吉備雜題 | ||
柏木如亭 |
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芳草萋萋年又加, 遊蹤更遠在天涯。 逢人只説無歸意, 一夢仍能暫到家。 |
芳草 萋萋 として 年又 た加 へ,
遊蹤 更に遠く天涯 に在り。
人に逢へば只 だ説 く: 「歸意 無し,
一夢仍 ほ能 く暫 く家に到る」と。
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◎ 私感註釈
※柏木如亭:江戸中期の漢詩人。宝暦十三年(1763年)〜文政二年(1819年)名は昶。字は永日。通称は門作。号して如亭。小普請方大工棟梁の家に生まれた。市河寛斎の門下。吉原で家財を蕩尽し、江戸を離れて遊歴詩人としての生活を送った。美食家。旅先の美味の記した随筆に『詩本草』がある。
※吉備雑題:吉備の国(現・岡山)で作った雑多な主題の詩。この詩、或いは細井平洲(享保十三年(1728年)〜享和元年(1801年))の『夢親』「芳艸萋萋日日新,動人歸思不勝春。ク關此去三千里,昨夢高堂謁老親。」の影響を受けたか。 ・吉備:吉備の国(現・岡山県)のこと。作者は文化六年(1807年)頃〜、備中庭瀬(現・岡山市)に滞在した。 ・雑題:雑多な主題の詩。盛唐・王維の『送別』に「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年香C王孫歸不歸。」とあり、『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊,蟪蛄鳴兮啾啾。」とあり、晩唐〜・温庭の『折楊柳』に「館娃宮外城西,遠映征帆近拂堤。繋得王孫歸意切,不關春草堺ト萋。」とある。詩題や詞牌に『王孫歸』『憶王孫』『王孫遊』(南齊・謝)「国蔓如絲,雜樹紅英發。無論君不歸,君歸芳已歇。」 として使われる。盛唐・王維の『山居秋暝』に「空山新雨後,天氣晩來秋。明月松間照,清泉石上流。竹喧歸浣女,蓮動下漁舟。隨意春芳歇,王孫自可留。」とある。
※芳草萋萋年又加:(「(前出・)王孫歸」のように、旅先で、新しい年の春が巡ってきて、)かぐわしい草花が繁ってきており、(新たな)年がまた(一年)加わった。 ・芳草:かぐわしい草花。 ・萋萋:〔せいせい;qi1qi1○○〕木や草の繁っているさま。『楚辞・招隱士』「桂樹叢生兮山之幽,偃蹇連蜷兮枝相繚。山氣巃嵸兮石嵯峨,溪谷嶄岩兮水曾波。猿狖群嘯兮虎豹嗥,攀援桂枝兮聊淹留。王孫游兮不歸,春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊,蟪蛄鳴兮啾啾。」とあり、王昭君の『昭君怨』(『怨詩』)に「秋木萋萋,其葉萎黄。有鳥處山,集于苞桑。養育猪ム,形容生光。既得升雲,上遊曲房。離宮絶曠,身體摧藏。志念抑沈,不得頡頏。雖得委食,心有徊徨。我獨伊何,來往變常。翩翩之燕,遠集西羌。高山峨峨,河水泱泱。父兮母兮,道里悠長。嗚呼哀哉,憂心惻傷。」とあり、崔の『黄鶴樓』に「昔人已乘白雲去,此地空餘黄鶴樓。黄鶴一去不復返,白雲千載空悠悠。晴川歴歴漢陽樹,芳草萋萋鸚鵡洲。日暮ク關何處是,煙波江上使人愁。」とあり、温庭の『折楊柳』に「館娃宮外城西,遠映征帆近拂堤。繋得王孫歸意切,不關春草萋萋。」、唐・温庭の『菩薩蠻』に「玉樓明月長相憶。柳絲娜春無力。門外草萋萋。送君聞馬嘶。 畫羅金翡翠。香燭消成涙。花落子規啼。坂x殘夢迷。」とある。 ・又:またしても。また。
※遊蹤更遠在天涯:旅をして各地を巡った跡は、さらに遠く、地の涯(はて)にある。(だが、やせ我慢をして、他の人には次のように言う)。 ・遊蹤:旅をして各地を巡った跡。 ・蹤:〔しょう;zong1○〕=踪〔しょう;zong1○〕。 ・更:その上。さらに。 ・天涯:空のはて。
※逢人只説無帰意:人に出あえば、ただ、「帰りたいという思いは無く……(次の句)……」とだけを言う。 ・逢人:人に出あう、意。人に出くわす、意。 ・只説:ただ、…だけを言う、意。 ・説:言う。とく。 ・帰意:帰りたいという思い。『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊,蟪蛄鳴兮啾啾。」とあり、盛唐・王維の『送別』に「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年香C王孫歸不歸。」とあり、晩唐〜・温庭の『折楊柳』に「館娃宮外城西,遠映征帆近拂堤。繋得王孫歸意切,不關春草萋萋。」とあり、前出・細井平洲の『夢親』に「芳艸萋萋日日新,動人歸思不勝春。ク關此去三千里,昨夢高堂謁老親。」とある。
※一夢仍能暫到家:(人に出あえば、ただ、「帰りたいという思いは無く、)一ねむりして夢を見れば、すなわち、(夢の中で)暫(しばら)くだけ家に帰ることができる(から)。」と(言う)。 ・一夢:一回の夢。一ねむり。 ・仍:〔じょう;reng2○〕なお。そこで。そのうえに。しきりに。すなわち。 ・能:よく。 ・暫:しばらく。 ・到家:家に着く。家に帰る。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「加涯家」で、平水韻下平六麻。この作品の平仄は、次の通り。
○●○○○●○,
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
平成30.1.14 1.15 1.16完 令和元.11.29補 |
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