數日來鶯鳴檐前不去 賦此贈鶯 |
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高杉晉作 | ||
一朝檐角破殘夢, 二朝窗前亦吟弄。 三朝四朝又朝朝, 日日來慰吾病痛。 君於吾非有舊親, 又無才恩及君身。 君何於我如此厚, 吾素人間不容人。 故人責吾以詭智, 同族目我以放恣。 同族故人尚不容, 而君容吾果何意。 君勿去老梅之枝, 君可憩荒溪之湄。 寒香淡月我所欲, 爲君執鞭了生涯。 |
一朝 檐 角に 殘夢を破り,
二朝窗前 に 亦た吟弄 す。
三朝 四朝 又た朝朝 ,
日日來 りて 吾が病痛を慰む。
君 吾に於 て舊親 有るに非ず,
又た寸恩 の 君が身に及ぶこと無し。
君 何ぞ我に於て此 くの如く厚き,
吾 素 と人間 人に容 れられず。
故人 吾を責むるに詭智 を以てし,
同族 我を目するに放恣 を以てす。
同族 故人尚 ほ容 れず,
而 して君 吾を容 るる果 して何の意ぞ。
君 去る勿 れ老梅 の枝,
君 憩ふ可 し荒溪 の湄 。
寒香 淡月 我 が欲 する所,
君が爲に執鞭 して 生涯を了 へん。
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◎ 私感註釈
※高杉晋作:幕末の尊皇攘夷運動の志士。長州藩士。天保十年(1839)〜慶應三年(1867)。病歿。 *このページの詩作は最期のもの。見事な古詩である。(この形式についてはこちらを参照。本ページの作品の形式についてはこちらを参照。)辞世の句に:「おもしろき こともなく世を おもしろく すみなすものは 心なりけり」(下の句の「すみなすものは…」は野村望東尼が附けたといわれる)。
◎以下、この詩の表面の意を主として註記するが、わたし自身がこの詩の表現の中から見つけた、裏の意を青い字で註記しておく。 思うにこの詩、高杉晋作が愛人の 谷 梅処(おうの)に感謝をして詠ったものではなかろうか。念のために、このような詩がないかと、高杉晋作の作品を調べてみたが、あった。慶応元年の『題雲脚集』だ。道後温泉への逃避行で「脱却雙刀去,超然出俗群。雲奴與雲衲,游跡似浮雲。」とある。この詩は「おうの」(雲奴?)を隠して、「雲脚」「雲奴」「雲衲」「浮雲」と韜晦しているが…。
※数日来鶯鳴檐前不去賦此贈鶯:この何日間か、ウグイスが窓辺で鳴いて、去ることがないので、このことを詩を作ってウグイス贈る。 ・鶯:ウグイス。続く詩中では、「君」として、呼びかけられる。この「鶯」=「君」とは、詩の後半の表現から見て、作者・高杉晋作の愛人・谷 梅処(=おうの)のことになろう。 ・檐:〔えん;yan2○〕(名詞)ひさし。のき。屋根(をふきおろした)端。 〔たん;dan4●〕(動詞)担(にな)う。かつぐ。 ・賦:詩を作る。
※一朝檐角破残夢:ある朝、のきばから見残した夢を破る(鳴き声がして)。 ・一朝:ある朝。 ・檐角:のきば。 ・残夢:見残した夢。見果てぬ夢。
※二朝窓前亦吟弄:次の朝も窓辺べでまた、うたっていた。 ・窓前:まどべ。 ・亦:…もまた。また。 ・吟弄:声に出してうたう。詩をいじる意。
※三朝四朝又朝朝:三日めの朝も四日めの朝も、またまた毎朝。 ・又:またしても。また。 ・朝朝:毎朝。毎日。
※日日来慰吾病痛:毎日、慰(なぐさ)め(てくれ)る。 ・日日:毎日。 ・慰:なぐさめる。
※君於吾非有旧親:君(きみ=ウグイス)は、わたしにとって、昔からの身内(みうち)ではないのに。*この句の節奏は通常(□□・□□+□□□)とは異なって、□□□+□□・□□となる。 ・君:ここでは、ウグイスを指す。 ・非有:…ではない。 ・旧親:昔からの身内(みうち)。
※又無才恩及君身:また、君の身にとって、少しの得(とく)になることでもないのに。 ・寸恩:心。心の中。寸志。微意。「寸」:わずか。少し。「才恩」を「寸恩」ともする。「寸恩」の方が意味が通じやすい。『高杉東行詩文集』(107/146コマ 国立国会図書館『高杉東行詩文集』)(大正七年刊)では「才恩」とする。
※君何於我如此厚:君はどうして、わたしにこんなにも手厚いのか。 ・何:どうして。 ・於我:わたしに、の意。 ・如此-:こんなにも…。かくのごとく…。 ・厚:てあつい。
※吾素人間不容人:わたしは、もとから世の中に容(い)れられる者ではない。 ・素:もとより。 ・人間:〔じんかん;ren2jian1○○〕世間。人の世。 中唐・白居易の『大林寺桃花』に「人間四月芳菲盡,山寺桃花始盛開。長恨春歸無覓處,不知轉入此中來。」とある。 ・容:(気持ちの上で)許す。容赦する。容(い)れる。「不容」:許さない。容(い)れない。
※故人責吾以詭智:古くからの友人は、わたしのことを、人を欺(あざむ)く智慧(の持ち主だと)責めたて。 ・故人:古くからの友人。 ・詭智:人を欺(あざむ)く智慧。
※同族目我以放恣:親族はわたしのことを、かって気まま(な人物)見なしている。 ・同族:一族。ここでは親族を謂う。 ・目:(動詞)見なす。見る。目(もく)する。 ・放恣:ほしいまま。かって気まま。わがまま勝手。=放肆。
※同族故人尚不容:親族や古くからの友人は、なおまだ(わたしを)容(い)れてくれない(のに)。 ・尚:なお。まだ。なおまだ。
※而君容吾果何意:なのに、君はわたしを容(い)れてくれるが、果(は)たしてどのような意味があるのだろうか。 ・果:はたして。 ・何:どのような。 ・意:意味。
※君勿去老梅之枝:君よ、去らないでくれ、梅の老木の枝(から)。 *この聯の節奏は通常(□□・□□+□□□)とは異なって、□□□+□□□□となっている。通常とは異なっている節奏のため、「老梅之枝」の部分が、際だっている。作者の言いたいところなのだろう。作者は「梅」に拘(こだわ)っている。 ・勿-:…なかれ。禁止の辞。 ・去:行く。さる。 ・老梅之枝:長い年月を経た梅の木の枝。ちょうど今、ウグイスが留まっているところのこと。
※君可憩荒渓之湄:君よ、一休みしたまえ、荒れた谷川のほとりで。 *この聯の節奏は通常(□□・□□+□□□)とは異なって、□□□+□□□□となっている。その節奏のため、「荒渓之湄」が目立っている。詩の構成上、前後との結びつきが無い。(無理に探せば「淡月」だが…)。詩詞では、不自然なところは、典故を織り込んであったりすることが多く、場合によっては、裏の意が隠されていたりすることもある。調べた結果、ここでは典故ではなかった。名前だった。前半で際だった「梅之枝」と、この「荒渓之湄」を結びつければ、「梅」と「渓」(=「梅」と「谷」)で「谷 梅処」で、愛人の名になる。 ・可:…してよい。…すべきである。…できる。…べし。 ・憩:休む。休息する。いこう。 ・荒渓之湄:荒れ果てた谷川。 ・湄:〔び;mei2○支韻〕ほとり。みぎわ。きし。水辺の地。なお、ここで「湄」といった比較的稀(まれ)にしか見ない字を使うのは、(作詩する側から言うと)この詩の最後の部分で「…了生涯」と纏め上げている「涯」(支韻(佳韻))に合わせて押韻するため、「湄」を導き出して使ったことによる。(詩の最後の部分(この作品で謂えば「…了生涯」の部分)は、作詩時には、構成上、比較的早く作る部分でもある。⇒詩を作る場合は、(必ずしも)第一聯のはじめから作っていくのではない。)
※寒香淡月我所欲:(梅の花の)清らかに澄んだ冷やかな香気に、おぼろ月はわたしの欲(ほっ)するところであり。 ・寒香:(梅の花の香気を謂い)清らかに澄んだ冷やかな香気。梅の花の香気を形容する。 ・淡月:薄くかすんだ月。おぼろ月。 ・所+〔動詞〕:…ところ。…こと。動詞の前に置き、動詞を名詞化する働きがある。 ・欲:…よう。…たい。ほっす。 ・寒香淡月我所欲:「寒香(=梅)我所欲」:梅の香は、わたしが欲(ほっ)しているものだ。⇒「谷 梅処」よ、君をわたしは欲(ほっ)している。
※為君執鞭了生涯:君のため、馬前の走卒となって(=君に仕えて)、一生を終(お)えよう(-終えたいものだ)。 ・為君:ここでは、ウグイスのために、の意になる。 ・執鞭:馬前の卒。ここでは『論語』中での意。『論語・述而第七の十一』に「子曰:富而可求也,雖執鞭之士,吾亦爲之。如不可求,從吾所好。」とある。そこでは、馬前の走卒の意。賎(いや)しい仕事に従う者。本来は、駁者を謂う。鞭をとって、貴人の馬車をあやつる者。転じて、 ・了:おえる。おわる。 ・生涯:この世に生きている間。一生の間。
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◎ 構成について
韻式は、「aaaBBBcccDDD」。韻脚は「夢弄痛 親身人 智恣意 枝湄涯(涯は佳・支両韻)」で、平水韻去声一送・上平十一真・去声四寘。上平四支。この作品の平仄は、次の通り。
●○○●●○●,(a韻)夢
●○○○●○●。(a韻)弄
○○●○●○○,
●●○●○●●。(a韻)痛
○○○○●●○,(B韻)親
●○●○●○○。(B韻)身
○○○●○●●,
○●○○●○○。(B韻)人
●○●○●●●,(c韻)智
○●●●●●●。(c韻)恣
○●●○●●○,
○○○○●○●。(c韻)意
○●●●○○○,(D韻)枝
○●●○○○○。(D韻)湄
○○●●●●●,
●○●○●○○。(D韻)涯
平成29.8.16 8.17 8.18 8.19 8.20 8.21完 8.25補 8.30 |
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