絶海連檣十萬兵, 雄心落落壓胡城。 三更夢覺幽窗下, 唯有秋聲似雨聲。 |
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八月十八日夜 夢に 諳厄利亞を 攻む
絶海 連檣(れんしゃう) 十萬の兵,
雄心 落落 胡城を壓す。
三更 夢 覺む 幽窗(いうさう)の下,
唯だ 秋聲の 雨聲に似たる 有り。
◎ 私感註釈 *****************
藤田東湖『謫居詩存』 藤田東湖『東湖詩鈔』 碇豊長所蔵 碇豊長所蔵
※藤田東湖:文化三年(1806年)〜安政二年(1855年)。江戸後期の水戸学派の儒者。尊皇攘夷思想の主導者の一。名は彪(たけき)、東湖は号になる。水戸藩主の継嗣問題で、改革派として前藩主の弟・徳川斉昭を擁立して活躍する。後、藩校弘道館の建設に尽力したが、斉昭が幕府に隠居謹慎を命じられると免職、江戸藩邸に幽閉された。この作品はその頃のもの。その後、嘉永六年(1853年)、ペリーの来航とともに斉昭が幕府の外交に参与するや、再び活躍を始めた。
掛け軸:有永氏所蔵
最後の行は、
「吾録八月十八日夢攻諳厄利亞
東湖彪」(伊勢丘人先生釈文)
※八月十八日夜夢攻諳厄利亞:八月十八日の夜、夢で諳厄利亞(あんげりあ=イギリス)を攻める(夢を見た)。宋・辛棄疾の『破陣子』「醉裏挑燈看劍,夢回吹角連營。八百里分麾下灸,五十絃翻塞外聲。沙場秋點兵。」や、南宋・陸游の『貧甚戲作絶句』其六「行遍天涯等斷蓬,作詩博得一生窮。可憐老境蕭蕭夢,常在荒山破驛中。」でも夢で思いを致している。似た雰囲気のものに吉田松陰の『磯原客舍』「海樓把酒對長風,顏紅耳熱醉眠濃。忽見雲濤萬里外,巨鼇蔽海來艨艟。我提吾軍來陣此,貔貅百萬髮上衝。夢斷酒解燈亦滅,濤聲撼枕夜鼕鼕。」や、梁川星巌の『松永子登宅觀阿束冑歌』に「筑紫之北海之,有石百丈可爲。我欲因之陵溟渤,周覧八覘九。杳杳天低卑於地,魚龍出沒浪崔嵬。落日倒銜高句驪,滞冤流鬼渺悠哉。我時魂悸不能進,屏氣且息覇家臺。覇家臺下三千戸,鐘鼓饌玉稱樂土。中有松生磊人,招我滿堂羅尊俎。酒酣笑出阿束冑,妖鐵不死兀顱古。塞垣光景忽在目,搖搖風鶏秩B嵯哉生乎何從得,如斯之器世未覩。憶昔大寇薄此津,旌旗慘憺金革震。是時天靈佐我威,叱咤雷車走輪。須臾萬艦飛塵滅,能生還者僅三人。此冑無乃其所遺,古血模糊痕未泯。方今承平日無事,擧國銷兵鋳農器。雖然邊謀豈可疎,瀕海ゥ鎭嚴武備。異時蠢兒重伺我,請君手掲此冑示。作歌大笑倚欄角,風聲駕潮如鐃吹。」がある。 ・八月十八日:弘化(嘉永)の頃の秋の時。アヘン戦争(1840〜42年)以後で、ペリー来航(1853年:嘉永六年)以前。江戸時代後期、西欧勢力の我が国に対して開国の圧迫をかけており、国内でも海防(国防)を繞って政局が混乱していた時のもの。『謫居詩存』と『東湖詩鈔』とで「八月十八日夜夢攻諳厄利亞」と「八月十八夜夢攻諳厄利亞」との違いがある(写真:上)。 ・夢攻:夢で攻撃する。 ・諳厄利亞:〔あんぐぁりあ;an1e4li4ya4◎●●●〕あんげりあ。あんげりや。イギリスのことを江戸時代の学者がそう呼び習わしていた。ポルトガル語で英国をそう呼ぶことから来ていると云う。明治17年出版の『羅布存コ 英華辭典』(『LOBSCHEID ENGLISH AND CHINESE DICTIONARY』)をみると、「Anglican」「Anglo-」で、「英國…」とあり、「England」…でも「英吉利」等がある。「諳厄利亞」は無い。日本語での表現か。「アングロ・サクソン」の「アングロ」、「イングランド」の謂いのイギリスのことか。
※絶海連檣十萬兵:陸を遠く離れた海を帆柱をつらねた(我が国の艦隊が)、十万人の兵士を乗せて渡り。 ・絶海:陸を遠く離れた海。海を渡る。 ・連檣:〔れんしゃう;lian2qiang2○○〕帆柱をつらねる。同時代人の長尾秋水に『松前城下作』「海城寒柝月生潮,波際連檣影動搖。從此五千三百里,北辰直下建銅標。」というのがある。似た詩風である。 ・十萬兵:十万人の兵士。
※雄心落落壓胡城:雄々しい心は大きく、外国の城廓をおしつぶす(ばかりである)。 ・雄心:雄々しいこころ。雄志。 ・落落:度量の大きいさま。多いさま。また、疎らで寂しいさま。志を得ぬさま。ここは、前者の意。 ・壓:おさえる。おしつぶす。しずめる。圧倒する。唐・李賀の『鴈門太守行』に「K雲壓城城欲摧,甲光向日金鱗開。角聲滿天秋色裏,塞上燕支凝夜紫。半卷紅旗臨易水,霜重鼓寒聲不起。報君黄金臺上意,提攜玉龍爲君死。」とある。 ・胡城:〔こじゃう;hu2cheng2○○〕外国の城廓。詩題に「諳厄利亞(あんげりあ(−や))を攻め…」とあり、ここでは、イギリスの城塞の意になる。唐宋の詩として読んだ場合は「外国の都市」の意になろうが、作者は日本人なので「城(しろ)攻め」の「城(しろ)」の意で使っていよう。
※三更夢覺幽窗下:真夜中の午前0時前後に、幽閉されている部屋で夢から覚(さ)めると。 ・三更:午前0時前後。夜間を五等分した三番目で、夜の真ん中に該る。真夜中。 ・夢覺:夢から覚(さ)める。 ・幽窗:〔いうさう;you1chuang2○○〕幽閉されたところ(の窓)。幽閉されている部屋。後世、江藤新平は『逸題』で「欲掃胡塵盛本邦,一朝蹉跌臥幽窗。可憐半夜蕭蕭雨,殘夢猶迷鴨麹]。」と使う。 ・下:もと。あたり。
※唯有秋聲似雨聲:ただ秋のもの寂しげな音がするだけで、(夢で聞いた軍艦が波を蹴立てて進む音は、)どうも雨の音のようだ。 ・唯有:ただ…だけがある。=惟有。曹操の『短歌行』に「對酒當歌,人生幾何。譬如朝露,去日苦多。慨當以慷,憂思難忘。何以解憂,唯有杜康。」や、唐の劉希夷『白頭吟(代悲白頭翁)』に「洛陽城東桃李花,飛來飛去落誰家。洛陽女兒惜顏色,行逢落花長歎息。今年花落顏色改,明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。古人無復洛城東,今人還對落花風。年年歳歳花相似,歳歳年年人不同。寄言全盛紅顏子,應憐半死白頭翁。此翁白頭眞可憐,伊昔紅顏美少年。公子王孫芳樹下,C歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫~仙。一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。」とあり、李白の『將進酒』に「君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。天生我材必有用,千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。岑夫子,丹丘生。將進酒,杯莫停。與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。五花馬,千金裘。呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。」とあり、劉長卿は『尋盛禪師蘭若』で「秋草黄花覆古阡,隔林何處起人煙。山僧獨在山中老,唯有寒松見少年。」や、北宋・蘇軾の『江城子』乙卯正月二十日夜記夢には「十年生死兩茫茫,不思量。自難忘。千里孤墳,無處話淒涼。縱使相逢應不識,塵滿面,鬢如霜。 夜來幽夢忽還ク。小軒窗,正梳妝。相顧無言,惟有涙千行。料得年年腸斷處,明月夜,短松岡。」と使い、司馬光『居洛初夏作』「四月清和雨乍晴,南山當戸轉分明。更無柳絮因風起,惟有葵花向日傾。」とある。 ・秋聲:秋の声。秋風のもの寂しげな音や、木の葉の散る音をいう ・似:…ににている。…のようだ。如し。 ・雨聲:雨音。
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◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「兵城聲」で、平水韻下平八庚。次の平仄はこの作品のもの。
●●○○●●○,(韻)
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
○●○○●●○。(韻)
平成19. 9.11完 平成22.10. 5補 |
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