藤田東湖詠古雑詩日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩ribengushi

詠古雑詩

　　　
　　　　　詠古雜詩
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　藤田東湖

偉哉倭建命，
報國不辭難。
手提八尋矛，
撻伐取其殘。
熊蝦不敢抗，
宸襟頼以寛。
請看草薙劍，
神光萬古寒。

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詠古雜詩

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
偉なる哉　　倭建（やまとたける）の命（みこと），
報國　　難を　辭せず。
手に　　八尋（やひろ）の矛（ほこ）を　提（さげ）て，
撻伐（たつばつ）　　其の殘を　取る。
熊蝦　　敢（あへ）て抗せず，
宸襟（しんきん）　　頼（より）て以て寛（ひろ）し。
請（こ）ふ　看よ　　草薙（くさなぎ）の劍，
神光　　萬古に　寒し。

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◎　私感註釈

※藤田東湖：文化三年（１８０６年）～安政二年（１８５５年）。幕末の水戸学派の儒者。尊皇攘夷思想の主導者の一。その思想は彼の代表作である『和文天祥正氣歌・有序』「天地正大氣，粹然鍾神州。秀爲不二嶽，巍巍聳千秋。注爲大瀛水，洋洋環八洲。發爲萬朶櫻，衆芳難與儔。…」によく顕れている。日本では、文天祥の『正氣歌』「天地有正氣，雜然賦流形。下則爲河嶽，上則爲日星。於人曰浩然，沛乎塞蒼冥。皇路當淸夷，含和吐明庭。時窮節乃見，一一垂丹靑。… 」を超していよう。

※詠古雜詩：『東湖詩鈔』中の『詠古雜詩二十首』の其五（写真：右）にあたる。『詠古雜詩二十首』は、雰囲気が頼山陽の『日本樂府』と稍、似ているが、『日本樂府』が広く国史上に題材を求めた詠史であるのに対し、『詠古雜詩二十首』は、その範囲が狭いものとなっている。国体の明徴が目的ともいえるものである。前出『和文天祥正氣歌』の細分化されたものともいえる。この作品は『古事記』中巻の倭建命の條に基づく。

※偉哉倭建命：倭建命〔やまとたけるのみこと〕は、立派だなあ。　・偉哉：偉大であるなあ。えらいなあ。　・偉：えらい。すぐれている。　・哉：…なことであるなあ。…かな。感嘆の助辞。この辞としての用法では、通常、形容詞のすぐ後に附く。　・倭建命：〔やまとたけるのみこと〕。小碓命〔をうすのみこと〕。またの名は、倭男具那命〔やまとをぐなのみこと〕。景行天皇第二の皇子。父の帝の愛が薄く、常に少数の兵力で日本の東西を服せしめる命を受け、遠征の途上、客死した。その魂は八尋白智鳥〔やひろ（の）しらちどり〕（白鳥）になって、河内の志幾に飛んでいき（写真：上）、羽を休めて、故郷の大和へ帰っていったという。その地には、今も白鳥という御陵が遺っている。なお、「倭建命」は『古事記』での表記法で、『日本書紀』では「日本武尊」と表記する。「やまとたける」とは「やまとの国の勇者」の意。『古事記』『日本書紀』によれば、熊曾（熊襲）の王（たける）を伐った際に、名のりを貰った。『古事記』には「汝命者誰。爾詔吾者坐纏向之日代宮，所知大八嶋國，大帶日子淤斯呂和氣天皇之御子，名倭男具那王者也。意禮熊曾建二人，不伏無禮聞看而，取殺意禮詔而遣。爾其熊曾建，白信然也。於西方除吾二人，無建強人。然於大倭國，益吾二人而，建男者坐祁理。是以吾獻御名，自今以後應稱倭建御子。」

※報國不辭難：国のために、難儀を厭（いと）わないで尽くした。　・報國：国の恩に報いる。国のために尽くす。　・辭：ことわる。応じない。受けない。　・難：むつかしい。困難である。ここの用法は形容詞になる。　

※手提八尋矛：手には神聖なホコを持って。　・手提：手に持つ。手にひっさげる。李煜の『菩薩蠻』「花明月黯籠輕霧，今宵好向郞邊去。襪歩香階，手提金縷鞋。」では、艶な風情だが、ここでは「横戈」の意。　・八尋矛：〔やひろぼこ〕長いホコ。熊曾、出雲平定の後、更に東方十二道の平定を命ぜられ、吉備臣の祖先である御友耳建日子に、比比羅木〔ひゝらぎ〕＝柊（ひいらぎ）の八尋矛を届けさせた。後世でいう節刀、金錯刀である。原文は、「爾天皇亦頻詔倭建命言向和平東方十二道之荒夫琉神。及摩都樓波奴人等而，副吉備臣等之祖，名御友耳建日子而遣之時，給比比羅木之八尋矛，故受命。」とある。柊（ひいらぎ）には、悪霊や邪気を祓う呪力があり、ここでは神聖な武器の意になる。　・八尋：〔やひろ（の）〕長大なことの形容。『古事記』の中では、前出「八尋白智鳥」や「八尋和邇」という風に、大きなものの形容に使われる。　・矛：ほこ。ヤリのような長い形をした武器。

※撻伐取其殘：残存勢力を討伐した。　・撻伐：〔たつばつ；ta4fa2〕征伐する。平定する。　・撻：〔たつ；ta4〕むち打つ。辱める。　・取：とる。ここでは取り除く。殺すの意になる。『古事記』で謂う「殺」。「意禮熊曾建二人，不伏無禮聞看而，取殺意禮詔而遣」とある。　・其殘：その残党。その残余の勢力。

※熊蝦不敢抗：熊曾（熊襲）〔くまそ〕や蝦夷〔えぞ〕は、逆らう勇気が無く。　・熊蝦：熊曾（熊襲）〔くまそ〕と蝦夷〔えぞ〕。当時の中央朝廷にまつろわない勢力、地域で、熊曾（熊襲）〔くまそ〕は南九州のくま（熊本、球磨川）一帯であり、蝦夷〔えぞ〕は関東、東北地方。ただ、この「熊蝦」をどう読むか、「ゆうか」とすべきか、「くまえ*」…などとするのか？　・不敢：しいて…しない。する勇気がない。あえて…ず。　・抗：さからう。抵抗する。『古事記』でいう「不伏無禮」「摩都樓波奴」になる。

※宸襟頼以寛：天子の御心は寛大を以て旨としてた。　・宸襟：天子の御心。宸念。ここでは、第十二代景行天皇になるか。倭建命〔やまとたけるのみこと〕の心を「宸襟」とは表現しないだろう。　・襟：胸の意になる。　・頼：たよる。よりどころとする。　・寛：ゆるやか。心が大きい。度量が広い。いつくしむ。めぐむ。ゆるす。

※請看草薙劍：御覧なされ、草薙劍：〔くさなぎのたち、くさなぎのつるぎ〕を。　・請看：御覧下さい。見てください。　・草薙劍：〔くさなぎのたち、くさなぎのつるぎ〕。『古事記』では、「草那藝之大刀」と書く。三種の神器の一。（『古事記』上巻で、）須佐之男命〔すさのをのみこと〕が、八俣遠呂智〔やまたのをろち〕（八俣の大蛇）を退治した際、その中の尾から得た太刀。『古事記』では「故切其中尾時，御刀之刃毀。爾思怪，以御刀之前，刺割而見者，在都牟刈之大刀。故取此大刀，思異物而，白上於天照大御神也。是者草那藝之大刀也」。天叢雲劍（あめのむらくものつるぎ）。ここでは倭建命〔やまとたけるのみこと〕が東方十二道平定の出立に際しての伊勢大御神宮の倭比賣〔やまとひめ〕より賜ったお守りになる。この後、倭建命の焼津での草を薙（な）いでの奮戦があって、はじめて、草薙剣〔くさなぎのたち、くさなぎのつるぎ〕ということになるが。

※神光萬古寒：神々しい輝きは、大昔から凛然として厳しいものである。　・神光：神々しい輝き。　・萬古：大昔。永久。いつまでも。　・寒：澄み切った氷のヤイバ。やいばが清んでいるさま。勢いが強いさま。凛烈。御稜威。漢語でいう、稜。

◎　構成について

韻式は「AAAA」。韻脚は「難殘寛寒」で、平水韻上平十四寒。次の平仄はこの作品のもの。

●○○●●，
●●●○○。（韻）
●○●○○，
●●●○○。（韻）
○○●●●，
○○●●○。（韻）
○◎●◎●，
○○●●○。（韻）