大正天皇蟹　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩


蟹

	大正天皇
江鄕烟冷晩秋時，郭索經過水一涯。休道無腸只多足，橫戈被甲見雄姿。

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蟹(かに)　　　　　　　　

江鄕(かうきゃう)　烟冷ややかなり　　晩秋の時，
郭索(くゎくさく)　經過す　　水(すゐ)の一涯(いちがい)。
道(い)ふを休(や)めよ：「腸無く　只(た)だ足多し」と，
橫戈(わうくゎ)　被甲( ひかふ)　　雄姿(ゆうし )を見る。

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◎　私感註釈

※大正天皇：第百二十三代天皇。明治十二年（１８７９年）～大正十五年（１９２６年）。幼称は明宮（はるのみや）。諱は嘉仁（よしひと）。第百二十二代天皇・明治天皇の子で、第百二十六代・今上天皇の曾祖父。

※蟹：かに。

※江郷烟冷晩秋時：大河沿いの村は、霞（かすみ）や靄（もや）が冷たい晩秋の時（で）。　・江郷：大河沿いの村。＝江村。　・烟：霞（かすみ）や靄（もや）の類。また、けむり。＝煙。ここは、前者の意。

※郭索經過水一涯：（蟹が）一方の汀（みぎわ）をがさがさと、心の定まらない足の多いさまで行く。　・郭索：〔くゎくさく；●●〕蟹のがさがさと行く形容。また、蟹の異名。心の定まらないさま。足の多いさま。晩唐・陸龜蒙の『酬襲美見寄海蟹』に「藥杯應阻蟹螯香，卻乞江邊採捕郎。自是揚雄知郭索，（太玄經云：蟹之郭索）…」とある。　・經過：通過する。通る。経る。　・水一涯：一方のみぎわ。　・水涯：みぎわ。川や海などの岸。＝水畔。江戸・堀景山の『江南春』に「多少人家煙水涯，江天雲暖夕陽遲。落花飛絮纔吹盡，但見春風在酒旗。」とあり、『古詩十九首之一行行重行行』に「行行重行行，與君生別離。相去萬餘里，各在天一涯。道路阻且長，會面安可知。胡馬依北風，越鳥巣南枝。相去日已遠，衣帶日已緩。浮雲蔽白日，遊子不顧返。思君令人老，歳月忽已晩。棄捐勿復道，努力加餐飯。」とある。

※休道無腸只多足：腸（はら）が無くて薄志弱行で、ただ、足が多いだけだと言いなさるな。　・休道-：（…と）言いなさるな。言うをやめよ。俗語的表現。＝「勿言」。　・休：やめよ。やめる。婉曲的な禁止。　・道：言う。　・無腸：腸（はら）がない。薄志弱行であることの譬喩。明治・大正の森鴎外の『即事次岡部譯官韻』に「從軍萬里去家鄕，休道詩人腸不剛。太子河邊霜滿地，秋風策馬出遼陽。」とあり、江戸時代・頼三樹三郎の『會津訪秋琴老居士』に「舊誼誰知三世深，天涯今更聽君琴。在談休道交情淺，亦似峨洋千古心。」とあり、清末・秋瑾の『鷓鴣天』に「祖國沈淪感不禁，閑來海外覓知音。金甌已缺總須補，爲國犠牲敢惜身。　　　嗟險阻，嘆飄零，關山萬里作雄行。休言女子非英物，夜夜龍泉壁上鳴！」とある。　・只：ただ。…だけ。

※横戈被甲見雄姿：ほこをかまえて、よろいを着けた雄姿をまのあたりに見た。　・横戈：ほこをかまえる。ほこを橫向けてかまえている。戦闘状態であるということ。明・戚繼光の『馬上作』「南北驅馳報主情，江花邊草笑平生。一年三百六十日，都是橫戈馬上行。」とある。　・被甲：よろいを着ける。　・見：みえる。示す。まのあたりに。

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◎　構成について

韻式は、「ＡＡＡ」。韻脚は「時涯姿」で、平水韻上平四支（時姿涯）（『詩韻新編』）。この作品の平仄は、次の通り。

○●●○○●○，（韻）
●○○●●○○。（韻）
○○○●○○●，
●●○○●●○。（韻）