気がつけば Fall in Love
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第4章
部屋の時計に目を留めた母親は、 「あらいけない。ベジータちゃんのお弁当を作らなくっちゃ」と腰をあげた。 「母さん、あんなやつにお弁当なんて作ってやってるの!?」 「うふっ」と肩をすくめ、母親はいたずらを打ち明ける子どものようにくすくす笑った。 「いつもはダイニングの食料庫に、お料理ロボットが作った食事のカプセルをたーくさん入れておくの。そうしたらベジータちゃんが修行に出かける前に、自分で好きなだけ持っていけるでしょ。 だけど、それだけじゃ味気ないから、きのうはお母さんが作ったお弁当も入れておいたのよ。でも、ベジータちゃんたら、『こんなちまちましたものが食えるか』ですって。照れてるのかしら。難しい年頃なのね」 あの男がそんなことで照れるなどとは到底思えなかったが、母親の心づくしの食事に文句をつけたことには変わりない。 ブルマは、このおよそ悪意とは縁のない無垢な母親が、ふいにやってきた無愛想な居候を、まるで自分の息子のように思いやっていることを知っていた。それだけに男の無神経な言い草が許せなかった。 彼女は右の拳を左の手のひらにパシンと打ち合わせて宣言した。 「いいわ。上等じゃない。大食いのサイヤ人の分際で、食べ物をえり好みするなんてぜいたくだってこと、わからせてあげる。母さん、これからあいつの食料はあたしが用意するわ」 「そうぉ?」 母親は心なしか残念そうだったが、あっさりと役目を娘に譲った。 何も自分がわざわざ料理など作ってやることはない。ブルマ自慢の優秀な料理ロボットがこの家には15台もあるのだし―――それらのほとんどはベジータが来てから急いで追加したものだ―――サイヤ人の胃袋を満たすためなら、量的には充分だ。 でも……。 (あれだけ食べっぷりのいいやつなら、作りがいがあるってもんよね) ほんの気まぐれに、ブルマは料理をしてみたくなったのだ。レンチをフライ返しに、設計図をレシピに持ち替えて、いそいそと調理台の前に立つ。 めったに作ったことがないので、エアバイクを組み立てるようにはいかない。うっかり目を離して焦がしてしまったのは、調味料を多めに入れてごまかした。 でも、できあがってみると、我ながらなかなかのもんだと思えてくる。 彼女はダイニングの食料庫に料理ロボットの作った食事カプセルを詰め、その中の一つに自作の料理を忍び込ませた。もちろんベジータには内緒である。 そしていつものように彼が特訓へ出かけると、彼女も料理のことはすっかり忘れていた。 夜になってベジータは戻ってきた。ブルマは自分の作った料理のことを思い出し、意気込んで尋ねた。 「ベジータ、どうだった? 食べた? カプセルの食料」 いつも顔を見ればケンカを吹っかけてくる小生意気な女に友好的に話しかけられ、彼はちょっと面食らっていた。 「食料だと? そういえば変なものが一つ混じってたな。とても食えたもんじゃないから捨てたが。料理ロボットの故障か?」 「……あんたってサイテーね!!」 珍しく笑顔で話しかけてきたかと思えば、突然ぷりぷり怒りながら去ってゆく。 「訳のわからん女だ」 ベジータはブルマの後姿を見送りながら、けげんそうにつぶやいた。 それから数日後。その日も特訓へ出かけようとしたベジータは、食料カプセルが切れていたのでブルマにしぶしぶ声をかけた。 ブルマといい、その母親といい、およそ地球人の女というものに彼はへきえきしていたのだが、この家で唯一まともに話のできる人物であるブリーフ博士が、食事に関してはいっさい関知していないので仕方がない。 ブルマはちょうどその時、エアバイクの発表会の追い込みで頭が一杯だったので、手元にあったカプセルを上の空でそのまま彼に渡した。 出ていって小1時間ほど経った頃だろうか、血相を変えたベジータがものすごい勢いで彼女の部屋へ飛び込んできた。 「こ、こ、これは何のつもりだっ! オレをおちょくってやがるのか!?」 「??なにが?」 いぶかしげなブルマの足元にベジータが手に持っていたカプセルを投げ出した。さも汚らわしいと言わんばかりに。 ボン! という音と共に何十冊ものヌード雑誌がバサバサと床に広がった。 「いやーね、ベジータったら」 「オ、オレのじゃねえ!!」 赤くなってベジータは叫んだ。頭から湯気が出そうな勢いである。 よく見ると、それは父のブリーフ博士のコレクションのようだった。いつのまに紛れ込んだのだろう。ブルマは顔をしかめた。 「もう、父さんったら……」 「もうおまえからカプセルはもらわん!! ろくなもん寄越しやがらねえ」 彼が怒りに震えながら出ていったあと、ブルマはしばしあっけに取られてドアの方を見ていたが、やがてクックックッと肩を震わせて笑いだし、しまいに体を折り曲げて笑い転げた。 「あいつったら……あいつったら……あんな純情で悪人がつとまるのかしら」 カプセルコーポに住み着いて以来、ベジータは調子を狂わされっぱなしだった。それは多分にブルマによるところが大きかったようだ。 敵意を向けてくる者と恐怖に恐れおののく者―――彼と遭遇した人々はその二種類でしかあり得なかった。 なのにあの女は違う―――誰よりも非力なはずなのに、恐れるどころか言いたいことを言い、したいようにふるまう。それでいて悪意はかけらも持っていない。口は信じがたいくらい悪いが……。 あの「地球の女」と向き合うときベジータはいつも、どう対処していいかわからないとまどいと苛立ちを覚えるのだった。 |