服部南郭夜下墨水　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


夜下墨水
	服部南郭
金龍山畔江月浮，江搖月湧金龍流。扁舟不住天如水，兩岸秋風下ニ州。

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夜墨水ぼくすゐを下くだる

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
金龍山畔きんりゅうさんぱん　　江月かうげつ浮かぶ，
江かう搖ゆらぎ　月湧わいて　　金龍きんりゅう流る。
扁舟へんしう住とどまらず　　天水みづの如ごとし，
兩岸の秋風しうふうに　　二州を下くだる。

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◎　私感註釈

※服部南郭：江戸時代中期の古文辞学派の儒者、詩人。天和三年（１６８３年）～寶暦九年（１７５９年）。京都の人。名は元喬。字は子遷。南郭は号。柳沢吉保に仕え、荻生徂徠に師事して古文辞を学んだ。

※夜下墨水：夜に隅田川を下る。　・墨水：隅田川のこと。「すみ（墨）だがは」。江戸の東部（現・東京都足立区と葛飾区の境界）を流れる荒川の分流。

※金龍山畔江月浮：浅草の待乳山附近の河の上に月が出て。　・金龍山：浅草。浅草の浅草寺の山号。待乳山。　・畔：ほとり。　・江月：河の上に出た月。初唐・張若虚の『春江花月夜』「春江潮水連海平，海上明月共潮生。灩灩隨波千萬里，何處春江無月明。江流宛轉遶芳甸，月照花林皆似霰。空裏流霜不覺飛，汀上白沙看不見。江天一色無纖塵，皎皎空中孤月輪。江畔何人初見月，江月何年初照人。人生代代無窮已，江月年年祗相似。不知江月待何人，但見長江送流水。白雲一片去悠悠，青楓浦上不勝愁。誰家今夜扁舟子，何處相思明月樓。可憐樓上月裴回，應照離人妝鏡臺。玉戸簾中卷不去，擣衣砧上拂還來。此時相望不相聞，願逐月華流照君。雁長飛光不度，魚龍潛躍水成文。昨夜閒潭夢落花，可憐春半不還家。江水流春去欲盡，江潭落月復西斜。斜月沈沈藏海霧，碣石瀟湘無限路。不知乘月幾人歸，落月搖情滿江樹。」がある。

※江搖月湧金龍流：河の水が揺らぎ、月が湧くように出て、墨田川は流れている。　*盛唐・杜甫の『旅夜書懷』「細草微風岸，危檣獨夜舟。星垂平野闊，月湧大江流。名豈文章著，官因老病休。飄飄何所似，天地一沙鴎。」に基づき、「月湧大江流」の前に、「月湧」に合わせた「江搖」を加え、「大江」を「金龍」に換えた。　・江：大きな川。　・金龍：隅田川の金龍山浅草寺に基づく形容。

※扁舟不住天如水：小さな舟は留まるとどまることなく、〔大空は水面のようで〕。　*晩唐・趙『江樓書感』に「獨上江樓思渺然，月光如水水連天。同來翫月人何處，風景依稀似去年。」とある。　・扁舟：〔へんしう；pian1zhou1○○〕小さな舟。こぶね。蛇足になるが、「扁」：〔へん；pian1○〕小さい。「扁」〔へん；bian3●〕平たい。　・住：とどまる。止（とど）む。　・天如水：大空は水面のようである。後出・『早發白帝城』の紫字参照。この部分は挿入句。「扁舟不住（天如水，兩岸秋風）下ニ州」

※兩岸秋風下ニ州：〔両岸に秋風が（吹いてきて、）〕（わたしの乗った小舟は）、武州と総州に下っていく。　*盛唐・李白の『早發白帝城』に「朝辭白帝彩雲間，千里江陵一日還。兩岸猿聲啼不住，輕舟已過萬重山。」とある。　・兩岸秋風：この部分は挿入句。　・下：くだる。下流の方へ行く。盛唐・李白の『峨眉山月歌』に「峨眉山月半輪秋，影入平羌江水流。夜發清溪向三峽，思君不見下渝州。」とある。　・ニ州：ここでは､武州（武蔵国）と総州（下総国）で、隅田川両岸の旧国名のこと。

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◎　構成について

韻式は「AAA」。韻脚は「浮流州」で、平水韻下平十一尤。なお、一般に通用している七絶の作詩法からいえば、詩中で韻脚と同じ「舟」「秋」は避けた方がよい。粘法を採った方がよい。「金」「龍」「江」「月」の重出は避けた方がよい。次の平仄はこの作品のもの。

○○○●○●○，（韻）
○○●●○○○。（韻）
○○●●○○●，
●●○○●●○。（韻）