識見文章共絶倫, 多年興亞展經綸。 痩躯六尺英雄漢, 睥睨東西古今人。 危言遭厄道何窮, 幾度投身囹圄中。 筆挾秋霜心烈日, 果然頽世起淸風。 立言何遜立朝勳, 時際艱難嗟喪君。 渺渺魂兮招不返, 哀歌空對暮天雲。 ![]() |
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哀輓
識見 文章 共に 絶倫,
多年 興亞 經綸を 展(の)ぶ。
痩躯 六尺(りくせき) 英雄漢,
睥睨(へいげい)す 東西 古今の人。
危言 厄に遭(あ)ふも 道 何ぞ窮せん,
幾度か 身を投ず 囹圄(れいご)の中。
筆は 秋霜を挾(はさ)み 心は烈日,
果然 頽世 淸風を起す。
立言 何ぞ遜(ゆづ)らん 立朝の勳に,
時 艱難に 際して 君を喪(うしな)ふを嗟(なげ)く。
渺渺(べうべう)たる 魂よ 招けど 返らず,
哀歌 空しく對す 暮天の雲。
◎ 私感註釈 *****************
※土屋竹雨:土屋久泰。明治二十年(1887年)~昭和三十三年(1958年)。名は久泰。字は子健。竹雨は号になる。山形県人。大正、昭和前期に漢詩、漢学方面で、幅広く活躍する。
※哀輓:作者と同郷・同時代人であった、日本的社会主義者、大アジア主義者の大川周明の死を悼んでの挽歌三章。古詩一首で換韻とも、絶句三首ともとれる。詠う内容から見れば、一篇の詩。
※識見文章共絶倫:学識と著作は、どちらもともに群を抜いて優れたものであり。 ・識見:学識と意見。すぐれた意見。見識。また、思想、宗教観。ここでは、大川周明の見識の高さを頌えていう。 ・文章:一つの主題でまとまった思想を表現するために、文を連ねたもの。ここでは、大川周明の厖大な述作をいう。 ・共:ともに。「識見」も「文章」もどちらもともに。 ・絶倫:人並み外れて、優れている。群を抜いているさま。
※多年興亞展經綸:永年に亘り、アジア勃興天下を統治する施策をのべてきた。 ・多年:永年。 ・興亞:アジア(から白人勢力を駆逐しアジアを列強の殖民地から解放して)勃興させる。 ・展:のべる。開陳する。 ・經綸:国家を治め斉(ととの)える施策。天下を統治する施策。
※痩躯六尺英雄漢:痩せた体つきで、大柄な成人の体躯の英雄的な人物(である)。 ・痩躯:痩せた体つき。ほっそりとした体つき。 ・六尺:〔りくせき;liu4chi3●●〕ここでは、大柄な成人の体躯の意で使われている。180cmの身長。現代日本の規矩(現代日本では、一尺=30.3cm)。大川周明は六尺豊かな大柄な体格であった。蛇足になるが、本来、漢籍では「六尺」〔りくせき;liu4chi3●●〕は十四、五歳の子の意が多い。これは周尺(大尺:一尺=22.5cm。小尺:一尺=18cm。)に拠り、五尺=大尺:1m13cm(小尺:90cm)として使う。ここでは、現代日本の規格なので「ろくしゃく」と訓むべきなのか? ・英雄漢:英雄的な人物。
※脾睨東西古今人:世界中(東西)の人物や、歴史上(古今)の人物を横目で睨み。 ・睥睨:〔へいげい;bi4ni4●●〕にらむ。流し目でにらむ。西晋・左思の『詠史詩』八首の其六で「荊軻飮燕市,酒酣氣益震。哀歌和漸離,謂若傍無人。雖無壯士節,與世亦殊倫。邈高眄邈四海,豪右何足陳。貴者雖自貴,視之若埃塵。賤者雖自賤,重之若千鈞。」
と詠う。 ・東西:世界(の)。世間の事柄。あらゆる方向。水平軸を謂う。 ・古今:歴史上(の)。昔から今に至るまでの歴史的空間。時間軸を謂う。
※危言遭厄道何窮:厳格な発言は、災難に出遭ったが、その道筋は、どうして行き詰まることがあったろうか。 ・危言:言葉を正しくする。慎しみ深く高尚な言葉を用いた言葉。 ・危:正す。高い。行いをきびしくする。 ・遭厄:災難にぶつかる。厄災にであう。 ・道:(人生の)道。 陸游に「吾道非邪來曠野」とある。 ・何:なんぞ。疑問、反語。 ・窮:きわまる。行き詰まる。陸游の詩に「莫笑農家臘酒渾,豐年留客足鷄豚。山重水複疑無路,柳暗花明又一村。」がある。
※幾度投身囹圄中:幾たびか牢獄に投ぜられた。 ・幾度:幾たび。何回。 ・投身:身を…に投げ入れる。 ・囹圄:〔れいご;ling2yu3○●〕罪人を入れておく所。牢獄。
※筆挾秋霜心烈日:筆致は秋霜の厳しさで、心は烈日の激しさを具えている。 ・挾:…を取り込む。…を織り込む。はさむ。 ・秋霜:秋の霜が草木を枯らす厳しさを備えているところから威力、節操などのきびしいことの喩え。「秋霜烈日」を取り込み、「筆挾秋霜 心烈日」と表現している。はげしく照りつける太陽。 ・烈日:激しく照りつける太陽の光。
※果然頽世起淸風:案の定、頽廃した世の中に清風を巻き起こした。 ・果然:果たして。案の定。予想していたとおり。 ・頽世:頽廃した世の中。 ・起:巻き起こす。立ち上げる。 ・淸風:清らかな思想的風潮。
※立言何遜立朝勳:論調は、どうして、建国の元勲に劣るということがあろうか。 ・立言:後世にまで伝わる立派な言葉を述べる。 ・何:なんぞ。反語。 ・遜:〔そん;xun4、sun4●〕ゆずる。劣る。へりくだる。従う。毛沢東『沁園春・雪』に「江山如此多嬌,引無數英雄競折腰。惜秦皇漢武,略輸文采;唐宗宋祖,稍遜風騒。一代天驕成吉思汗,只識彎弓射大雕。倶往矣 數風流人物,還看今朝。」とある。 ・立朝:王朝を建てる。 ・勳:元勲。勲功のある者。
※時際艱難嗟喪君:(しかしながら、国家が)艱難に際した時に、君を失った。 *三島中洲の詠う『河井蒼龍窟』「王臣何敢敵王師,呼賊呼忠彼一時。惜矣東洋多事日,黄泉難起大男兒。」にその意は同じ。 ・時:時に。 ・際:…に際して。 ・艱難:〔かんなん;jian1nan2○○〕困難な目にあう。つらい目にあう。 ・嗟:〔さ;jie1○〕ああ。歎く。歎き、感歎、讃美を表す感歎詞。 ・喪:うしなう。亡くす。 ・君:大川周明を指して言う。
※渺渺魂兮招不返:はてしもなく漂う魂は、招き寄せようとしても返(かえ)っては来ない。 ・渺渺:〔べうべう;miao3miao3●●〕(水面などが)果てしなく広がるさま。 ・魂兮招不返:魂よ帰り来たれ、と招いても返ってこない。『楚辭』にある宋玉の『招魂』での表現では何度も繰り返して「魂兮歸來」と詠う。憂国の屈原の魂を呼び戻そうとして、「朱明承夜兮,時不可以淹。皐蘭被徑兮,斯路漸。湛湛江水兮,上有楓,目極千里兮,傷春心。魂兮歸來哀江南!」と詠う。 ・魂:たましい。『楚辭』の『招魂』では憂国の士・屈原の魂であり、ここでは、憂国の士・大川周明の魂を指している。 ・兮:〔けい;xi1○〕騒体
など上代の詩体で、語調を整えるために使われる辞。ここでは、「…よ!」「…や!」といったほどのもの。「語調を整える」とは(『楚辭』や『詩經』は別として)漢魏以降、一句の語数(字数)は、五字や七字が多くなり、節奏は複合詞(日本語風に謂えば二字熟語)で構成されるようになる。例外として強調するところに「兮」が使われる。近代以降では、我が国の俳句で謂う「字足らず」を補う使われ方をしている。句が「□□□・□□□」という形になった場合、「□□ □□・□□□」という形(節奏)にするために、「□□□兮・□□□」というような使い方をする。蛇足になるが、「魂兮」というような言葉はない。 ・招:(死者の魂を)招き寄せる。 ・不返:もどってこない。出発した地点に帰ってこない。引き返してこない。 ・返:もどる。出発した地点に帰る。引き返す。蛇足になるが、「歸」の意は、本来の場所である自宅、故郷、墓地などへ帰っていくこと。
※哀歌空對暮天雲:哀しい気持ちで歌を夕暮れの空の雲に向かって歌っている。 ・哀歌:哀しい心情を表わした詩歌。悲歌。ここでは前出『楚辭』『招魂』「魂兮歸來哀江南!」の「哀」を受けていよう。 ・空對:むなしく…に向かう。 ・暮天雲:夕暮れ時の雲。
◎ 構成について
韻式は「AAA BBB CCC」。韻脚は「倫綸人 窮中風 勲君雲」で、平水韻上平十一眞、一東 十二文。次の平仄はこの作品のもの。
●●○○●●○,(A韻)
○○○●●○○。(A韻)
●○●●○○●,
●●○○●○○。(A韻)
○○○●●○○,(B韻)
●●○○○●○。(B韻)
●●○○○●●,
●○●●●○○。(B韻)
●○○●●○○,(C韻)
○●○○○◎○。(C韻)
●●○○○●●,
○○◎●●○○。(C韻)
平成18.7.17 7.22 7.29 8. 5完 11.14補 平成23.4.23 平成28.1.14 |
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