くして重くするかしかありません。
限られた大きさの楽器には「巻き弦」という高密度の弦の製作技術が不可欠だったわけです。
新しい弦素材は、響きの上でも倍音が豊かで、複弦である必要もなくなり、ギターは「6コース単音弦」へと発展していきました。

クラシックギターの完成・19世紀ギターからアントニオトーレスの現代ギターへ

その後の発展で、フランスのラコートやイギリスのパノルモのような中・小型のギター(「19世紀ギター」と呼ばれる)に落ち着きましたが
(この間、フェルナンド・ソル、マウロ・ジュリアーニ、マテオ・カルカッシ等、偉大な演奏者が出現し、「アルペジオ」等様様なテクニックが紹介されました。クラシックギターの黄金期を迎えます。)、
クラシックギターの完成は、19世紀後半になってアントニオ・デ・トーレス・フラドAntonio de Torres Jurado(1817〜1892)によってなされました。
トーレスのギターは、コンサートホールでの演奏に耐えうる音量と表現力を持っていました。彼は、ギターの限られた音量の増大を図る為に、
力木構造の工夫や、
トルナボスの装着等、幾つもの新案を試行していました。
フランシスコ・タルレガFranciscoEixeaTarrega(1852〜1909)が、このアントニオ・トーレスのギターを愛用して、
ピアノや他の楽器の発展の為に人気のなくなっていたギターが再び脚光を浴び、
アンドレス・セゴビア(1893〜1987)や、ナルシソ・イエペス(1927〜1997)らのクラシックの巨匠達によって、世界中に広まりました。


スチール弦アコースティックギターへの発展


アントニオ・トーレスがクラシックギターを製作していた同じ頃に、C.F.マーチンもギター作りを始めています。
ウィーンスタイルのギターを築いたシュタウファー(1778年〜1853年)に師事したマーチン(故郷のドイツでは「ギルド」の為、家具職人であったマーチンは多くのトラブルに関わったそうです。
でも、シュタウファーの工房で職人頭をしていたという話もあります。)は、アメリカに渡り、師と同じくブリッジピンを用いた小型ギターを多く作り、
トーレスのクラシックギター完成とほぼ同時期、1850年に有名な力木構造であるXブレイシングを開発しています。
(「他のクラシックギター製作家が既にXブレイシングを開発しており、マーチンはそれを参考にした」という説もあるようです。)
これらの構造は、鉄弦ギターの強度を得るのにとても都合のよいものでした。
しかし、実際に鉄弦ギターをマーチン社が製作しはじめたのは、1922年と言われ、C.F.マーチンは「鉄弦の先駆者」にはなりませんでした。
アメリカでの1915年の万国博覧会を契機としたハワイアンギターの流行や1918年以降の鉄弦バンジョーを使ったブルース等の音楽の発展といった
時代の要請に合わせて鉄弦化していったと言えます。
ヨーロッパでガットのギターが発展し、アメリカで鉄弦のギターが発展したことは、偶然と言うよりは、
生活上でアメリカでは鉄線がなくてはならないものであったことと深い関係があったと言われています。
1800年代のアメリカ黒人奴隷達が、タバコ箱に棒をつけて、ワイヤーを張ってリズムをとった、所謂「タバコ箱ギター」が鉄弦ギターの一つの原型であるとも考えられます。
製作家の手による初めての鉄弦ギターの製作は1800年代末で、ラーソンブラザーズ(1880sスウェーデンから移民)が、大音量化を目指して、
マンドリンのスティール弦に注目してギター製作をしたのが始まりと言われています。
(1900年前後は、マンドリンオーケストラブームであったとのことです。)ラーソンブラザーズのギターボディには、太い鉄棒が組みこまれるものなどもあります。
それらは幾つも現存しており、優れた耐久性を持っていたと言えます。鉄弦ギターの構造において彼等は多くのパテントを得ています。
また、ヴァイオリンの製作から1896年にギブソン工房を開いたオーヴィル・H・ギブソンは、ヴァイオリン属製作に使われる削り出しの手法で、
やはり1800年代末にアーチトップギターの製作を始めています。

最初のエレクトリックの製作から個人製作アコースティックギターの時代へ

最初のエレクトリック楽器は、1924年にギブソン社を去ったロイド・ロアーにより「ViVi−Tone社」から「エレクトリックダブルベース」が世に送り出されました。
また、1931年に最初のエレクトリックギターと言える「フライングパン」がリッケンバッカー社によって作られました。
しかし、それらは時期尚早の感はまぬがれず、一般に広まるのは1930sのギブソンスーパー400やLシリーズにピックアップが搭載されるのを待つことになります。
弱音楽器であったギターは、その後のエレクトリックの発展の中で、バンド演奏等で大きな位置を占めることになります。

鉄弦アコースティックギターにおけるXブレイシングを用いたギターは、その後、クラシックにおけるトーレスのギターのように、トラディショナル(伝統的)な音として支持されて行きます。
特に1930sにディットソン社が提案しマーチン社の開発した14フレットジョイントのドレッドノートタイプのギターが登場して以来、
その市場はそれらを使用した音楽とともに1970sまで拡大を続けました。
一方、それらに対して、1960s以降、新しいデザインの力木構造を探る動きがアメリカを中心に起こりました。
一つは革新的なオヴェーションギターの台頭であり、また一つはギブソンマークシリーズに代表される分子生物物理学者のマイケル・カーシャ博士と
ギター製作家リチャードシュナイダーのギターの力木構造についての研究でした。
「職人の技」であったギター製作に「科学」の視点が入り、特に鉄弦ギターにおいて、
各メーカーや個人製作家のノウハウと、ギターの構造理論は切り離せないものになりつつあります。
1980sに一時、エレクトリックに駆逐された感のあったスチール弦アコースティックですが、ピックアップシステムの発展とともに、
現在は、様様なメーカーやアーヴィン・ソモジを始めとする個人製作家達によって、色々な工夫を凝らしたギター製作が行われています。



◎「ギターはいつからあったのか」
〜定義の曖昧な自由な楽器・ギターについて〜


「ギターはいつからあったのか。」古くて新しいこの素朴な問いについて、私は、「おそらく永久に答えはでない」と考えています。
その理由は、「ギターとは何か?」というギターの定義自体が人や時代によって(特にギター史を研究する歴史家によって)考え方が異なるからです。
歴史家によるギターの起源の考え方は、次の5種類に分けられるのではないかと思います。

@18世紀後半のヨーロッパ「6弦ギター」を起源とするという捉え方
比較音楽学者クルトザックスは、その著書「楽器大全」の中で、「ギター。スペイン語でギターラ。プレクトラムを使わずに弾かれる撥弦楽器で、両側がくびれた木製の胴と、それに対して垂直な横板、膨らみのない平らな底板と表面板、表面板の中央にある唯一のサウンドホール、ネック、フレット、仰向きに反ったヘッド、その背後に付けられた6本のペグ、ピンで表面板に固定された6本の弦から成る。3本の巻線弦と3本のガット弦はE-A-d-g-h-e'に調弦され、実音よりオクターヴ高く記譜される。」と定義しています。これを基にギターの歴史を考えるならば、巻き玄が発明され、ヨーロッパのあちこちで6弦ギターが作られた1700年代後半が、ギターが誕生した時代ということになり、また、現在、ギターと名付けられている楽器たちの中にも「ギターの定義」からはずれてしまう楽器が出てきます。ただ、クルトザックス自身、著書「楽器の歴史」でギターを「バロック時代にリュートの衰退とともに盛んになった楽器」として取り上げ、その始まりについて明確には述べていません。

ABC.14世紀のヒッタイト「くびれのある串状ネックリュート」を起源とするという捉え方
一方、著書「音楽とレコーディング」やニューヨークタイムズの「大音楽家シリーズ」等で著名なフレデリックグレンフェルドは「ギターとギター音楽の歴史」の中で、「いわゆるギターの歴史は、それが女体を象った時点に始まると見ていい。すなわち、柔らかな丸みをおびた肩、胸のところで内側に曲がったカーブ、そして再び丸みをおびたカーブをもって底辺に至るあの曲線である。」と述べています。そうだとすれば、ギターの誕生は、現時点ではBC.14世紀のヒッタイト・アラジュヒュユク遺跡の串状ネックリュートということになりそうです。エジプトでも、BC.1200年〜1100年頃の「オストラコンの串状ネックリュート」の胴がくびれて見えますが、これにはユウガオ等のヒョウタンを縦割りしたものに獣皮を張ったという説があります。

B13世紀頃のスペインに現れた「ギターラ・ラティナ」を起源とするという捉え方
13世紀頃から多くの書物に現れるスペインの「ギターラ」という楽器は、どのような弦楽器を表すか、正確にはわからないこともあるようですが、一般に、この頃のラテンのギターラ(ギターラ・ラティナ)の誕生をギターの歴史の始まりと考える歴史家は多いようです。「人工のくびれのある木製の胴で裏板の平らなリュート族」としてギターの定義を捉えれば、現在のギターの歴史の流れを遡ると「ギターラ・ラティナ」に行き着くようにも思えます。例えば、1484年にナポリで印刷され断片的に存在するという「音楽の探求と実践について」のなかで、作曲家で音楽理論家のヨハネス・ティンクトリス(Johannes Tinctoris)は、スペインに伝播したリュートからビウェラとギテラghiterra(或いはギテルナghiterna)が生まれたと述べているそうです。「ギターラ・ラティナ」はラテン(ギリシャ・ローマ方面)から伝播した説もありますが、「図説ギターの歴史」のなかでペーターペフゲンは、少なくとも「スペインは、本当の意味でギターの発展が集中的に行われた国である」と述べています。ここにギターの起源を考える歴史家には、ギターのくびれの理由を弓奏フィドルのくびれのフォルムを受け継いだと見る方がいます。

C17世紀前半のイギリス「ギター」という言葉の始まりを起源とするという捉え方
また、「ギター」という言葉(「ギターラ」ではない)自体が誕生したのは、17世紀前半のイギリスとのことです。ベン・ジョンソンの劇で『いろいろなジプシーの世界(1621年初演)』の主人公が『ギターをください。親方のところへいって歌いましょう。』という台詞を述べ、この時、はじめて弾弦楽器の世界にギターguitarという語があらわれ、新しい響きが鳴りだしたといいます。「ギターと言う言葉のない時代の楽器をギターとは呼ばない」と考えるならば、ギターの誕生は17世紀前半ということにもなります。

D17世紀後半のガシャガシャとかき鳴らすようになった「バロックギター」を始まりと見る捉え方
著名なギター製作家のラミレスV世は、ラスゲアード奏法(所謂、ガシャガシャとかき鳴らす弾き方)など確立し、ギター音楽の発展した複弦5コースを持つ17世紀後半のバロックギターこそ、最初のギターと呼べる楽器と考えているそうです。ラミレスV世は、構造上、ギターラを宮廷楽器ビウェラ(ビウェラ・デ・マノ)の簡易版と捉えています。

他にも、3世紀シルクロードのミーラン遺跡の壁画のくびれたリュート族や、やはり、3世紀頃のエジプトの「コプトのギター」などにギターの起源を探る歴史家もいました。
これらも「くびれのあるリュート族」であるというのが基準となっています。


〜私自身は、ギターに似た形の楽器はとても古くからあったけれど、
ギターは「中世スペインにおいてギターになった」と言えるのかもしれないと考えています。

見方によっては、「ギターは定義さえもはっきりしない曖昧でいい加減な楽器」です。
ギターの作りは、弦の数も、くびれも、裏板が平らであることも、響孔の位置や数も、
その時代の演奏者と製作家と民衆とが、どのような音楽を嗜好し、それに合わせどのような工夫するかによって変化してきました。
その歴史には、様々な「試行錯誤」がありました。
常に「亜流」があり、「亜流」から「本流」が生まれることもありました。
でも、くびれと裏板の効果により煌びやかに箱鳴りのするギター型のフォルムから生まれる音が
音楽家と民衆に支持されて発展してきた楽器であることは確かだと思います。
ギターに似た形の楽器はとても古くからありました。
でも、ギター型の楽器から生まれる音を育んだのは、間違いなく中世スペインの音楽家と民衆、そして製作家なのだと考えています。



参考文献


「人間と音楽の歴史」
           ・メソポタミア スービアンワルラシード
           ・ギリシャ マックスヴェーグナー
           ・エトルリアとローマ ギュンターフライシュハウアー
           ・古代インド ウォルターカウフマン
           ・アメリカ ポールコラール
             (音楽之友社)

「楽器の歴史The History of Musical Instruments」上・下巻 クルト・ザックス 柿木吾郎訳(全音楽譜出版社
「比較音楽学」クルトザックス 野村良雄訳(全音文庫)
「音楽の源泉 民族音楽的考察」クルトザックス ヤープクンスト編 福田昌作訳(音楽之友社)

「ギターとギター音楽の歴史The Art and Times of the Guiter」フレデリック・グレンフェルド 高橋功訳(全音楽譜出版社)
「図説ギターの歴史」ペーター・ペフゲン 田代城治訳(現代ギター社)
「THE GUITAR BOOK復刻版」TOM WHEELER(リットーミュージック)
「The Music of Spainスペイン音楽史」Gilbert Chase飯野清恵訳(全音楽譜出版社)
「楽器〜歴史 形 奏法 構造」ダイヤフラムグループ編 皆川達夫監修(マール社)
「Manual of Guitar Technology」Franz Jahnel(The Bold Strummer Ltd.)
「THE CENTURY THAT SHAPED THE GUITAR」(JAMES WESTBROOK)
「MAKING MASTER GUITARS」ロイ・コートナル 瀧川勝雄訳(現代ギター社)
「アントニオ・デ・トーレス ギター制作家―その生涯と作品」ホセ・ルイス・ロマニリョス 佐藤忠夫訳(株・教育出版センター)
「ラミレスが語るギターの世界」J・ラミレスV世 鴫原淳・佐藤忠夫訳 本山清久翻訳協力(荒井貿易出版部)
「図解音楽事典dtv-Atlas zur Musik」U.ミヒェルス 角倉一朗(白水社)
「歴史と人名 ギター辞典」小倉俊一(音楽之友社)
「ギター基礎講座[3]ギター音楽の歴史」(音楽之友社編)
「ギター前史 ビウエラ七人衆」西川和子(彩流社)
「写真で見る日本ギター史」安達右一監修(現代ギター社)
「ギターに魅せられて」荒井史郎(現代ギター社)
「LA GUITARE,Paris1650−1950」(EdizoniUSalabue)
「A History of the Classic Guitar」Graham Wade(Mel Bay)
「The Acoustic Guitar」Freeth&Alexander(Bramley Books)
「MARTIN GUITAR MASTERPIECES」DICK BOAK(PALAZZO)
「the Martin Book」WALTER CARTER(Backbeat Books)
「Martin Guiters」WASHBURN&JOHNSTON(Reader’s Digest)
「Gibson’s Fabulous Flat−Top Guitars」Eldon Whitford David Vinopal Dan Erlewine(GPIBOOKS)
「Acoustic Guitar」Teja・Gerken Michael・Simmons Frank・Ford Richard・Jhonston(HAL LEONALDO)
「The Big Red Book of American Luthier1」(Guild of American Luthiers)
「The Luthier’s HANDBOOK」Roger H.Siminoff(HALLEONALD)
「THE RESPONSIVE GUITAR」SOMOGYI(Luthiers Pres)
「MAKING THE RESPONSIVE GUITAR」SOMOGYI(Luthiers Pres)
「楽器のはなし フォーク・ギターのすべて」椎野秀聰 小貫聡明 石川鷹彦(風濤社)
「アコースティックギターブック」全巻(シンコーミュージック)
「Martin Guitar Book」(シンコーミュージック)
「Martin Guitar Book2」(シンコーミュージック)
「Martin Guitar Collection」(シンコーミュージック)
「Gibson Guitar Book」(シンコーミュージック)
「ジャパン・ビンテージ[アコースティック]」全3巻(シンコーミュージック)
「アコースティックギター作りの匠たち」全2巻(シンコーミュージック)
「丸ごと一冊マーティン000/OM」(竢o版社)
「丸ごと一冊マーティンD28」(竢o版社)
「丸ごと一冊ギブソンJ45」(竢o版社)
「ギブソンJ45永久保存ガイド」(晋遊社)
「ギターおもしろ雑学辞典」湯浅ジョウイチ(YAMAHA)
「僕らが作ったギターの名器」椎野秀聰(文春新書)
「マーチンD28という伝説」ヴィンテージギター編集部編(竢o版社)
「the GUITAR10」(PLAYER CORPORATION)
「間違いだらけのギターテクニック」大塚康一(自由国民社)
「ギターの名器と名曲」村治佳織 濱田滋郎(ナツメ社)
「森の中からジャズが聞こえる」リンダ・マンザー 菊池淳子訳(フィルムアート)
「世界の民族楽器辞典」若林忠宏編(東京堂出版)
「まるごと民族楽器徹底ガイド」若林忠宏(yamaha)
「シルクロードと世界の楽器」坪内栄夫(現代書館)
「楽器の物理学」N.H.フレッチャー&T.D.ロッシング 岸憲史 久保田秀美 吉川茂訳(Springer)
「歴史的楽器の保存学」ロバート・L・バークレー 郡司すみ監修 水島英治訳(音楽之友社)
「埋もれた楽器」笠原潔(春秋社)
「木材の基礎科学」日本木材加工技術協会関西支部編(海青社)
「木の文化」小原二郎(鹿島出版会)
「木のはなし」善本知孝(大月書店)
「木の文化を探る」小原二郎(NHKブックス)
「法隆寺を支えた木」小原二郎 西岡常一(NHKブックス)
「ヴァイオリンとヴィオラの小百科」藤原義明(春秋社)
「ヴァイオリン・ハンドブック」山口良三(ミュージックトレード社)
「楽器の絵本ギター」ベルトルト・クロス 宍戸里佳訳(カワイ出版)
「マーチンギターカタログ」(黒沢楽器)
「THE Mark Series The sensitive Sound of Gibson」(Gibsonカタログ)
「GTBSON PRICE LIST」(日本ギブソン)


※ご覧いただきありがとうございます。ギターの歴史は色々な説や認識があり、参考にする文献により、大きく内容が異なる場合も多いです。
 ここで取り上げたものは、上記の文献の資料を基に筆者の判断でなるべく多くの説を取り上げ、それらを考察して紹介しているものであることを付記しておきます。令和5年に、このホームページの集大成として「図解ギターの歴史」を出版しました。著名なギター史の書籍をクルトザックス博士の「楽器の歴史」とハンス・ヒックマン氏をはじめとするエジプト・メソポタミア・インド・ギリシャ・ローマなどの専門家の写真解説書「人間と音楽の歴史」シリーズを基に比較・検証を試みた本です。内容が少し難しいかもしれませんが、より詳しく知りたい方にはお勧めです。本の写真はamazonとリンクしています。
尚、このページにリンクしているCRANEホームページの19世紀ギターについての記述もお読みになると、参考になるかと考えます。また、さいたま市e-公民館「音楽と歴史の講座〜ギターの先祖は弓に行きつく」は、この「ギターの歴史」のホーページのポイントを紹介しています。よければご覧ください。

                 

                                                         

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