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イクシーの書庫・過去ログ(2006年9月〜10月)

<オススメ度>の解説
 ※あくまで○にの主観に基づいたものです。
☆☆☆☆☆:絶対のお勧め品。必読!!☆☆:お金と時間に余裕があれば
☆☆☆☆:読んで損はありません:読むのはお金と時間のムダです
☆☆☆:まあまあの水準作:問題外(怒)


宝島(上・下) (ファンタジー)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2002)

『グイン・サーガ外伝』の17・18巻です。ここのところの『外伝』は、グインが活躍する本筋ともいうべきストーリーが続いていましたが、これは正統派の『外伝』(というのも妙な表現ですが(^^;)。イシュトヴァーンが出ずっぱりで大活躍します。しかも、沿海州出身で海とのなじみが深かったイシュトヴァーンが、海を離れて内陸部のモンゴール公国で“紅の傭兵”、“魔戦士”と自称する傭兵になっていた(本編第1巻「豹頭の仮面」)理由の一端が、初めて明かされるという意味でも、本編との関わりも深い一編となっています。
イシュトヴァーンが主人公の『外伝』は、既に「幽霊船」、「ヴァラキアの少年」、「マグノリアの海賊」と3編が出ていますが、この「宝島」は時期的には「マグノリアの海賊」の直後という設定です。「マグノリアの海賊」で、南の島で酒と恋と歓びの日々を過ごしたイシュトヴァーンを首領とする少年船乗りたちは、古の海賊が遺した財宝を求めて、さらに南の海へと船を進めていました。
十代前半〜二十代前半までの少年だけが乗り組むニギディア号(「幽霊船」のヒロインの名前です)は、若干20歳のイシュトヴァーンに率いられて、レントの海を南下し、海賊クルドの財宝に関する情報を求めて、南ライジア島の港町ジュラムウへ入港します。熱帯特有の暑さと南方の黒人種に、目を丸くする少年たち。イシュトヴァーンは相棒のランとともに、手掛かりを求めて占い師の老婆から話を聞き、酒場ではこの地で最有力な海賊『黒い公爵』ことラドゥ・グレイの手下とひと騒動起こします。このあたりが前半のクライマックスですが、長い『グイン・サーガ』の歴史の中で本格的に南方の風物が描かれる初めての場面で(「マグノリアの海賊」も南国的でしたが、今回はさらに南方)、ページの間から熱気や果物の芳香が立ち昇ってくるのが感じられるくらい、生き生きと描かれています。
そして後半、数々の血塗られたエピソードに彩られ、呪われた海賊クルドの財宝を追い求めるイシュトヴァーンは、危険もかえりみずにニギディア号を進めますが、その先に待っていたのは、これまでのかれらの行動など所詮は子供の“海賊ごっこ”だったと思い知らされる悲惨な運命でした・・・。そして、それは世間ずれしてはいても夢見がちな少年の心を残していたイシュトヴァーンにとって、人生を大きく変えるひとつの転換点となるのです。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.9.4


太陽の闘士(上・下) (SF)
(ショーン・ウィリアムズ&シェイン・デックス / ハヤカワ文庫SF 2002)

オーストラリア人作家の合作になる宇宙冒険SF『銀河戦記エヴァージェンス』三部作の第1作。英語圏でもオーストラリア作家の作品は珍しいと思っていましたが、解説を読んでグレッグ・イーガンがオーストラリア作家だということにあらためて気付きました。何冊も読んでいるのに、意識していなかったようです。ダメじゃん(^^;
さて、この作品の舞台は50万年の未来。人類は銀河系全域に版図を広げ、無数の帝国や文明共同体が盛衰と離合集散を繰り返しています。また、人類自体ももはや単一の種族とは言えず、普通人類のほか、始原人類、様々な手段によって“超越”を成し遂げた高等人類、退化の道をたどる低等人類、環境の影響などで特異な進化を遂げた異風(エキゾチック)人類など、様々な種族が各種カーストを形作っています。
そんな中、有力勢力のひとつである帝国連邦(COE)の女性情報部員モーガン・ロシュは、高度なAI(人工知性)を極秘裏に輸送する任務を帯びて、囚人を輸送するフリゲート艦“ミッドナイト”に乗り組んでいました。しかし、寄航先の牢獄惑星シャッカの近辺で、敵対するダート・ブロックの襲撃艦4隻の待ち伏せを受け、予期せぬ宇宙戦が勃発、ロシュはAI“ボックス”とともに“ミッドナイト”の自爆に紛れて救命艇で脱出し、惑星シャッカに向かいます。一緒に脱出したのは、謎を秘めた3人の男女。
アドニ・ケインは数日前に“ミッドナイト”が回収した、宇宙を漂っていた生命維持カプセルに入っていた男性で、名前以外の記憶を失っています。しかし、知性は高く、驚くべき身体能力・戦闘能力を秘めています。マキル・ヴェーデンは銀河の通商を牛耳るエッカンダー人の老人で、シャッカのレジスタンス勢力に協力するために現地へ向かう途中。ヴェーデンのパートナーのマイーは、人工的に強大なテレパス能力を与えられた(その代償として五感をすべて失い、他人の感覚器を通してしか外部を知覚できません)スリン人の少女でした。
シャッカに着陸したロシュらは、ダート・ブロックと内通した惑星政府軍に追われ、ヴェーデンの目的地であるレジスタンスの支配地域を目指します。一方、ダート・ブロックの最新型襲撃艦“アナ・ヴェライン”の艦長ユーリ・カジクは、本国から命じられた困難な任務――AIとロシュを極秘裏に生きたまま捕える――に全力を挙げて取り組みますが、艦隊中に反乱分子がいるのではないかという疑念を払いきれません。
ケインの超人的な活躍もあって、なんとかレジスタンスのリーダー、ハイドとコンタクトすることができたロシュですが、肝心のヴェーデンは負傷して意識不明、レジスタンスが敵か味方かも判断できない不安な状態に置かれます。COE本部に連絡をとるには、宇宙港の通信モジュールを乗っ取るしかありません。ロシュはなんとかハイドを説得し、信頼を得ようとしますが――。
英国伝統の冒険小説(H・R・ハガードの「ソロモン王の洞窟」など)から連綿と続く、特異なキャラクターの描き分けが鮮やかで、全体の雰囲気は、どこか最近の『ファイナル・ファンタジー』シリーズを思い出させました。主人公の女勇者(笑)ロシュ、ハイレベルの戦士ケイン、偏屈な知恵者の商人(?)ヴェーデン、体力はないが膨大な魔力をもつ魔法使いマイーというメインパーティに加えて、かつては銀河に名をとどろかす凄腕の暗殺者だったハイド、侠気にあふれたレジスタンス戦士のエメリック(地獄のような場所であっても、生まれ故郷を愛し、守ろうとする姿は強い印象を残します)など、NPC(笑)も充実していて、上質のRPGをプレイしているかのような気分になります。作者ふたりのデビュー作はゲームのノヴェライゼーションだたっというのもうなずけます。
また、敵役のはずのユーリもユニークなキャラクターです。彼の肉体は艦内の生命維持カプセルに閉じ込められ、艦載コンピュータと精神的にリンクしています。マキャフリイの「歌う船」シリーズの“シェルパースン”と同じですね。人知を超える能力を秘めたAIのボックス、正体不明のケインを含め、シリーズ化を意識したと思われる謎や伏線もたっぷり。
二転三転するラストの果てに、ロシュをリーダーとする新たなパーティは、次の冒険に旅立つことになります。
2作目以降も期待大です。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.9.6


8の殺人 (ミステリ)
(我孫子 武丸 / 講談社文庫 1997)

我孫子武丸さんのデビュー長篇です。
ええと、ここで白状します。我孫子さんの作風を、完全に誤解してました(汗)。なにぶん、初めて読んだのが
「殺戮にいたる病」で、あの陰鬱でシリアスな心理描写、スプラッターな残虐描写、ラストの衝撃的などんでん返しのインパクトが強すぎたものですから、こういう作風の人だと思い込んでいたのです。でも、この作品を読んで解説を読んで、本格パズラーをユーモア、しかもカーター・ディクスン(カーとは微妙に違う)のスラップスティック風味で包み込んだ作風が我孫子さんの本質だと再発見しました。
さて、この「8の殺人」では、いかにも本格謎解きミステリ好みの“8の字屋敷”と呼ばれる異様な形態の建物で殺人事件が発生します。中央が吹き抜けとなっている建物の中空を横切る渡り廊下で、深夜、企業のオーナー社長である当主の息子(とはいえ、いい年です)がボウガンで射殺されます。被害者の娘・雪絵と友人の美津子が、雪絵の部屋の窓から犯人を目撃しており、顔はわかりませんでしたが該当する容疑者はひとりしかいません。所轄の警察は、当然のごとく、犯人が立っていた部屋の主である使用人の息子・矢野雄作を第一の容疑者としますが、警視庁から派遣された速見恭三警部補は疑いを持ちます。
主人公の速水警部補は35歳、独身、頭の毛が寂しくなってきたのを気にしており、失恋経験は49回。雄作の容疑に疑いを持ったのも、口が利けない雪絵の境遇と美貌に心を奪われ、助けを求められたことと無縁ではありません。また、恭三警部には弟の慎二と妹のいちお(父親の気まぐれで“一郎”と名付けられましたが、女性なので“いちお”と読ませている)がおり、3兄妹で力を合わせ――ではなく、張り合いながら、事件の謎を解いていくことになります。
ミステリマニアの慎二が関係者を集めて密室トリック談義を繰り広げ、著名なミステリ作品を次々に挙げて議論を進めるなど、本格ミステリマニアの心をくすぐる趣向が満載です(ちなみに言及された作品のうち、未読だったのは「天外消失」のみでした)。強面なのに女性に関しては純情そのものの恭三、考え深い名探偵気質の慎二、天真爛漫で引っかき回し役(?)のいちおと、キャラクター設定も絶妙です。おっと、忘れちゃいけない、犬に襲われたり屋根から落ちたりドアに衝突したり、肉体的被害に遭いまくる木下刑事の存在も忘れてはなりません。
巻末に添えられた島田荘司さんの有名な「本格ミステリー宣言」も、この本の価値を大きく上げています(☆ひとつ分?)。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.9.7


月の裏側 (ホラー)
(恩田 陸 / 幻冬舎文庫 2002)

恩田陸さんの長篇は初読みです。ずっと気になっていた作家さんなのですが、なぜかなかなか手が出せないでいたというのが実情です。でも、ジャック・フィニイの「盗まれた街」へのオマージュ作品だという話を聞いて、購入に踏み切ったのが数年前(笑)。ようやく順番が回ってきました。
水郷として知られる九州の地方都市・箭納倉で、不可解な失踪事件が連続して発生します。いなくなったのは、いずれも堀に面した家に暮らす老女ですが、数日後には何事もなかったかのようにひょっこりと戻ってきています。失踪していた間の記憶は残っていません。
レコード会社でプロデューサーをしている塚崎多聞は、引退して故郷の箭納倉で暮らしている恩師、三隅協一郎に招待されて箭納倉を訪れます。協一郎は、自分の弟夫婦もかつて老女と同じように失踪したのだが、戻って来たときには以前の弟夫婦ではなかった、と淡々と語ります。普段はまったく変わらないのですが、ふとした無意識の拍子に、人間離れした不自然で異様な反応をするのだと・・・。そして、協一郎の飼い猫の白雨は、耳や指先といった人間の身体のかけらのよくできたイミテーションのような物体を、どこからかたびたび持ち帰るのでした。“人間ではない人間”が、箭納倉には存在しているのか、その正体はなにか。
京都の嫁ぎ先から里帰りしてきた、協一郎の娘で多聞の学生時代の友人でもある藍子、新聞社の箭納倉支部長・高安とともに、多聞と協一郎は、事件の謎を解くべく調査を始めます。職業柄、耳のいい多聞は、失踪から戻った老女に高安がインタビューしたテープのバックに、かすかに異様な音が聞こえるのに気付きます。そして、夜中に人知れず押し寄せる水の幕――。
フイニイの「盗まれた街」では、宇宙から飛来した異生物がひそかに人間に入れ替わっていくわけですが、箭納倉をおおう無気味な影は、まったく別のものです(このくらいは言ってもネタバレにはならないでしょう)。登場人物たちも、飄々としてあるべきことをすべて自然体で受け入れてしまう多聞をはじめ、パニックを起こして騒ぎ立てたりはしません。その意味で、これが“侵略”であるとすれば、もっともマイルドな性質のものであるわけですが・・・。
ラストに明かされるビジョンで、作者がオマージュを捧げたかったのは「盗まれた街」ではなく、同じフイニイの別ジャンルの代表作だったのだと判ります(←私見ですが)。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.9.9


カムナビ(上・下) (ホラー)
(梅原 克文 / 角川ホラー文庫 2002)

「二重螺旋の悪魔」でデビューした梅原さんの長篇ホラー。
比較文化学者の葦原志津夫は、10年前に失踪した考古学者の父・正一を探していました。正一の消息に関する重要情報があると、茨城県の大学に勤める恩師・竜野助教授に呼び出された志津夫は、指定された場所に赴きますが、竜野の姿はありません。異様な高温に焼かれたと思われる焼死体が転がり、警察の現場検証が行われているばかりでした。
父の消息ばかりでなく、前代未聞の土偶を発見したという竜野の言葉の真偽を確かめるべく、竜野の勤務先の大学を訪れた志津夫ですが、留守を預かる助手の小山はかたくなに何も知らないと言い張ります。策を弄して竜野の研究室に入り込んだ志津夫は、鮮やかなブルーガラスに覆われた土偶の写真を見つけ、目を疑います。年代測定をした会社の担当者の話によると、土偶の制作年代はおよそ3000年前――しかし、当時、ブルーガラスを形成するような高温はありえないはずでした。
土偶の現物は小山が隠しているのではないかと疑う志津夫に、焼死体の現場で出会った妖艶な美女・真希が接近してきます。フェアレディを乗り回し、フリージャーナリストを自称する真希は、志津夫も驚くような考古学の知識の持ち主でした。真希の色香に迷わされ、志津夫は小山を追い詰めて謎の土偶の現物を入手しますが、同時に小山の口から竜野(やはり焼死体は竜野助教授でした)を焼き殺した異様な現象を知ります。それは、日本ばかりでなく世界各地の太古の伝承に語られる神の火――カムナビなのでしょうか。しかも、その現場にいた初老の男は、失踪した父・正一だと思われました。
ブルーの土偶に触れた者には、手に蛇のウロコを思わせる病変ができることを知った志津夫は、自分の手にも生まれつき同じような皮膚の異変があるのに気付き、胸騒ぎをおぼえます。
真希がくれたビデオテープの手掛かりから、山梨の神社に正一が立ち回っていたことを突き止めた志津夫ですが、訪ねた先で再び殺人事件に遭遇、同時にボーイッシュな謎めいた少女・祐美と出会います。さらに手掛かりを求めて生まれ故郷の長野の山村に戻った志津夫は、自分の出生の秘密と、古代から連綿と続くまつろわぬ神アラハバキの秘密に直面することになります。魔性の女・真希、無邪気だけれど秘めた謎をもつ祐美というふたりの女性は、志津夫の運命にどう関わって来るのか。正一の失踪の理由とは――。
古史古伝、邪馬台国、日本のピラミッド、アラハバキ神、甲賀三郎伝説、蛇神信仰、古神道など、使われているネタは、正直なところ、使い古されたものばかりで、あまり目新しさは感じませんでした。しかし、ネタの組み合わせ方が上手で説得力があるのと(「ダ・ヴィンチ・コード」のダン・ブラウンなども同じテクニックを使っていますね)、追う者と追われる者が三つ巴、四つ巴になって追いつ追われつするスリリングな展開、従来のSF的解釈などぶっ飛んでしまうスケールの大きな真相(フレッド・ホイルもヴァン・ヴォークトも真っ青かも知れません)もあいまって、モダンホラーの勘所を押さえた作品となっています。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.9.13


月面脳ネーサン (SF)
(ハンス・クナイフェル&H・G・エーヴェルス / ハヤカワ文庫SF 2006)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第327巻。“公会議”サイクルに入って3冊目です。
「七銀河同盟」で、突然、太陽系帝国に現れたラーレ人。圧倒的な科学力を背景に、銀河系の指導者――第一ヘトランに就任するようローダンに求めます。それを受け入れるのは、ラーレ人の傀儡となるのと同じでした。
しかし、現状でラーレ人と正面切って戦えば敗北は確実と悟ったローダンは、困難な二面行動を強いられます。表面上はラーレ人に帰順したように見せかけ、裏ではラーレ人の抵抗勢力と協力しつつ銀河の各勢力を統合してラーレ人に対抗できる策を見出さねばなりません。
前半のエピソードでは、銀河系に派遣されたラーレ人の指揮官ホトレノル=タアクを信用させるべく、レジスタンス勢力に誘拐されたと見せかけたローダンが真に迫る脱出劇を演じます。また、後半「月面脳ネーサン」は、月面に設置されたハイパー・インポトロン頭脳ネーサンに蓄積された人類の機密情報がラーレ人に漏洩するのを防ぐ秘密作戦が展開されます。
この巻でいささか気になったのは、銀河の有力勢力の名称が前半と後半で微妙に異なって表記されていたことです。前半ではカルスアル帝国銀河連邦ノルモン、後半ではカルスアル同盟銀河連合ノルモン――後者がこれまでの表記と合致すると思いますが、編集のチェック漏れでしょうか。

<収録作品と作者>「テラナーとレジスタンス」(ハンス・クナイフェル)、「月面脳ネーサン」(H・G・エーヴェルス)

オススメ度:☆☆☆

2006.9.14


錬金術師の魔砲(上・下) (ファンタジー)
(J・グレゴリイ・キイズ / ハヤカワ文庫FT 2002)

「水の都の王女」「神住む森の勇者」で、自然の神々と魔法に支配される異世界ファンタジーを描ききったキイズが、今度は18世紀の西側世界――ただし、現実とは微妙に異なる歴史をたどった世界です――を舞台に“剣と魔法”の物語をつむぎ出しました。
舞台となる世界では錬金術が世界の謎を解き明かす科学として用いられ、四大の元素の親和性を活用したエーテル・ベースでの技術が進んでいます。冒頭、いきなり登場するのは、錬金術の実験で“賢者の水銀”を創り出そうと躍起になっているアイザック・ニュートン。
さて、18世紀前半の英仏戦争のさなか、フランスの“太陽王”ルイ14世は死の床についていましたが、ペルシャ人の魔術師が献上した霊薬を飲んで復活を遂げます。折りしも、かつてニュートンの共同研究者だった錬金術師ド・デュイリエは、押され気味の戦局を一気に逆転させる可能性を秘めた兵器の開発を進言し、藁にもすがる思いだったルイ14世は研究を許します。しかし、亡き王妃の秘書を務めていた当代きっての才媛アドリエンヌや、各国に散らばる同志と連絡を取りながら研究を進めるド・デュイリエですが、肝心の部分の数式がどうしても判明しません。
この世界では、遠距離の通信用にはテレックスに似た“エーテルスクライバー”という装置が使われています。こちらで装置に紙を挟んで書き込むと、同じ文面が相手方の装置に書き出されるというものですが、エーテルの特性の制約から固定された一対一のルートしか使えません(つまり、交換機能がないわけですね)。しかし、新大陸の港町ボストンに住んでいる機械いじりの好きな少年ベンジャミン・フランクリンは、持ち前の柔軟な発想力で“エーテルスクライバー”に改良を施し、どこの通信路にも割り込める機能の追加に成功します。それを用いて様々な通信を盗み見しているうちに、ベンはド・デュイリエらの通信に出会います。その内容に興味を抱いたベンは、ついに通信路に割り込み、かれらが抱えていた課題を解決する数式を送ってしまいます。相手が、同盟国イギリスに敵対するフランス側の陣営であることに気付かず――。しかも、ベンの身辺には、正体不明の黒魔術師の影が迫っていました。
ベンの数式を受け取ったのはアドリエンヌでした。彼女はベンの不完全な数式を完全なものにし、かれらのチームは遂に、ロンドンを一瞬で壊滅させる恐るべき錬金術兵器(なんと、これと同じ兵器――スケールは違いますが――がゲーム『アトリエシリーズ』に登場します(^^;)を実用化します。しかし、反王政勢力の秘密結社が、アドリエンヌを利用しようと策謀をめぐらしていました。
アドリエンヌとベンジャミンを主人公に、ふたりの物語が交互に描かれて進行して行きます。陰謀に網にからめとられながらも信念を持って行動しようとするアドリエンヌ、敵国に情報を与えてしまったことを後悔してロンドンに渡り、ニュートンその人になんとか面会しようとするベン。物語中、ふたりは一度も出会うことはありません(互いに匿名で“エーテルスクライバー”で通信は交わしますが)が、それぞれが巻き込まれる恋と冒険は好一対です。
ラストは予想外のものでしたが、解説によれば、これは四部作の第1作なのだそうです。そういうことならば、この幕切れも納得がいくというもので。でも続篇の邦訳は出ていませんね。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.9.19


まどろみ消去 (ミステリ)
(森 博嗣 / 講談社文庫 2002)

犀川&萌絵シリーズでおなじみの森博嗣さんの第一短篇集。本格パズラーから心理小説、ダーク・ファンタジー風味の作品までバラエティに富んだ11篇が収められています。ただ、予想に反して、犀川助教授と萌絵(あるいはその片割れ)が登場する作品は2篇だけでした。
友人の父を殺して失踪したとして指名手配された夫を持つ女性と、件の父を殺された僧侶との不思議な心理の揺れを描く「虚空の黙祷者」、ほぼ全篇がポエム形式で語られる異色サイコ・ファンタジー「純白の女」、禿頭だった他殺死体の頭にふさふさの毛が生えていたという奇想天外な発端から始まる「彼女の迷宮」(ただし、理由があって冒頭の事件は未解決のまま(^^;)、大学の研究室を舞台に、新発見と異常犯罪と恋が描かれる森さんらしさ全開の「真夜中の悲鳴」、オタク同人作家の異色ラヴ・ストーリー「やさしい恋人へ僕から」(でも、このトリック?は途中でわかっちゃいました)、萌絵が所属するミステリィ研究会の合宿で怪事件が起きる「ミステリィ対戦の前夜」、同じくミステリィ研究会が仕掛けた謎、出口を見張られた屋上から30人のインディアンが忽然と消え失せる「誰もいなくなった」、平凡な大学生が妙な運命に巻き込まれていくファンタジー「何をするためにきたのか」、それぞれに悩みを抱えたある夫婦の逆転劇「悩める刑事」、ロジカル・ダーク・ファンタジーとでもいうべき「心の法則」、森流“青春時代の終焉”を仮借なく描き出した「キシマ博士の静かな生活」。このラストは、いろいろと考えさせられるものでした。

オススメ度:☆☆☆

2006.9.21


「黒猫」傑作選 (ミステリ:アンソロジー)
(ミステリー文学資料館:編 / 光文社文庫 2002)

「ロック」傑作選に続く、戦後間もない昭和20年代の推理小説雑誌を発掘する『甦る推理雑誌』のシリーズ第2巻。
タイトルになっている「黒猫」のほか、「トップ」、「ぷろふいる」、「探偵よみもの」の合わせて4誌の作品が収められています。「ぷろふいる」は、戦前にも出ていた同タイトルの雑誌の復刊です(戦前版については「ぷろふいる」傑作選をご参照ください)。
「黒猫」からは7篇。幻想味の強い「憂愁の人」(城 昌幸)や「黒いカーテン」(薄 風之助)、純粋幻想小説「白い蝶」(氷川 瓏)の他、本格毒殺ミステリ「三つめの棺」(蒼井 雄)と一対の鬼女の面がふたつの殺人現場に残されていたという「鬼面の犯罪」(天城 一)が収められています。特筆すべきは、十代の頃を思い出す作品がふたつ載っていたことです。ひとつは、映画雑誌「スクリーン」誌上で辛口の映画評をよく読んでいた双葉十三郎さんのミステリ「密室の魔術師」(カーを意識していたのではないかと思われる、怪奇趣味が横溢した密室と犯人消失もの)。もうひとつは香山滋さんの「天牛」。これは十代の頃に現代教養文庫『香山滋傑作選』に収録されていたのを読んでいましたが、当時はここに描かれた男女のどろどろした情欲絵巻を理解できず、今回読み直して「ああ、そういうことだったのか」と納得した次第(笑)。
また、坂口安吾さんが内外の探偵小説をばっさりと切り捨てた「探偵小説を截る」も、内容の是非はともかく、その過激さが小気味よいものです。
「トップ」からは、戦前から第一線で探偵小説を書いていた作家の2編、「蔦のある家」(角田 喜久雄)と「吝嗇の真理」(大下 宇陀児)。どちらも人間心理の綾を細やかに、また大胆に描いています。
「ぷろふいる」からは小説4編とエッセイを4編。青鷺幽鬼というペンネームは、角田喜久雄と海野十三の両氏がエラリー・クイーンを真似た合作ペンネームで、同じ主人公(現実派の中年警部と、美貌で聡明なその夫人のコンビ)を探偵役とした連作ミステリを試みたもの。ただし、ここに収録した2作(各1作)しか書かれなかったのは残念です。「能面殺人事件」(角田)と「昇降機殺人事件」(海野)は、言われなければどちらも同じ作者の作品だと思ってしまうほど、トリッキーでかつ夫婦探偵のユーモラスな掛け合いといったパターンが確立されています。
他にユーモア・ミステリ「豹助、町を驚ろかす」(九鬼 澹)とヨーロッパを舞台にした大時代的な「湖畔の殺人」(小熊 二郎)。
「探偵よみもの」からは、いずれも大家の3編。迫力ある心理描写が印象に残る「詰将棋」(横溝 正史)、マムシに噛まれて村人が死んだ事件の謎を解く「村の殺人事件」(島 久平)、終戦時に満州の金山で起きた連続怪死事件を凄絶に描く「芍薬の墓」(島田 一男)。

<収録作品と作者>「憂愁の人」(城 昌幸)、「黒いカーテン」(薄 風之助)、「三つめの棺」(蒼井 雄)、「密室の魔術師」(双葉 十三郎)、「白い蝶」(氷川 瓏)、「鬼面の犯罪」(天城 一)、「天牛」(香山 滋)、「探偵小説を截る」(坂口 安吾)、「蔦のある家」(角田 喜久雄)、「吝嗇の真理」(大下 宇陀児)、「豹助、町を驚ろかす」(九鬼 澹)、「能面殺人事件」(青鷺 幽鬼=角田 喜久雄)、「昇降機殺人事件」(青鷺 幽鬼=海野 十三)、「探偵小説思い出話」(山本 禾太郎)、「甲賀先生追憶記」(九鬼 澹)、「二十年前」(城 昌幸)、「小栗虫太郎の考えていたこと」(海野 十三)、「湖畔の殺人」(小熊 二郎)、「詰将棋」(横溝 正史)、「芍薬の墓」(島田 一男)、「村の殺人事件」(島 久平)

オススメ度:☆☆☆

2006.9.23


招かれざる客たちのビュッフェ (ミステリ)
(クリスチアナ・ブランド / 創元推理文庫 2001)

マニア好みのミステリを書く女流作家だという評判を聞いて(しかもクリスティやセイヤーズと同じ英国女流作家!)、楽しみにしていたブランドの初読みです。
タイトルから推察されるように、ビュッフェでのコース料理になぞらえたバラエティに富む短篇が16篇、収められています。ビュッフェ(軽食堂)なので、フルコースではないところにも作者のひねりの利いたセンスが感じられます。
では、順番に賞味して行きましょう(笑)。
食前のカクテルは、長編作品でも活躍するコックリル警部が探偵役を務める4篇です。

「事件のあとに」:シェイクスピア劇を演ずる劇団で起こった女優殺人事件。容疑者は起訴されましたが、陪審によって無罪とされました。それでも事件をしくじったわけではない、と自慢する担当の老刑事の話を聞きながら、コックリル警部が最後に新事実を指摘して老刑事をぎゃふんと言わせます。役者のメーキャップの影に真犯人を明示する証拠が隠れていると看破していた老刑事ですが、たった一点の見落としが致命傷となりました。もったいぶって話を小出しにする老刑事の先手を打って、言いたいことを代わりにしゃべってしまうコックリル警部が小気味よいです。
「血兄弟」:一卵性双生児であることを利用して、互いが犯した犯罪の隠蔽を図る兄弟ですが、お互いに念には念を入れすぎたために墓穴を掘ってしまうという倒叙ミステリ。
「婚姻飛翔」:狷介で横暴な富豪キャクストンが、自分の結婚式のパーティで毒殺されます。新婦エリザベスは、富豪の亡くなった前妻を世話していた元看護婦で、若く美貌の持ち主。キャクストンの死を願っていたと思われるのは3人――前妻の連れ子でギャンブラーのビル、キャクストンの実の息子シド、主治医のロスでした。コックリル警部の捜査では、この3人ともに動機(エリザベスを憎からず思っていた)と機会(青酸を入手しキャクストンに盛ることができた)を持っていましたが、いずれも決定的な証拠はありません。被害者が生前に発していた何気ないひとことから、コックリルが導き出した真相は?
「カップの中の毒」:医師である夫の不実を疑った妻が、狂言自殺を装って乗り込んできた浮気相手の看護婦を毒殺してしまいます。しかし、意外な事実が次々に明らかになって、妻は嘘を嘘で塗りかため、なんとか嫌疑を逃れようとしますが――。解説で北村薫さんが指摘されていますが、作者は妻が犯したミスをあからさまに提示していて、ちょっとミステリを読みなれた読者ならすぐに気付いてしまいます(実際、気付きました)。それを承知の上で、最後まで引っ張っていく心理描写の変化が秀逸です。毒殺ミステリとしては、セイヤーズの「疑惑」と並ぶ印象深い作品でした。

続いてはアントレ――メインディッシュの肉料理です。

「ジェミニー・クリケット事件」:弁護士ジェミニー・クリケットが密室で殺害された事件がきっかけで、ある老人のもとを訪れた青年ジャイルズは、老人に問われるままに、自分も関係者だったジェミニー殺害事件を語ります。人権派弁護士だったジェミニーは、被害者の遺児や加害者の子供たちを後見人となって援助し、成長すれば職の世話までしていました。ジャイルズもそんなひとりで、同じ境遇のルーパートやヘレンと一緒にジェレミーの仕事を手伝っていました。ジャイルズもルーパートもヘレンのことが好きで、いずれ結婚したいと思っていましたが、ヘレンは別の男性に熱を上げています。そんな折、急を告げる電話を受けたルーパートが、同じように連絡を受けた警官隊と駆けつけてみると、ジェレミーは鍵のかかった事務所で首を絞められた上、ナイフで刺されて死んでおり、室内には火が放たれていました。さらにその日の夜、地元の警官がジェレミーと同じ手口で殺されているのが、郊外で発見されます。ジャイルズの話に基いて、老人は次々と容疑者を挙げ、最後に真犯人を指摘します。あらゆる描写や会話が伏線として使われ、二重三重のどんでん返しは鮮やかで(真相を知った上で読み直すと、そのすごさが判ります)、本書の中で一番の出来と言われるのもうなずけます。ちなみにここで使われている密室トリックは、アニメ「ルパン3世」の第一期シリーズでも使われていました。
「スケープゴート」:法廷ミステリの風味を持つ異色作。好色漢として名を馳せた奇術師が、病院の新館を建設するための定礎式で、建設中の別館から狙撃され、弾丸が命中した助手は死亡します。別館の3階には小銃が固定されており、なんらかの機械的手段で発射されたようでした。この建物には当時、屋上で撮影していたカメラマンと入口で見張りをしていた巡査しかおらず、このふたりが容疑者となりますが、決定的証拠はありません。13年後、関係者が一堂に会します。事件がきっかけで失職し、貧困のうちに死んだ巡査の息子の疑念を晴らすのが目的でした。擬似裁判が始まり、当時の意外な人間関係が次々に曝露されます。明らかになった真相とは――。
「もう山査子摘みはおしまい」:いわゆる“奇妙な味”に分類されそうな作品。知恵遅れの少女になつかれていたヒッピーの青年が、彼女から呼び出された場所へ行くと、少女は川で溺れ死んでいました。自分が疑われるのではないかと思った青年は仲間に相談し、知恵を出し合いますが、それが次々と裏目に出て――。目撃者した子供たちの証言を含め、悪人は誰もいないのに、些細な嘘とごまかしが悲劇を生むプロセスにぞくりとさせられます。

ちょっと暗い気分になったら、ユーモラスな犯罪ドラマで口直しをしましょう(笑)。

「スコットランドの姪」:老婦人の屋敷から値打ち物の真珠の首飾りを盗み出そうと考えた泥棒エドガーは、相棒のパッツィーと悪巧みをめぐらします。件の老婦人は、若い頃につらく当たったスコットランド人の姪がいつか復讐に来ると信じ込んでいて、防犯には異様に気を遣っています。エドガーは老婦人の家政婦グラディスを篭絡し、いよいよ犯行に踏み切りますが――。
「スケープゴート」と同様、「スコットランドの姪」の正体は誰か、最後の最後まで二転三転するサスペンスが秀逸。

続いてはプチ・フール(ひと口で食べられるケーキ)を4品です。

「ジャケット」:何事にも自分より優れている妻がうとましくなった夫が、完全犯罪による殺害を計画しますが、万全を期したことが皮肉な結果に繋がります。こちらも伏線の張り方が見事です。
「メリーゴーラウンド」:作者自身がアンソロジーを編んでいる、“恐るべき子供たち”テーマに分類されそうな作品。親の間でスキャンダルをネタに恐喝の輪が広がる中、子供たちは――。作者のシニカルな視点が光ります。
「目撃」:少女嗜虐趣味のあるアラブの金持ちが、豪華な自家用ロールスロイスの車内で刺殺されます。運転手が嫌疑を受けますが、ちょうどロールスロイスの隣を走るタクシーに乗っていた女性が「もうひとり男が乗っているのを見た」と証言し、運転手の嫌疑は晴れますが、真相は――? でもこの原題はネタバレでは(笑)。
「バルコニーからの眺め」:夫とふたり暮らしのミセス・ジェニングスは、隣家の老婦人から常に見張られていました。2階のバルコニーで車椅子に座った老婦人は、彼女の一挙一動を観察しては、自分の家族に言いふらしています。その声が聞こえるような気がするミセス・ジェニングスはストレスが溜まって夫ともぎくしゃくし、悲劇が訪れます。しかし、ラストでとんでもない真相が――。これも“奇妙な味”の典型ですね。

最後に、ブラック・コーヒーをお代わりしましょう。かなりブラックな味わいの4篇です。

「この家に祝福あれ」:ある雨の晩、ミセス・ボーンは宿無しの若夫婦を気の毒に思って納屋を貸し、身重だった若妻はそこで男の子を産み落とします。ジョーとマリリンという夫婦の名前から赤ん坊はイエス・キリストの再臨ではないかと思い込んだミセス・ボーンの言動は次第に常軌を逸し始めます。困った若夫婦がとった解決手段とは――。ああ、ブラック(笑)。
「ごくふつうの男」:現代風に言えばサイコ・サスペンスでしょう。実直そうな男を家に入れてしまった女性は、ここのところずっと、いやらしい悪戯電話をかけてきていた相手だと気付きます。自分の性格欠陥を切々と訴える男に、この女性がとった行動は――。
「囁き」:親の前では猫をかぶっているティーンエイジャーのダフネは、刺激を求めて、従兄弟のサイモンに無理やり頼んで、荒くれどもが集まる酒場へ連れて行ってもらいますが、そこでドラッグでハイになった結果、ヤクザ者にレイプされてしまいます。厳格な父親に叱られたくない一心で、ダフネは嘘を並べ立てますが、その結果、恐ろしい出来事を引き起こしてしまいます。
「神の御業」:ポーストのアブナア伯父シリーズにも、同じタイトルの短篇がありましたね。自分の妻と娘が交通事故で死ぬ現場を目撃した巡査は、公平中立な証言をして称賛されますが・・・。

特に後半の作品群では、「世の中、そんなものよ」というブランドのシニカルな視点が際立っているという気がします。文庫で出ているブランド作品はすべて購入済みです。いつか(笑)登場。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.9.26


殺人方程式 (ミステリ)
(綾辻 行人 / 光文社文庫 2002)

綾辻さんの第6作。“館”シリーズでも“囁き”シリーズでもない、第三の本格篇です。
新興宗教『御玉神照命会』の女教主・貴伝名光子が、列車に轢断されて死亡します。当初は飛び込み自殺と見られていましたが、別の場所で殺されて現場に遺棄されたという疑いも残っていました。
その数ヵ月後、教主の座を引き継いだ光子の夫・剛三が殺されます。“お籠り”と呼ばれる、教団の本部ビルの最上階に閉じこもって修行していたはずの剛三は、夜中に電話で呼び出されてビルを抜け出し、翌朝、川を隔てた向かいのマンションの給水塔のたもとで首なし死体となって発見されます。首と左腕が切断されており、首は同じマンションの2階の廊下で見つかります。
このマンションでは、光子の連れ子の大学生・光彦が住んでいました。光彦は、母親を愛さず食い物にしたことで継父の剛三を恨んでおり、剛三が母を殺害したのではないかと確信を抱いています。事件当夜、光彦は剛三に電話で呼び出されて外出したが、会えずに戻って来たと主張します。
警視庁捜査一課の青年刑事・明日香井叶(あすかい・きょう)は、所轄のベテラン、尾関警部補と組んで捜査を始めます。偶然、別の過激派がらみの事件で現場マンションを張っていた公安の刑事の証言から、同夜にマンションを出入りしたのは光彦の車だけだったことが明らかとなり、さらに決定的ともいえる証拠が発見されて、光彦は逮捕されてしまいます。
この結果になんとなく釈然としない叶の家を訪れたのは、一卵性双生児の兄・響でした。大学6年生(笑)としていまだに自由な生活を送っている響は、事件に関心を持ち、独自に調査を始めます。協力するのは、光彦の恋人・岬映美ですが、彼女は数年前に響と付き合っていたのでした。顔や背格好がそっくりなのを利用して叶になりすまし、刑事として関係者に話を聞いていく響がたどりついた真相は――。
副題が「切断された死体の問題」となっているように、メイン・トリックは死体切断の謎です。バラバラ死体テーマの作品で一冊を埋め尽くした
「解体諸因」(西澤保彦)など、バラバラ死体(代表的なのは“首なし死体”でしょう)を使ったトリックのバリエーションは、様々なミステリで使われています。しかし、本作での死体切断の必然性は出色。本筋に無関係のようなさりげない描写の中に埋め込まれた周到な伏線が、ラストの意外な犯人を説得力をもって演出しています。
叶と響の兄弟と、推理マニアの叶の妻・深雪のほのぼのとした(笑)推理談義など、ユーモラスな場面もあり、綾辻さんの作風の幅の広がりがうかがえます。かれらが活躍する続篇も出ているようです。近日登場。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.9.27


20世紀SF4 1970年代 接続された女 (SF:アンソロジー)
(中村 融・山岸 真:編 / 河出文庫 2001)

20世紀に書かれた英語圏のSF短篇の真髄を年代ごとにセレクトしたアンソロジー「20世紀SF」の第4巻。今回は1970年代です。
70年代というと、『人類の進歩と調和』を謳う大阪万博から華々しくスタートしたものの(それは日本だけ?)、宇宙開発計画は逆に停滞し、公害や石油ショックなど悲観的な未来を予想させる問題が次々と起こり、時代を反映したエコロジーブームや現実に背を向けたオカルト・ブームが一世を風靡しました。
しかし、実際70年代にどんなSFが出ていたのかというと、あまり思い浮かびません。サンリオSF文庫が、同時代の作品を多く送り出していたのは覚えていますが、「これだ!」というインパクトの強い作品は少なかったような気もします。
この巻には11の作品が収録されていますが、どれも名の通った作家で、読んだことのない作家はいませんでした。
では、収録作品を紹介してまいります。

「接続された女」(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア):行き倒れになった何のとりえもない女性、P・バークは入院先で奇妙な申し出を受け、受諾します。彼女の肉体は容器に閉じ込められ、精神は新たな人工の肉体に接続されます。15歳の少女デルフィとして世間に登場した彼女は、さる企業複合体の広告塔として活動を始めますが――。露骨な商品広告が禁止された未来社会を舞台に、文字通り生きた広告塔として華やかな生活を送るデルフィの影としてしか存在できない“接続した女”P・バーク。しかし、彼女の正体を知らずに恋してしまった青年ポールの行動で、悲劇は起きます。この作品は「愛はさだめ、さだめは死」(ハヤカワ文庫SF)にも収録されています。
「デス博士の島その他の物語」(ジーン・ウルフ):『新しい太陽の書』4部作(ハヤカワ文庫SFから復刊されましたね)で知られるウルフが、H・G・ウェルズの「ドクター・モローの島」へのオマージュとして書いた作品。でもただのオマージュでは終わっていません。ニューイングランドの小島に住む少年タックは、母親の再婚問題で悩む日々を過ごしています。彼は「デス博士の島」という、マッドサイエンティストと改造人間が登場するペーパーバックに現実逃避しますが――。空想と現実が入り混じっていく幻想SF。
「変革のとき」(ジョアンナ・ラス):フェミニズムSFの女流作家として著名なラスの作品。
「究極のSF」にも“未来のセックス”テーマの代表として作品が収録されていました。男性がすべて死に絶えて、数世代にわたって女性だけで社会を築いてきた植民惑星(もちろん生殖問題も解決済み)に、宇宙船で男性がやって来たことから引き起こされる住民の混乱を描きます。
「アカシア種子文書の著者をめぐる考察ほか、『動物言語学会誌』からの抜粋」(アーシュラ・K・ル・グィン):ル・グィンの異色作。アリの巣の奥で発見されたアカシアの種子に刻まれたアリ語の文書を解読したり、ペンギンの言語を論じたり、植物が言語を保有する可能性を追求したりという、架空の科学論文の断片を積み上げて、それだけ(笑)。でも実際に、似たようなテーマで大真面目に本を出しているトンデモさんがたくさんいるわけで、そういう人々への強烈な皮肉にもなっています。あるいは将来、このような事実が発見される可能性も・・・。
「逆行の夏」(ジョン・ヴァーリイ):ヴァーリイの代表作『八世界シリーズ』に属する作品。『八世界シリーズ』とは、異星人の侵略で地球を失った人類が、月や各惑星の植民地で独自の文化を発展させているという未来社会を舞台としたもので、長篇「へびつかい座ホットライン」、「スチール・ビーチ」、短篇集「残像」、「ブルー・シャンペン」(以上、ハヤカワ文庫SF)、「バービーはなぜ殺される」(創元SF文庫)などがあります。クローンや性転換が当たり前に行われている未来社会という設定を生かし、この作品は水星を舞台に、母親とふたりきりで暮らしている少年ティモシーが、月からやって来たクローンの姉と初めて会うことで、母親ドロシーと自分の出生の秘密を知る物語。同時に、水星という特殊な環境で暮らす人類の特異な文化も生き生きと描かれています。
「情けを分かつ者たちの館」(マイクル・ビショップ):名前は以前から知っていましたが、この作品が初読みでした(←と書いたのですが、調べてみたらアンソロジーに収録された短篇をふたつ読んでいました。印象が薄かったようです)。植民惑星での事故で重傷を負ったドリアンは、脳以外をすべてサイボーグ化されて生き延びますが、自分の運命を受け入れられず、妻をはじめ他人との交流を拒み続けていました。最後の手段として、ドリアンは地球にある“情けを分かつ者たちの館”という施設に送られます。“館”は、究極の癒しをもたらす施設と言われていますが、変態趣味を持つ一部の権力者に娼館として使われているという噂もあります。そこで出会う異形の異星人たちは、ドリアンに何をもたらすのか――。
「限りなき夏」(クリストファー・プリースト):第二次大戦初期のロンドンをさまようトマス・ロイド。彼の目には、常人の目には映らない“凍結者”という無気味な存在を見ることができました。30年前、恋人と結婚の約束をした歓喜の瞬間にロイドの身に起きた事件とは――。未来からの時間干渉を扱った無気味な時間テーマSFであるとともに、ジャック・フィニイのファンタジーを思い起こさせる叙情あふれるラストが出色です。
「洞察鏡奇譚」(バリントン・J・ベイリー):奇天烈なアイディアをベースにしたSFを書かせたら右に出る者がいない(ラファティも奇想天外ですが、奇天烈さの質が違うと思います)ベイリーが、本領を遺憾なく発揮した作品。この小説の主人公は、なんと岩石で埋め尽くされた宇宙に住んでいます。つまり、宇宙空間は真空の代わりに岩石があり、人類は無限の岩石の中にぽっかりと空いた空洞内で暮らしているというわけです。人々は、神は宇宙に空洞をひとつしか創造しなかったという宗教を信じ、岩石を貫く探検船で他の空洞が存在する可能性を探ろうとする科学者は異端として弾圧されます。しかし、科学者エルレッドは信念を貫き、探検船で脱出しますが――。タイトルの「洞察鏡」とは、こちらの世界でいう「望遠鏡」のこと。はるか遠くにある空洞を観察する鏡という意味ですね。奇想SFとしては、この巻いちばんの出来です。
「空」(R・A・ラファティ):ベイリーとは異質な奇想天外SFを書くラファティの作品は、大ボラSFとでも呼ぶのがふさわしいものです。“空(スカイ)”と呼ばれるドラッグ(?)を服用した若者たちがスカイダイビング(単なるシャレではありません)をしているうちに、物語はとんでもない方向へどんどんひん曲り、発展していってしまいます。これ以上は説明不可(笑)。
「あの飛行船をつかまえろ」(フリッツ・ライバー):社会史学者の息子に会うためにニューヨークを訪れていた初老の男性は、エンパイア・ステート・ビルの屋上に係留されている巨大な飛行船を見ながら歴史を述懐します。ドイツ系の男性が住むこの世界では、どうやら電気自動車が走り、飛行船が主要な空中移動手段になっています。東側の著名な科学者と西側の偉大な発明家が結婚し、かれらの息子が(文字通り)歴史を変える発明を成し遂げています。起こったかもしれない最悪のシナリオとして語られる世界は、「気化したガソリンを燃料とする自動車が走り、プロペラ推進の鈍重な飛行機が飛ぶ、とんでもない世界」として描かれます。しかし、本来の世界はどちらだったのでしょうか――? 巨大飛行船の消失とともに、真実の歴史は霧の中にぼやけてしまいます。
「七たび戒めん、人を殺めるなかれと」(ジョージ・R・R・マーティン):傑作吸血鬼歴史ホラー「フィーバードリーム」(創元推理文庫)を書いたマーティンは、実はSF作家としてスタートしていました。辺境の未開惑星にはジャエンシという類人猿に似た知性体が住んでいましたが、入植してきた狂信的宗教勢力“バッカロンの子ら”は、神の祝福を得られるのは人類のみという教えのもとに、ジャエンシの信仰対象であるピラミッドを破壊し、反抗するジャエンシを容赦なく殺戮していました。ジャエンシと交易していた商人ネクロルはこのことに憤り、武器を与えてレジスタンス勢力を組織しようとしますが、ジャエンシの長老たちは協力しようとしません。そして・・・。一種の宗教戦争・文化間闘争を扱っていますが、象徴的な結末ではあります。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.9.30


ブラインドサイト (ミステリ)
(ロビン・クック / ハヤカワ文庫NV 1999)

メディカル・サスペンスの第一人者ロビン・クックの第13作。邦訳されたのも90年代前半で、読み落としていたものです。いくつもの主要作品で活躍する美人女性監察医ローリーと、相方のニューヨーク市警のルウ警部補の初登場作でもあります。
ニューヨーク検屍局に勤める監察医ローリーは、コカインの過剰摂取で死んだと思われる遺体が増えたことに不審をおぼえます。死者はいずれも中産階級より上の成功者――弁護士や若手実業家などで、過去に麻薬に手を染めた履歴もなく、麻薬に溺れる理由もありません。裏社会で流通しているコカインに不純物質が混入しているのではないかと疑ったローリーは、上司に訴えますが取り合ってもらえません。逆に、政治的理由から死因を自然死にするよう圧力をかけられます。疲れ果てたローリーは、娘の身の上を心配する両親から裕福な眼科医ジョーダンを紹介され、食事をともにするようになります。
一方、ニューヨークの犯罪組織の中ボス、ポール・チェリノは敵対組織の罠にかかって目を酸で焼かれ、部下の殺し屋を使って復讐を果たします。ふたりの殺し屋、慎重派のアンジェロと、なにかと言えばすぐに銃をぶっ放すトニーはステレオタイプですが、それだけに存在感があります。チェリノのリストに従って、毎夜のように殺しを繰り返して行くふたり。ニューヨーク市警の殺人課警部補ルウは、この連続殺人の捜査の過程で検屍局のローリーと知り合います。すぐにローリーに惹かれたルウですが、生来の不器用さのため、互いに反発しあうばかり。ローリーは、連続麻薬中毒死亡事件に殺人の疑いがあると訴えますが、ルウは取り合いません。
しかし、麻薬中毒と連続射殺事件は、思わぬところで繋がっていくことになります。その真相は――。
基本プロットは、エボラ出血熱がアメリカ国内で散発した事件の裏にひそむ謎を解く若い女医を描いた、初期の「アウトブレイク」に似ています(クックを初めて読んだのが「アウトブレイク」でした。エボラ出血熱がネタだと聞いて飛びついたものです。当時はエボラ出血熱も世間には知られてはおらず、訳者の林さんまでもが解説で「この架空の熱病は・・・」と書かれていて「おいおい」と思った記憶があります。最近の版では修正されていますが)。事件を追うローリーとルウの表の動きと、読者には理由を知らされぬまま殺しを繰り返すアンジェロとトニーの行動が交互に描かれ、サスペンスをいや増しています。
ローリーとルウが登場する他作品には、
「コンテイジョン」「クロモソーム・シックス」「ベクター」があります。

オススメ度:☆☆☆☆

2006.10.3


エンディミオンの覚醒(上・下) (SF)
(ダン・シモンズ / ハヤカワ文庫SF 2002)

「ハイペリオン」に始まり、数百年にわたる銀河の(“人類の”ではありません)運命を描いたエンタテインメント冒険SF四部作、ついに完結です!
前作「エンディミオン」のラストから4年。救世主となる運命を予言された少女アイネイアーと、彼女を救ったロール・エンディミオン、アンドロイドのベティックは、死後の復活を約束する寄生体“聖十字架”を一手に管理することで人類を支配している“パクス”の追跡を逃れて、オールド・アース(地球のことですが、さる勢力の手で太陽系から外宇宙の某所に移動しています)で平和な生活を送っていました。しかし、オールド・アースで師事していた建築家の死により時が至ったことを知ったアイネイアーは、行動を開始し、転移ゲートを使ってエンディミオンを単独行に送り出します。かつて逃避行の途中でジャングル惑星に隠した領事の宇宙船を見つけて、ある星で待つアイネイアーのところに届けること――それがエンディミオンに与えられた使命でした。離れ離れになることでアイネイアーを守れなくなるエンディミオンは、彼女の身を心配しながら、説得されて旅立ちます。
一方、パクスでは教皇ウルバヌス16世(「ハイペリオン」で聖十字架を教会へ持ち帰ったルナール・ホイト神父)は、人類の敵(パクスにとって、聖十字架を受け入れない存在は、人類ではないのです)アウスターに対して大規模な掃討作戦『十字軍』を計画し、アイネイアー拉致作戦に失敗した咎で軍籍を剥脱され故郷の一司祭になっていたデ・ソヤを復帰させ、『十字軍』の指揮官に任命します。また、「ハイペリオンの没落」で破壊されたはずの巨大AI“テクノコア”のエージェントもパクスの前に正体を現し、独自の策謀を開始します。パクスの意を受けた“テクノコア”は、前作でも執拗にアイネイアーを追跡したバイオ超戦士ネメスを、他の3体とともに非情の殺戮戦士として送り出します。かれらに与えられた命令は、アイネイアーを捕え、エンディミオンとベティックを抹殺することでした。
ひとり乗りのカヤックに乗ったエンディミオンは、再びいくつものユニークな惑星を遍歴しながら、腎臓結石の発作に襲われたり(あれはホントに痛いんです←経験者)、パクスの追っ手を間一髪で逃れたり、巨大な浮遊生物に食われたり(笑)と、様々な冒険を繰り広げます。そして、ようやく宇宙船と再会し、アイネイアーの待つ惑星“天山”に到着しますが、別れたときに16歳だったアイネイアーは相対論的時差によって23歳の成熟した女性となっていました。惑星“天山”には、ほとんどありとあらゆる非キリスト教系の宗教の総本山が集まっており、居住可能地域はすべて高山の中腹より上という“山頂平原(プラトー)”(ラリー・ニーヴンの“ノウン・スペース・シリーズ”に登場する惑星)の拡大版みたいな世界です。エンディミオンを送り出した後、アイネイアーも無数の世界を経巡って同志を集め、この惑星に集結させていました。ここでふたりはついに結ばれますが、アイネイアーがこの5年の間に結婚していて子供も産んだと聞かされ、エンディミオンはショックを受けます。
しかし、ここにもパクスの魔手は伸び、宗教裁判所のムスタファ枢機卿とバイオ戦士たちが出現します。垣間見たビジョンに基いて、銀河の多様性をパクスから守ろうとするアイネイアーが立てた壮大な計画は実現するのか――。
「ハイペリオンの没落」のラストもそうでしたが、ここでもシモンズは臆面のない定石破りをやってくれます。生身の人間とバイオ戦士が素手で一騎打ちをして、なんと「愛は勝つ」結果になってしまうのです。常識で考えて、勝てるわけねーよ、とツッコミを入れたくもなるのですが、そこまでの話の持っていき方が見事なので、思わず納得させられてしまいます。他にも、読者の予想と願望どおりに結末を持ってくるあたりが、いかにもシモンズらしく、素晴らしい読後感をもたらしてくれます(でも、“虚空界”のエージェントの正体は意外でした)。
未読の方は、四部作を一気読みすることをお勧めします。たぶん1ヶ月あれば読めます(笑)。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2006.10.10


地球最後の奇術師 (SF)
(ウィリアム・フォルツ&クラーク・ダールトン / ハヤカワ文庫SF 2006)

『ペリー・ローダン・シリーズ』の第328巻。相変わらず、ラール人との危うい駆け引きが続きます。なんか『グイン・サーガ』にも似たようなタイトルがあった気がしますが、関係ないですね(笑)。
前巻で、ラール人に人類の機密情報を知られるのを防ぐために、月面の巨大脳ネーサンのデータ抹消作戦に成功したアトラン。ラール人との(表向きの)信頼関係を崩さないでいるためには、ローダンはアトランを犯罪者として追跡し、逮捕しなければなりません。ところが、ラール人はローダンに先んじてアトランの身柄を確保し、公開法廷でアトランに死刑を宣告します。しかも、死刑執行はローダンの手に委ねられます。なんとかしてラール人の目をごまかし、アトランの命を救いたいローダンは、奇想天外な作戦に打って出ます。エネルギー分野では人類のはるか先を行くラール人の目を欺くには、エネルギーを使わない手段――すなわち単純な奇術のトリックでした。そして、地球最後の奇術師と呼ばれる男が呼び出されます。
かつてローダンは、超能力であらゆるエネルギー兵器を通さないアンティ・ミュータントのバリアを破るのに原始的な手段を使いましたが、歴史は繰り返されるということでしょうか(笑)。いえ、決してアイディアの使いまわしだなんて・・・。
そして後半は、もっとエポック・メイキングな出来事が。ローダンは3回目の結婚をします。しかし、時節柄の地味婚(笑)で、モリー・アブロと結婚した時に全銀河を挙げて祝われたのとは雲泥の差ですが、お相手(以前からローダンとの恋仲は噂されていたオラーナ・セストレ)の今後の活躍が楽しみです。さっそくラール人になにかされたみたいですし。
それから、後半のエピソードを担当しているベテラン作家のダールトンですが、本筋に関係のないところでマニアにしかわからないくすぐりを入れてくれています。261ページで、火星へ立ち寄らないことになったグッキーが「アクソ=ビールが楽しみだったけど」と残念がりますが、アクソというのは、グッキーと同族のネズミ=ビーバーで、25世紀にはビール会社の役員になっていたという人物(?)の名前です。この時代、彼が生存しているかどうかはわかりませんが、火星名産のビールにその名前が冠されていたということなのでしょう(笑)。

<収録作品と作者>「地球最後の奇術師」(ウィリアム・フォルツ)、「秘密保持者」(クラーク・ダールトン)

オススメ度:☆☆☆☆

2006.10.11


パーフェクトストーム (ノンフィクション)
(セバスチャン・ユンガー / 集英社文庫 2002)

珍しくノンフィクションです。1991年に北大西洋上で発生した、100年に一度という大暴風雨――そのメカニズムを追究するとともに、それに巻き込まれた漁船の運命や沿岸救助隊の活動などを、徹底的な取材で描きます。
日本でも近年、何回も発生して大きな被害をもたらしている“爆弾低気圧”(気象予報士さんのコメントに、よく出てきます)と、北上してきたハリケーン、そしてカナダから張り出した大陸高気圧という三つの気象要素が重なり合って、これ以上はないという最強最悪な(そういう意味で、タイトルの“パーフェクト”という言葉が使われているそうです)悪天候が、1991年10月下旬、ニューイングランド沖を襲いました。この海域は暖流のメキシコ湾流と寒流のラブラドル海流がぶつかり合い、豊かな漁場となっています。マグロやメカジキを求めて、多くの漁船が――大型船から中小のものまで――操業していました。ちなみにタイタニック号が氷山に衝突して沈没したのも、このグランド・バンクスと呼ばれる海域です。
著者ユンガーは、この暴風雨で遭難した漁船アンドレア・ゲイル号と6人の乗組員に焦点を当て、マサチューセッツ州の漁師町グロスターでのありし日の乗組員の姿を描くところから始めます。家族・恋人・友人たちの生の証言を元に、6人の漁師の人間関係や生活を描き出し、次いで舞台となったグランド・バンクスの漁業の歴史と自然環境を解説、さらに海域で起きる暴風雨のメカニズムに筆を進めます。アンドレア・ゲイル号の生存者はいないわけですから、実際に嵐の中でかれらに何が起こったのかはわかりませんが、ユンガーは同じように荒海に翻弄されて幸運にも助かった漁師や船乗りの証言を集め、犠牲者を襲った運命を推定します。
また、ゲイル号ばかりでなく、この嵐の中で救難作業に取り組んだ沿岸警備隊の沈着な活動や、墜落した海軍ヘリの乗員の救出劇、同じ海域にいた日本の延縄漁船に乗っていた女性カナダ人監視員の証言など、“パーフェクト・ストーム”をめぐる様々なドラマも活写されていますが、著者の言葉を借りれば「創作は一切ない」とのことです。ドラマチックな演出がない分、最後まで淡々と進みますが、ドキュメントならば、それもよいのでしょう。

オススメ度:☆☆

2006.10.14


黄泉がえり (SF)
(梶尾 真治 / 新潮文庫 2002)

2002年に映画化されて大ヒットした作品です。諸事情から読むのが遅れましたが、ちゃんと文庫の初版を新刊で買っていたりします。
「OKAGE」と同様、梶尾さんが生まれ育って現在も住んでいる、九州は熊本が舞台。
謎の発光体が目撃され、微弱な地震が観測された直後から、熊本市近辺で不思議な現象が報告され始めます。何年も前に亡くなって、お骨が墓に収められているはずの家族が、ひょっこりと帰って来たというのです。帰って来た本人には死後の記憶はなく、死んだ直後、気がついたらわが家の前にいたと穏やかに語ります。しかも、死んだ時のままの姿ですから、生きていた家族とのギャップも激しく、再会した夫婦や兄弟が親子ほどの年齢差になってしまっていることもしばしば。しかも、この不可解な現象は熊本市と周辺の地域に限られており、故人のすべてが復活しているわけでもないようです。
“黄泉がえり”と名付けられたこの現象に、当事者や行政もとまどい、大騒動や悲喜劇が巻き起こります。地方企業の総務課長・児島は自分とほぼ同い年で黄泉がえった父親の姿にとまどい、部下の中岡秀哉は、子供の頃に自分を助けようとして溺死した優秀な兄・優一が子供の姿で黄泉がえります。また、秀哉が恋した未亡人・玲子の夫も戻ってきます。さらに、人気絶頂のさなかに急死した熊本出身の女性アイドル・マーチン(この垢抜けないネーミングはなんとかならなかったものか。いえこれが却って良いのでしょうか)も、当時のままの姿で黄泉がえっているのが発見されます。
児島の同級生で、地元で新聞記者をしている川田は、黄泉がえりの謎を取材し始めますが――。
「OKAGE」と同じく、どのジャンルに分類すればいいのか迷う作品です。侵略SFの古典「盗まれた街」(J・フィニイ)や「月の裏側」(恩田 陸)を彷彿とさせる場面もありますが、ホラー色は薄く、ユーモラスで心温まる人情話の側面が強いと思います。そして、冒頭から暗示される真相は純SF。また、黄泉がえった人々の物語は現世の人々の人生とからみ合い、クライマックスへとなだれ込んでいきます。ダン・シモンズの諸作と同様、期待通りのストーリー展開と、その予測をいい意味で超える展開がミックスされ、物語を読むカタルシスを堪能させてくれます。人知を超えた超生命体が、人と人との情愛――人情にふれることで、最後にする決断。「愛は勝つ」のです。
昼食をとった後のファミレスで読んでいたのですが、400ページを過ぎたあたりで「こりゃやばいな(笑)」と思って、自宅へ帰ってひとりになって読み進めました。正解でした(^^
そういえば、映画(見ていません)では草gクンが誰の役を演じているのかと考えながら読んでいましたが、どの役もしっくりきません。いちばん年恰好が合っているのはお調子者の秀哉ですが、このキャラはどうみても中居クンだよなあ(笑)。で、解説を読んで、映画オリジナルキャラだと知り、納得しました。

オススメ度:☆☆☆☆☆

2006.10.15


墨染の桜 (ミステリ)
(栗本 薫 / 角川文庫 2002)

大正浪漫を現代に甦らせる大河伝奇ミステリシリーズ『六道ヶ辻』の第4作です。
今回の主人公は、豪傑・大導寺竜介の実弟でなよやかな美男子・乙音と、地味で夢見がちなオタク文学少女・妙蓮院笑子。ふたりが過ごした十代の日々と18歳の時に勃発した殺人事件のことを、今は80歳の老女になった笑子が語り、その事件の謎を、第1作
「大導寺一族の滅亡」で主人公だった藤枝直顕と大導寺静音が解くという構成になっています。
もちろん、メインは全体の8割を占める笑子の回想です。大導寺家と妙蓮院家はどちらも古い家柄の華族で姻戚関係も多く、家族ぐるみで親戚付き合いをしていました。乙音と笑子も小さい頃から一緒に過ごし、両家では将来は結婚させようという話さえ出ています。しかし、子供の頃から線が細く、美少年だった乙音は、上級生の藤枝清顕(直顕の祖父)に淡い想いを寄せていました。このふたりはもちろん同性です。実は清顕も、第3作「大導寺竜介の青春」で描かれているように、大導寺竜介に想いを寄せていました。そんな事情もあり、清顕は一途な乙音に対し、「弟のように愛することならできるけれど・・・」と、どっちつかずの(常識的な?)態度を続けています。友達の少ない乙音が唯一、心を開いているのが笑子でした。笑子に対しては乙音は自分の正直な感情を打ち明け、笑子もひとつ年上の彼を姉のように励まします。
ところが一方、妄想癖のある笑子は、乙音と清顕の恋愛をモデルに男色小説を書き始めます。要するに、ボーイズ・ラブ。竜介まで加えた三角関係や、さまざまな陵辱場面など、想像力のおもむくままにストーリーをふくらませる笑子。発展家の同級生、南条蘭子(第2作「ウンター・デン・リンデンの薔薇」の向後摩由璃と好一対の女傑です)の実体験談も、小説のネタに大いに役立ちました。
そういった他愛ない日々が過ぎ、乙音は「墨染の桜」という和歌集を発表して話題になったりもしましたが、乙音と清顕の関係は発展せず、清顕は華族令嬢と結婚し、乙音と笑子は婚約することになります。そのお披露目のカルタ会の最中、笑子は意外なものを目撃し、次いで笑子の同級生が離れの茶室で絞殺されているのが発見されます。死体の傍らには百人一首の取り札が1枚、メッセージのように残されていました。
事件は未解決のまま、清顕夫妻は仕事のため上海に発ち、乙音と笑子も後を追うように上海に赴きます。笑子の兄・滉も同行し、蘭子と恋人の慎吾は映画撮影の仕事で、大導寺竜介も軍務で上海へ――。関係者が集まった上海で、悲劇は起きます。
60年の時を超えて、藤枝直顕が到達した真実とは――。
前作「大導寺竜介の青春」に続いて、BL(特に「受け」主体)を描く作者の筆は絶好調(本当に好きなんですね)で、妄想を書き続けてうっとりとする笑子に栗本さんの(過去の)姿がどうしても重なってしまいます。とはいえ、伏線がしっかり張られて謎解きミステリの常道も外してはおらず、犯人の意外な動機や結末にも十分な説得力があります。

オススメ度:☆☆☆

2006.10.18


ショック (ミステリ)
(ロビン・クック / ハヤカワ文庫NV 2002)

ロビン・クックお得意のメディカル・サスペンス、邦訳第22作です。つい先日、「ブラインドサイト」を読んだばかりですが、あちらは過去の読み残しを埋めたもので、こちらが正規の(?)順番に則ったものです。
現代的な医学テーマ、不妊治療と●●●●(ネタバレのため伏字)が柱になっています。
冒頭から、いきなり医療事故の場面で始まります。マサチューセッツ州にある不妊治療専門の病院、ウィンゲート不妊クリニックで卵子の採取のため手術を受けていた女子学生が、麻酔ミスをきっかけとした連鎖的な事故のため、急死します。しかし、主任医師は平然として警備課長を呼び、「後始末をする」ように命じます。
これだけで、このクリニックではよからぬことが行われているということが、読者の前に赤裸々に提示されるわけで、本格ミステリで言えば倒叙形式に該当する大胆な幕開けです。
さて、何も知らない(笑)ハーヴァードの大学院生でルームメイトのジョアンナとデボラは、ウィンゲート不妊クリニックが出した卵子提供者募集の新聞広告に応募します。高額の謝礼金が魅力的でした。貧乏学生だったふたりは、謝礼金で論文を書きながらの海外生活としゃれこみます。
2年後、マサチューセッツへ帰って来たジョアンナは、採取された自分の卵子がどのような運命をたどったのか気になり、クリニックへ問い合わせますが、何も教えてもらえません。いぶかしんだジョアンナは、デボラも驚くほどの執念で、卵子の行方を探るために偽名でウィンゲート不妊クリニックに就職することを計画し、心配したデボラも付き合うことになります。
どうせならと遊び心を出したデボラは、露出度の高い刺激的な服装で面接に臨み、男性幹部社員の心をとらえて(笑)、ふたりはスムーズに採用されます。それどころか、当日に創立者のウィンゲートと主任医師のソーンダーズ双方に口説かれる始末。デボラはそれを逆用し、クリニックの最高機密にもアクセスできる認証カードの入手に成功します。
コンピューターに詳しい慎重派のジョアンナと、生物学専攻で好奇心旺盛な積極派デボラという対照的なふたりは、時に反発し合いながらも互いの長所を生かして、徐々にクリニックの秘密に迫っていきます。
タイトルの「ショック」は、医学的な“ショック症状”の意味かと思っていましたが、クリニックに隠された秘密を目にしたときのジョアンナとデボラの“ショック”、そしてラストの二重三重のどんでん返しで読者が受ける“ショック”を表しているようです。でも、ラストはクックらしからぬ意外性を狙いすぎた演出で、伏線が少ないために無理があり、いささか上滑りしているような気がします。

オススメ度:☆☆☆

2006.10.21


私刑 (ミステリ)
(パトリシア・コーンウェル / 講談社文庫 2000)

女性検屍官ケイ・スカーペッタが主人公の『検屍官ケイ』シリーズの第6作。シリーズは基本的には1話完結ですが、この巻は前作「死体農場」の直接の続篇。前々作「真犯人」で事件の裏に無気味な影を落とし、「死体農場」でケイの前に姿を現した連続猟奇殺人鬼テンプル・ゴールトとの正面きっての対決となります。
「死体農場」での惨劇から2ヶ月。クリスマスを迎えたニューヨークで、ゴールトの犯行と思われる殺人事件が発生します。被害者はホームレスの女性で、射殺された遺体はセントラルパークの噴水に全裸で座らされ、肉の一部が切り取られていました。おなじみのメンバー、ニューヨーク市警のマリーノ警部、FBIのウェズリー捜査官らと調査を始めるケイ(いつの間にやら50歳を越えています)ですが、自分名義のクレジットカードがゴールトらしき人物に使われているのに気付きます。クレジットカードは姪のルーシーに貸し与えたもので、前作の事件でFBIの犯罪研究所に勤務するルーシーがゴールトの協力者に陥れられた際、盗まれていたことが判明します。
さらに、ケイの目の前でゴールトによる第2、第3の殺人が起こり、身辺にも脅威が迫るのをひしひしと感じるケイは、次第に焦燥の色を濃くしていきます。ケイとウェズリーは最新の法医学と科学捜査を駆使し、またルーシーは自分が開発に携わったFBIの犯罪データベース“CAIN”を駆使して、ゴールトを追い詰めようとします。激しい心理闘争の結末は――。
今回は最初から犯人が明らかになっているため、フーダニットの本格ミステリとしての要素はなく(もともと、このシリーズを本格パズラーとして読むと肩透かしをくいます)、いつも以上にサイコサスペンスの王道を歩んでいるともいえます。

オススメ度:☆☆☆

2006.10.24


そして二人だけになった (ミステリ)
(森 博嗣 / 新潮文庫 2002)

犀川&萌絵シリーズや、後続のVシリーズ(これから読みます)とは異なる、単発長篇ミステリ。ただ、雰囲気やトリックのすごさは、シリーズ作品と同様、優れたものです。
勅使河原潤は、盲目の若き天才科学者。巨大なつり橋(明記されていませんが、モデルは本四架橋と思われます)を設計・完成させた、プロジェクトの中心人物です。マスコミにもたびたび登場し、美貌とミステリアスな雰囲気から、若い女性にもカリスマ的な人気がありますが、浮いた噂はひとつもありません。
実は、つり橋の基部には、国家的機密プロジェクトとして核シェルターがひそかに造られていました。そして、長期滞在実験という名目で、潤をはじめとする6人の男女がシェルター(通称“バブル”)を訪れます。潤と秘書の森島有佳、プロジェクトの中心だった3人の科学者・建築家と女医の浜野静子という面々ですが、実は潤は潤ではなく、有佳も有佳ではないという仕掛けが施されています。本当の潤の依頼を受けて、影武者を演じている腹違いの弟(本名は明らかにされません)と、やはり有佳の依頼で替え玉を演じている双子の妹(こちらも本名不明)――ふたりの手記が交替で示されるという形で、“バブル”での奇奇怪怪な連続殺人が描かれていきます。他のメンバーはもちろん、ふたりも互いが替え玉だということには気付いていません。
もちろん、タイトルはクリスティの「そして誰もいなくなった」(ハヤカワ文庫)を意識しているわけで、早速、殺人が起こります。本当は目が見えるのに盲目の兄の役をしている潤(弟)は、素性を明かすわけにもいかずマックス・カラドス(アーネスト・ブラマが創造した盲目の名探偵で、“シャーロック・ホームズのライヴァルたち”のひとり。創元推理文庫から「マックス・カラドスの事件簿」が出ています)の役割を果たさなければならなくなります。異様なものが見えても、そちらに注意を向けてはいけないわけですから、健常者が盲人のふりをするのは大変なわけで、そのあたりがきめ細かに描写されています(余談ですが、『ペリー・ローダン・シリーズ』で、頭の四方に目があるため視界が360度のはずの異星人・ブルー族が、名前を呼ばれてくるりと振り向くというシーンがありました。「書いているのが人間だから、こういう勇み足もある」と訳者の松谷さんが笑っていました)。そして、もちろん最後はタイトルどおりになるわけですが、そこから先に驚愕の展開が――!!
実は、序盤で、ある事物の描写がしつこく繰り返されているのにピンと来て、これはもしかするとジェイムズ・P・ホーガンの某作品(ネタバレ防止のため、タイトルは伏せます)と同じようなトリックが使われているのではないかと直感しました。・・・当たってました(笑)。でも、そこから先に推理が展開しなかったので、結末には驚くことができました。ただ、二転三転のどんでん返しを狙いすぎたのか、珍しくちょっと論理に破綻が生じている印象があります。ラスト近くの公安(?)のレポートは無理に入れなくても、そのままエピローグにつながったのではないかと思います。

オススメ度:☆☆☆

2006.10.26


昇竜剣舞1 ―金色の夜明け― (ミステリ)
(ロバート・ジョーダン / ハヤカワ文庫FT 2002)

大河ファンタジー『時の車輪』の第7部が開幕です。
前シリーズ「黒竜戦史」の
ラストで、絶対力を使った壮絶な戦いが展開されましたが、今回はその直後から始まります。
状況説明のためのプロローグは、今回は短いのですが、前巻のエピローグとも関連する重要なエピソードも描かれます。“白い塔”のアミルリン位として企みをめぐらせるエライダ、アル=ソアをめぐる戦いに敗れたシャイドー・アイールの指導者セバンナの野望、そしてアマディシア国に潜伏するモーゲイズ女王を利用しようとする“光の子”のナイアル大主将卿が思わぬ運命に襲われます。
凄惨な戦いが終わった現場では、ペリンがアル=ソアの未来やケーリエンに残してきた愛妻ファイールの安否に不安を抱いています。当のアル=ソアは次々と決断を下して、配下とともにケーリエンへと帰還しますが、ケーリエンでも不審な動きが――ということで、以下次巻

オススメ度:☆☆☆

2006.10.28


ヤーンの時の時 (ミステリ)
(栗本 薫 / ハヤカワ文庫JA 2002)

『グイン・サーガ』の第87巻。58巻の「運命のマルガ」以来の、大きなターニング・ポイントとなる巻です。ある意味では、「運命のマルガ」で始まったさざ波が、大きなうねりとなって登場人物たちを押し流そうとした、ということでしょうか。
前巻「運命の糸車」のラストで、グインとの一騎打ちに敗れたイシュトヴァーンは、グインおよび神聖パロのヴァレリウス、リンダといった幹部との会談に臨みます。グインの深謀遠慮の前に、ついにイシュトヴァーンは折れ、ここについに、グインとアルド・ナリスの面会が実現することとなります。子供のように、恋焦がれる若者のように、グインに会うことを待ち望んでいたアルド・ナリス。そして、ついに――。
冒険も戦闘も一切なく、ただ淡々と進む一巻ですが、本当に大きな変化が起きます。いつかはそうなると予感されていたそれは、タイトルからして次の巻で起きるのではないかと思っていたのですが、意外と早く訪れてしまいました。
合掌――。

オススメ度:☆☆☆

2006.10.28


麦酒の家の冒険 (ミステリ)
(西澤 保彦 / 講談社文庫 2002)

西澤ミステリを読むのは、3作目です。前回読んだ異色篇「死者は黄泉が得る」のタイトルは、ディクスン・カー作品のタイトルのもじりでしたが、今回はエラリー・クイーンの初期のシリーズ短篇「××の冒険」にちなんだものでしょう。
さて、休みを利用して高原で楽しく過ごした大学生4人組が、帰途に異様な体験をすることになります。メンバーは、図々しいけれど憎めないボアン先輩、ビール好きの後輩タック、美人でマドンナ的存在のタケチ、へたをすると中学生と間違えられてしまうウサコ――男女2人ずつですが、特に誰と誰が恋人同士というわけではない、健全な(笑)グループ交際です。
町へ出るために山道を車で走る4人ですが、本道が通行止めだったためにわき道に入りますが、さらに交通事故の現場に遭遇、引き返す途中でガス欠となり、真夜中に車を捨てて、ちらりと見えた別荘らしき建物に助けを求めることになります。――と、ここまでは完璧な「弟切草」モード(笑)。ですが、無人の別荘に足を踏み入れた4人が出会ったのは、予想外の光景でした。建物には家具調度はほとんどなく空き家も同然でしたが、1階の一室にはシングルベッド、そして2階の部屋にあったクローゼットの中には、なんと電気冷蔵庫が隠されていました。そして、その中にはエビスビールのロング缶がぎっしりと詰め込まれ、冷凍室にはキンキンに冷えたビールジョッキが13個、収められていたのです。へたをすると、ミイラや怪魚や狂った双子の姉が出てくるよりも無気味。
ところが脳天気な4人組は、せっかくあるのだからとビールで酒盛りを始めてしまいます(一応、料金は置いていっていますが、この段階で既に不法侵入(^^;)。そして、酔いが回るうち、なぜこの別荘がこんな奇妙な状態になっているのか、互いに推理を始めます。様々な奇天烈な仮説が取り上げられては否定され、だんだんと推理はドラマチックで意外なものになっていきますが・・・。
あとがきによると、作者はハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」にヒントを得て、安楽椅子探偵ものの長篇を書きたかったとのこと。「九マイルは遠すぎる」は、ある人物が語った、たった1行のセリフから、様々な仮説を立てては検証し、ついに殺人事件の真相にたどりつくというものです。この作品では、空っぽの別荘(かれらは“麦酒の家”と呼びました)に冷蔵庫ぎっしりのビールだけがあるという奇妙な状況を説明すべく努めるわけです。その意味では、殺人事件はおろか犯罪が行われているわけですらなく、純粋なパズル小説とも言えます。
なお、登場人物は「解体諸因」にも登場している、一連の西澤作品のレギュラー陣だそうですが、まったく気付きませんでした。「解体諸因」では、トリックにしか目がいっていませんでしたので、これからは、ちゃんとチェックしようと思います。

オススメ度:☆☆☆

2006.10.29


どんどん橋、落ちた (ミステリ)
(綾辻 行人 / 講談社文庫 2002)

綾辻さんの短篇を読むのは初めてでした。長篇とはいささか異なる、異色の連作短篇集です。
5篇の謎解きミステリが収められていますが、いずれも探偵役はミステリ作家・綾辻行人ご本人。で、解き明かされる事件のプロットや真相は、「こんなのありかい!?」と目が点になる意外性というか、ばかばかしさがあふれたものです(悪口を言っているわけではないですよ)。
「どんどん橋、落ちた」と「ぼうぼう森、燃えた」は、いずれも綾辻さんの仕事場に忽然と現れた「U」と名乗る謎の青年が犯人探しミステリの原稿を持ち込み、それを読んだ綾辻さんが真相を言い当てようとする、という設定。ラストを飾る「意外な犯人」も、青年「U」が持ち込んだ推理ドラマ・ビデオの犯人を綾辻さんが当てるという設定です。
比較的正統派なのは、綾辻さんが遊びに行った編集者(実在の人物がモデルだそうです)の家で聞かされた、隣家で起きた殺害事件の真相を解き明かす「フェラーリが見ていた」。そして、あまりのとんでもない設定にぶっ飛んだのが「伊園家の崩壊」でした。“あちら”の世界で血なまぐさい事件が起こり、作家の井坂先生が“こちら”側の綾辻さんに応援を求めてきます。伊園家とは、もちろん日本でもっとも有名で平和で歳を取らない(笑)日曜夜のあの一家をモデルにしているわけですが、血なまぐさい悲劇が続いて完全な崩壊家庭となっている伊園家で、とんでもない事件が起こります。筋立てとしては真っ当な謎解きミステリなのですが、あの一家のファンからは非難が轟々と巻き起こるのではないかと思います(もちろん、作者も「既存のいかなる人物・団体とも関係がない」と断っていますが)。
おそらく、ここに書かれた5篇を普通の道具立てでミステリ小説として発表したとしたら、「何を考えてるんだ、読者をなめとんのか!」という声が上がるでしょう。なので、作者もまず自分自身を“おちょくられ役”とすることでバランスを保っているのでしょう。それから、作中で「U」青年や綾辻氏本人が、アンフェアともとられかねない記述に関して痛々しいほどに理由を挙げて「これこれこういうわけだから、アンフェアとは言えないんだ」と訴えています。そこまで被虐的にならんでも・・・という印象も受けますが、これは、同じような(というかそれ以上の)アンフェアな設定で書いて平然としている一部ミステリ作家に対するアイロニーなのかも知れません。

<収録作品>「どんどん橋、落ちた」、「ぼうぼう森、燃えた」、「フェラーリは見ていた」、「伊園家の崩壊」、「意外な犯人」

オススメ度:☆☆☆

2006.10.31


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