江藤新平逸題日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞漢詩Ribengushi

　
　           　　　
       逸題

　　　　　　　　　　　　　         　江藤新平

欲掃胡塵盛本邦，
一朝蹉跌臥幽窗。
可憐半夜蕭蕭雨，
殘夢猶迷鴨綠江。

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逸題　

胡塵（こぢん）を　掃（はら）ひて　　本邦を盛んにせんと欲し，
一朝（いつてう）　蹉跌（さてつ）して　　幽窗（いうさう）に　臥（ぐゎ）す。
憐（あは）れむ可（べ）し　　半夜　蕭蕭（せうせう）たる雨に，
殘夢は　猶（な）ほも迷ふ　　鴨綠江（あふりょくかう）。

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◎　私感註釈

※江藤新平：政治家。佐賀藩出身。不平士族を率いて佐賀の乱を起こし、捕えられて刑死する。号は南白。天保五年（１８３４年）～明治七年（１８７４年）。幕末に脱藩して尊皇攘夷運動に加わり、藩より永蟄居の処分を受ける。王政復古後、東征大総督府監軍などに任じられ辣腕を示す。のち、司法卿として司法制度の確立に努める。参議となり、西郷隆盛らの征韓論に与（くみ）したが、これが敗れて参議を辞職し、民選議院設立の建白に参加したりするが、佐賀に帰り、不平士族に推されて佐賀の乱の首領となり、捕えられて刑死する。この作品は、佐賀の乱で捕えられた時の作。

※逸題：詩題を附ける機会をのがして、題がない。男児の本懐としての征韓論の大義を説く。後世、この詩に基づいて德富蘇峰は『壬辰新年』「蚊蚋負山志可憐，那將成敗問蒼天。半宵淸籟驚殘夢，一瞬星霜九十年。」を作る。征韓論の敗退を詠ったものに明治・篠原國幹の『逸題』「飮馬綠江果何日，一朝事去壯圖差。此閒誰解英雄恨，袖手春風詠落花。」がある。

※欲掃胡塵盛本邦：西欧列強を打ち払い、我が国を盛んなものにしようとした。 *陳陶の『隴西行』に「誓掃匈奴不顧身，五千貂錦喪胡塵。可憐無定河邊骨，猶是春閨夢裏人。」とあり、江戸時代・藤森弘庵の『八幡公勿來關圖』に「誓掃胡塵不顧家，懸軍萬里向邊沙。馬上殘日東風惡，吹落關山幾樹花。」とある。　・欲：…たい。…しようとする。　・掃：はく。掃き清める。攘夷。　・胡塵：異民族が攻めてきて起こす戦乱のほこり。西欧列強の侵出を指す。　・盛：さかんにする。さかんである。ここでは､他動詞の構文での用法になる｡　・本邦：我が国。

※一朝蹉跌臥幽窗：（しかし、）ひとたび躓（つまず）いて、獄中に幽囚される身となった。　・一朝：一旦。ひとたび（…となれば）。にわかに（…となれば）。ある朝。ある日。早朝。　・蹉跌：〔さてつ；cuo1die2○●〕つまずく。しくじる。時機を失う。物事がうまくいかなくなる。　・臥：〔ぐゎ；wo4●〕ふす。ふせる。ねる。うつぶせに寝る。　・幽窗：幽囚されている所。とらえられている所。藤田東湖の『八月十八日夜夢攻諳厄利亞』に「絶海連檣十萬兵，雄心落落壓胡城。三更夢覺幽窗下，唯有秋聲似雨聲。」とある。

※可憐半夜蕭蕭雨：何としたことか、夜半に寂しげに降る雨に。　*南宋・陸游『貧甚戲作絶句・其六』「行遍天涯等斷蓬，作詩博得一生窮。可憐老境蕭蕭夢，常在荒山破驛中。」の影響を受けている。　・可憐：心が強く揺すぶられるさま。かわいそうな。憐れむべき。梁・無名氏の『企喩歌』「男兒可憐蟲，出門懷死憂。尸喪狹谷中，白骨無人收。」とあり、李白の『清平調』「一枝紅艷露凝香，雲雨巫山枉斷腸。借問漢宮誰得似，可憐飛燕倚新粧。」や、中唐・白居易の『長恨歌』には「姉妹弟兄皆列土，可憐光彩生門戸。遂令天下父母心，不重生男重生女。驪宮高處入靑雲，仙樂風飄處處聞。緩歌謾舞凝絲竹，盡日君王看不足。」、白居易の『楊柳枝』其四「紅版江橋青酒旗，館娃宮暖日斜時。可憐雨歇東風定，萬樹千條各自垂。」、晩唐・陳陶の『隴西行』「誓掃匈奴不顧身，五千貂錦喪胡塵。可憐無定河邊骨，猶是春閨夢裏人。」、元・無名氏『醉太平』〔正宮調〕「堂堂大元，奸佞專權，開河變鈔禍根原，惹紅巾萬千。官法濫，刑法重，黎民怨；人喫人，鈔買鈔，何曾見；賊做官，官做賊，混賢愚；哀哉可憐。」とある。　・半夜：夜半。　・蕭蕭：〔せうせう；xiao1xiao1○○〕ものさびしいさま。雨や風の音のさびしげなさま。燕・荊軻の『易水歌』「風蕭蕭兮易水寒，壯士一去兮不復還。」、『古詩十九首』之十四「去者日以疎，來者日以親。出郭門直視，但見丘與墳。古墓犁爲田，松柏摧爲薪。白楊多悲風，蕭蕭愁殺人。思還故里閭，欲歸道無因。とあり、皇甫松の『夢江南』「蘭燼落，屏上暗紅蕉。閒夢江南梅熟日，夜船吹笛雨蕭蕭。人語驛邊橋。」その他、豪放から婉約に亘ってその用例は多い。

※殘夢猶迷鴨綠江：見果てぬ夢は、なおも引き続いて、（朝鮮の）鴨緑江を彷徨（さまよ）っている。　・殘夢：見残した夢。見果てぬ夢。唐・温庭の『菩薩蠻』に「玉樓明月長相憶。柳絲娜春無力。門外草萋萋。送君聞馬嘶。　　　畫羅金翡翠。香燭消成涙。花落子規啼。綠窗殘夢迷。」とある。　・猶：なお。それでも。やはり。なほ…ごとし。　・迷：まよう。　・鴨綠江：〔あふりょくかう；Ya1lu4jiang1●●○〕中朝国境に流れる川で、白頭山（漢名：長白山）から西流して黄海に注ぐ。ここでは､朝鮮／韓国を指し、征韓論をも謂う。

◎　構成について

韻式は「AAA」。韻脚は「邦窗江」で、平水韻上平三江。蛇足になるが、江韻での押韻は極めて難しい。独用（下平七陽との通韻は不可）の上、韻字がごくごく限られているためだ。そのため、詩作では江韻は滅多に使われない。以下は蛇足で憶測であるが、作者はそれでも江韻を用いて押韻して言いたかったのは「本邦」「幽窗」「鴨緑江」のどれか。それは、「鴨緑江」なのだろう。この詩、或いは先ず「殘夢猶迷鴨綠江」の句が出来たのではなかろうか。次いで「一朝蹉跌臥幽窗」の韻脚の句ができたのではなかろうか。いうまでもなく、詩は、本来は起句から作っていくべきもので、（テクニックのために）転句や結句から作り始めるものでは、当然ない。しかし、江韻という特殊な韻部の場合、ついつい憶測を逞しくしてしまう。韻脚を敢えて「鴨緑江」としたい作者の意志から推し量って、この作品の題は『逸題』となってはいるが、「殘夢猶迷鴨綠江」の中のどれかから詩題をもって来るべきものだろう。作者の思念の渦がそこに巻いている。千古の絶唱である。次の平仄はこの作品のもの。

●●○○●●○，（韻）
●○○●●○○。（韻）
●○●●○○●，
○●○○●●○。（A韻）