気がつけば Fall in Love
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第16章
時間が来て、両親と共にブルマは車に乗り込んだ。ヤムチャとプーアルは一足先に教会に着いている。車が最初の角を曲がる時、彼女はウインドウ越しに自宅を振り返り、最上階を見つめた。 あの窓の奥にあいつがいる。 今この時もなお、あのサイヤ人の男は外界と隔絶された過酷な空間で、我と我が身を痛めつけているのだろう。たったひとりで……。 抱擁と呼ぶにはあまりに荒っぽい扱いを思い出し、ブルマの体がかっと熱くなった。ゆうべのキスがこの胸に鮮やかな刻印を残している。男の気まぐれにいつまでも心を乱されている自分が腹立たしかった。 (あいつのせいよ。いきなりあんなことされたら誰だって動揺するじゃない。そうよ。あんなやつ……あたしは何とも思ってなんかいないわ!) 手袋をはめた両手を胸の前で力いっぱい握りしめる。 (式から帰ったら、ぶん殴ってやるんだから!) 隣に座った母親が気づいてころころと笑った。 「あらブルマさん、ガッツポーズ? 気合入ってるわね〜」 あの女の気が遠ざかってゆく。 誰とでも結婚すればいい。オレには関係ないことだ。 ベジータは重力を一気に300Gに上げた。いつもなら徐々に体を慣らしてゆくのだが、そんな悠長なことをしている気分ではなかった。 まだ負担には感じるが、300Gの重力の中でも自由に体を動かすことができるようになった。突きと蹴りを5000回ずつ。それから敵の攻撃を想定しての受身と反撃。 一心不乱に体を動かしていても、いつのまにかブリーフ博士の言葉が頭の中に忍び込んでくる。 ――――ブルマは3日3晩つきっきりできみを看病していたんだぞ。 ではあれはやはり夢ではなかったのだ。漆黒の闇の中、悪夢にさいなまれ翻弄される自分を、光の中に救い上げた柔らかなぬくもり―――あれはあの女の手だったのだ。 開いた手の中に女の手のひらの感触が蘇る。 「くっ……」 振り切るように拳を握り締めると、重力を350Gに上げた。とたんに全身が鈍い衝撃に見舞われる。 車の速度計に余裕があるように、重力装置の目盛も700Gまでの刻みがある。ただし、限界は500まで。それ以上に上げるのは装置に負担をかけ、危険だとブリーフ博士から何度も念を押されていた。 (オレはサイヤ人の王子だ。必ず高みに昇りつめてみせる) 目に見えない大きな手が彼の体を床にめり込ませ、押し潰そうとしているかのようだ。 それに逆らうようにさらに目盛を上げる。400――450―― 骨がきしむ。肺がねじ曲がる。押し殺したうめきをあげて彼は膝を折った。 力ずくで屈服させられたように床にはいつくばる。屈辱感が胸の内を満たしてゆく。 渾身の力を込め、引きずり込もうとするこの惑星の力をはねのけた。己の体から発する波動が空気を震わせ、部屋全体をビリビリと振動させる。壁に細かな亀裂が入り、床がめくれ上がる。 (違う。こんなものじゃない。超サイヤ人のパワーは。超えてやる。きさまを超えてやるぞ、カカロット。頂点に立つのはこのオレだ!!) 操作パネルまで這って行き、震える手でさらに目盛りを上げた。 500―――550――― 息が詰まる。瞼の裏で火花が散る。憎悪に満ちた力が彼をこなごなに砕こうと襲いかかってくる。 暗黒と虚無に満ちた空間にどこまでも墜ちてゆきながら、もうだめだと思ったその時、彼の体は温かく柔らかな光に包まれた。 ―――大丈夫、大丈夫よ! (ブルマ!!) ハッと我に返った。彼は重力室の真中に浮かんでいた。不思議と体にかかる圧力は感じない。 心の海は凪いでいた。そのかなた水平線から、青白い静かなうねりがだんだんとベジータの中に満ちてくる。やがてそれが体内からあふれ出しそうになったとき、うねりは突如として沸点に達し、黄金色の炎となって燃え上がった。 ベジータの中で何かが爆発した。体全体が燃えるように熱くなるのを彼は感じた。全身が総毛立ち、血が逆流を始める。 いつもと違う。何かが起こる。 何かが今目覚めようとしている。 それが何なのか彼は確信した。 今こそオレはサイヤ人の王子に戻ることが出来るんだ。 喜びにうち震えながら、体の内側からほとばしる目も眩むようなパワーを、彼は惜しむことなく全開にして放出した。 |