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琵琶亭 | |
戴復古 |
潯陽江頭秋月明,
黄蘆葉底秋風聲。
銀龍行酒送歸客,
丈夫不爲兒女情。
隔船琵琶自愁思,
何預江州司馬事。
爲渠感激作歌行,
一寫六百六十字。
白樂天, 白樂天。
平生多爲達者語,
到此胡爲不釋然。
弗堪謫宦便歸去,
廬山政接柴桑路。
不尋黄菊伴淵明,
忍泣靑衫對商婦。
******
琵琶亭
潯陽 江頭 秋月 明かに,
黄蘆 葉底 秋風の聲。
銀龍 酒を行して 歸客を送るも,
丈夫は 兒女の情を 爲さず。
隔船の琵琶 自ら愁思するも,
何ぞ預らん 江州 司馬の事に。
渠が爲に 感激して 歌行を作ること,
一寫す 六百 六十字。
白樂天, 白樂天,
平生 多く 達者の語を爲すも,
此に到りて 胡爲れぞ 釋然たらざる。
謫宦に堪へざれば 便ち歸去せよ,
廬山は 政に接す 柴桑の路に。
尋ねず 黄菊の 淵明に伴ふを,
忍び泣きて 靑衫 商婦に對すとは。
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◎ 私感註釈
※戴復古:南宋1167年~(没年不詳)の詩詞人。字は式之。号は、故郷の南塘の石屏山に隠棲したことに因み、石屏と称する。天台黄岩(現・浙江省)の出身。江湖派の詩人として有名。江湖派とは、南宋中期、後期の詩歌流派の一で、江湖を流離った人々、つまり、進士試験の落第生や野(や)にある知識人で、時の中央の詩壇に対して、下層社会(江湖)の中に出来あがった社会の下層知識人の詩壇であると謂える。名の由来は、陳起が江湖(世間)の作品を集めて『江湖集』をはじめとして、『江湖×集』『江湖○集』という具合に、出版を続けたことによる。詩人は、本サイトに出てくる人物では、劉過、姜
、劉克荘
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、そしてこのページの戴復古などである。作風は、その社会的立場を反映して、中央政権や社会の中の矛盾には批判的な面を持ったものを、或いは、社会の第一線から身を引いて隠棲し、斜に構えた態度でのものが多い。
※琵琶亭:『反・(白居易の)琵琶行』。白居易の『琵琶行』に基づいて、反問する形で作られている。「琵琶亭」は後世、白居易の『琵琶行』に基づいて九江市に建てられたもので、現在では白居易の漢白玉製の像も建てられている。
※潯陽江頭秋月明:潯陽江の畔に、秋の月は清(す)み亘って明らかに。 ・潯陽江:〔じんやうかう;Xun2yang2jiang1○○○〕江西省九江の北を流れる長江のこのあたりでの別名(長江は時代や地域によって多くの名称や通称がある。沱沱河、通天河、岷江、金沙江、長江、川江、峡江、荊江、揚子江、また、大江…と、詩では楚江ともうたわれる)。 ・潯陽は地名で、江西省九江市付近の地名
。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)57-58ページ「唐 江南西道」にある。江州、潯陽。(詳しくは、『陶淵明トップページ』
または、「九江市付近の地名」
。)白居易は当時、九江郡司馬だった。現在、九江市には、潯陽楼がある。白居易の『琵琶行』「潯陽江頭夜送客 」
の部分に基づいている。 ・…頭:(…の)ほとり(で)。≒…上。
※黄蘆葉底秋風聲:枯れて黄色くなったアシの葉の下を秋風がもの寂しい音をたてている。 *「黄蘆葉底秋風聲」は白居易『琵琶行』の「楓葉荻花秋瑟瑟。」の部分に基づいている。 ・黄蘆:〔くゎうろ;huang2lu2○○〕枯れて黄色くなったアシ。
※銀龍行酒送歸客:波間に月影が映って銀色の龍のように動いて見える(潯陽江の畔で)、酒杯をめぐらして返る客を送別したが。 ・銀龍:月影が波間に映って動くさまを謂う。 ・行酒:〔かうしゅ;xing1jiu3○●〕酒をついで人に飲ませる。さかずきをまわす。客に酒を勧める。 ・送:見送る。送別する。白居易の『琵琶行』「主人下馬客在船,舉酒欲飮無管絃。醉不成歡慘將別,別時茫茫江浸月。」の部分に基づいている。
※丈夫不爲兒女情:(わたしは)一人前の立派な男子なので、女子どものような感傷的な感情は持たない。 ・丈夫:〔ぢゃうふ;zhang4fu1●○〕一人前の男子。成人した男子。周の制で、一丈を男子の身長としたところから謂う。ますらお。 ・兒女情:女子どもの、センチメンタルな感情。
※隔船琵琶自愁思:別の船の琵琶(を弾いていた女性)自身が、(夫に捨てられて)寂しい思いをしていたのであって。 ・隔船:別の船のこと。『琵琶行』に「移船相近邀相見,添酒迴燈重開宴。」とある。 ・琵琶:〔びは;pi2pa2○○〕弦楽器の一で、胴は茄子(なす)形で柄に四本の柱があり、四弦。柄の頭部には転手があり、背側に折れ曲がっている。白居易の『琵琶行』の中心となっている、流転の女性が弾いているもの。『琵琶行』「忽聞水上琵琶聲,主人忘歸客不發。尋聲闇問彈者誰,琵琶聲停欲語遲。」
とある。 ・自:(琵琶を弾いていた女性)自身に。 ・愁思:うれえかなしむ思い。寂しい心。名詞。上記の書き下し文では、より意味理解しやすいように動詞の読みにしたが、「隔船琵琶自愁思」の「思」(名詞)〔し;si4●〕は「事」「字」とともに韻脚であり、去声四寘。なお、蛇足になるが、動詞「思」は〔し;si1○〕。但し、現代語(北京語)では両者を区別しない。
※何預江州司馬事:江州司馬(に遷謫された白居易)と何の関わりがあろうというのか。 ・預:〔よ;yu4●〕かかわる。あずかる。≒與。 ・江州司馬:白居易を指す。白居易の『琵琶行 序』の始めに「元和十年,予左遷九江郡司馬。」とあり、『琵琶行』最終部分に「座中泣下誰最多,江州司馬靑衫濕。」
とある。
※爲渠感激作歌行:彼女のために感激して長篇叙事詩を作る(ことは)。 *爲渠感激:『琵琶行 序』の「感斯人言,是夕始覺有遷謫意。」を指す。 ・渠:〔きょ;qu2○〕彼(かれ)。あの人。ここでは、琵琶を弾いていた女性のことになる。また、〔きょ;ju4●〕なんぞ。いづくんぞ。疑問・反語の助字。≒詎。ここは、前者の意。 ・歌行:歌行体の詩歌。歌行とは、南朝・宋・鮑照が創りだしたもので、楽府の特徴を持った主として七言の長篇古詩体。一つのことに拘わっての叙事的要素が強い。漢魏以降は楽府体詩に-歌、-行を附ける。うたものがたり。唐代では、劉希夷の『白頭吟』
、張若虚の『春江花月夜』
、白居易の『長恨歌』
、岑參の『白雪歌送武判官歸京』
、杜甫の『兵車行』
白居易の『琵琶行』
などがある。
※一寫六百六十字:一気に六百六十字(もの厖大なものを)書いた。 ・一:いつに。 ・寫:写す。書く。 ・六百六十字:白居易の『琵琶行』の字数(語数)。正しくは 7言×88句=616 で、616言(六百一十六言)。なお、白居易の『琵琶行』の字数(語数)の数値に関しては、『琵琶行 序』文中に「612言」とあり、戴復古のこの詩の「660言」ともに(現在に伝わっている作品の実字数「616言」と比べれば)誤り。(或いは、当時、それぞれ別伝の作品があったのだろうか。)白居易の『琵琶行 序』に「元和十年,予左遷九江郡司馬。明年秋,送客浦口,聞舟船中夜彈琵琶者。聽其音,錚錚然有京都聲。問其人,本長安倡女,嘗學琵琶於穆・曹二善才,年長色衰 ,委身爲賈人婦。遂命酒,使快彈數曲。曲罷,憫默。 自敍少小時歡樂事,今漂淪憔悴,轉徙於江湖間。予出官二年,恬然自安,感斯人言,是夕始覺有遷謫意。因爲長句,歌以贈之。凡六百一十二言,命曰琵琶行。」の部分に基づいている。
※白樂天,白樂天:白居易よ、白居易よ。 *なお、現代中国では、歴史上の人物は「姓+名」とするように統一され、日本でもそれに倣うかのようである。しかし、曾ての習慣では、その人を呼ぶ場合は字(あざな)であって、名では呼ばない。「白居易」とするのは呼び捨てである。このため、歴史的に見て、字の楽天を用いて、広く白楽天と呼んできたのが定着している。官職や、号で呼ぶ場合もある。
※平生多爲達者語:(あなた=白居易は、)ふだん屡々(しばしば)深く道理を悟ったことばを言っているが。 ・平生:ふだん。 ・達者:道理をよく辨(わきま)えている人。 ・達者語:深く道理を悟ったことば。
※到此胡爲不釋然:ここに到つて、どうしても釈然としないものがある。 ・到此:(抽象的な意味で、)ここに到つて。(実際に)ここにやつて来て。蛇足になるが、現在も観光地の落書きでは“到此一游”と書く。白居易の『長恨歌』に「到此躊躇不能去」とある。 ・胡爲:どうして。なんすれぞ。疑問・反語の助字。≒何爲。 ・胡:なんぞ。いづくんぞ。なに。疑問の助字。 ・釋然:〔しゃくぜん;shi4ran2●○〕疑いや迷いが解けて、心がからりと晴れるさま。
※弗堪謫宦便歸去:左遷に我慢(がまん)ができなかったのならば、すぐに(陶淵明のように)郷里に帰っていけば(よかったのに)。 ・弗堪:堪(た)えられない。 ・弗:〔ふつ;fu2●〕…ず。あらず。否定の助字。≒不。 ・謫宦:〔たくくゎん;zhe2huan4●●〕 ・謫:〔たく;zhe2●〕官位を下げて遠方へ追放する。罪する。 ・宦:〔くゎん;huan4●〕役人。つかさ。≒官〔くゎん;guan1○〕。 ・便:すぐに。するとすぐに。そのまま。そのたびごとに。すなはち。 ・歸去:帰っていく。陶淵明は、「以親老家貧,起爲州祭酒,不堪吏職,少日自解歸。…素簡貴,不私事上官。郡遣督郵至縣,吏白應束帶見之,潛歎曰:『吾不能爲五斗米折腰,拳拳事鄕里小人邪!』…解印去縣,乃賦歸去來。」(『晉書・列傳第六十四・隱逸・陶潛』)として、官に在ること八十余日で、辞して田園に帰っていった。僅かの俸給のために、田舎の木っ端役人にぺこぺこすることは、我慢ならなく、きっぱりと職を辞した。その時の心情は陶淵明の『歸去來兮辭』「歸去來兮,田園將蕪胡不歸。既自以心爲形役,奚惆悵而獨悲。悟已往之不諫,知來者之可追。實迷途其未遠,覺今是而昨非。舟遙遙以輕颺,風飄飄而吹衣。問征夫以前路,恨晨光之熹微。乃瞻衡宇,載欣載奔。僮僕歡迎,稚子候門。三逕就荒,松菊猶存。攜幼入室,有酒盈樽。引壺觴以自酌,眄庭柯以怡顏。倚南窗以寄傲,審容膝之易安。園日渉以成趣,門雖設而常關。策扶老以流憩,時矯首而游觀。雲無心以出岫,鳥倦飛而知還。景翳翳以將入,撫孤松而盤桓。 歸去來兮,請息交以絶遊。世與我以相遺,復駕言兮焉求。悅親戚之情話,樂琴書以消憂。農人告余以春及,將有事於西疇。或命巾車,或棹孤舟。既窈窕以尋壑,亦崎嶇而經丘。木欣欣以向榮,泉涓涓而始流。羨萬物之得時,感吾生之行休。已矣乎,寓形宇内復幾時。曷不委心任去留,胡爲遑遑欲何之。富貴非吾願,帝鄕不可期。懷良辰以孤往,或植杖而耘耔。登東皋以舒嘯,臨淸流而賦詩。聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」
や『歸園田居』「少無適俗韻,性本愛邱山。誤落塵網中,一去三十年。羈鳥戀舊林,池魚思故淵。開荒南野際,守拙歸園田。方宅十餘畝,草屋八九間。楡柳蔭後簷,桃李羅堂前。曖曖遠人村,依依墟里煙。狗吠深巷中,鷄鳴桑樹巓。戸庭無塵雜,虚室有餘閒。久在樊籠裡,復得返自然。 」
にうたわれている。
※廬山政接柴桑路:(あなた=白居易もいた)廬山からは、(木っ端役人にぺこぺこすることに我慢ならなく、きっぱりと職を辞した、あの陶淵明の隠棲した)柴桑へと、路はちょうど繋がっている(のだ)。 ・廬山:〔ろざん;Lu2shan1○○〕江西省の九江市の南にある山塊(『中国第百科全書 中国地理』)。陶潛は南山と詠ったこともある。陶淵明の隠棲した近くにある山。
。
廬山地図。白居易は陶潛を敬慕して幾つか詩を作っている中に『訪陶公舊宅 序』「余夙慕陶淵明爲人,往歳渭上閑居,嘗有效陶體詩十六首。今遊廬山,經柴桑,過栗里,思其人,訪其宅,不能默默,又題此詩云。」
がある。 ・政:〔せい;zheng4●〕まさに。まさしく。≒正〔せい;zheng4●〕。 ・柴桑:〔さいさう;Chai2cang1○○〕地名。陶淵明の故郷の一。潯陽(現 江西省北部にある九江市)の西南
。
※不尋黄菊伴淵明:(隠棲して)黄色い菊の花を賞(め)でていた陶淵明を尋ねないで(=陶淵明のようにしないで)。「不尋黄菊伴淵明」は、本来「不尋淵明伴黄菊」になろう。 ・不尋:尋ねない。尋ねない(のか)。 ・黄菊:黄色い菊の花。陶淵明の『飮酒二十首』其五に「結廬在人境,而無車馬喧。問君何能爾,心遠地自偏。采菊東籬下,悠然見南山。山氣日夕佳,飛鳥相與還。此中有眞意,欲辨已忘言。」の部分に基づく。 ・淵明:陶淵明、陶潛のこと。陶淵明の略伝はこちら
。
※忍泣靑衫對商婦:(白居易は)官吏の服で、商売女(琵琶を弾いていた女性)に向かって、忍び泣いたとは(何たるざまだ)。 ・忍泣:忍び泣く。 ・靑衫:〔せいさん;qing1shan1○○〕ひとえの短い衣で、地位の低い官吏の着る服。青い色の着物。若者。書生。中唐・白居易の『琵琶行』に「淒淒不似向前聲,滿座重聞皆掩泣。座中泣下誰最多,江州司馬青衫濕。」とあるのに因る。また、南宋・陸游の『訴衷情』「青衫初入九重城,結友盡豪英。蝋封夜半傳檄,馳騎諭幽并。 時易失,志難成。鬢絲生。平章風月,彈壓江山,別是功名。」
とある。 ・對:…に向かって。…に。…に対して。 ・商婦:歌妓。商売女。ここでは白居易一行に琵琶を弾いた女性のことを謂う。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAbbbCCCddd」。韻脚は「明聲情 思事字 天天然 去路婦」で、平水韻下平八庚、去声四寘、下平一先、去声七遇等。この作品の平仄は、次の通り。
○○○○○●○,(韻 明)
○○●●○○○。(韻 聲)
○○○●●○●,
●○●○○●○。(韻 情)
●○○○●○●,(韻 思)
○●○○○●●。(韻 事)
●○●●●○○,
●●●●●●●。(韻 字)
●●○,(韻 天)
●●○。(韻 天)
○○○○●●●,
●●○○●●○。(韻 然)
●○●●●○●,(韻 去)
○○●●○○●。(韻 路)
●○○●●○○,
●●○○●○●。(韻 婦)
2009.7.4 7.5 7.6 7.7 |
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