桃花水暖送輕舟, 背指孤鴻欲沒頭。 雪白比良山一角, 春風猶未到江州。 |
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花朝 澱水を下る
桃花 水 暖かにして 輕舟を送り,
背指す 孤鴻 沒せんと欲するの頭。
雪は 白し 比良山の一角,
春風 猶ほ未だ 江州に到らず。
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◎ 私感註釈
※藤井竹外:江戸末期の漢詩人。高槻藩の家臣。名は啓。字は士開。摂津国(大阪府)の人。文化四年(1807年)~慶応二年(1866年)。頼山陽に学ぶ。
『竹外亭百絶』
(弘化乙巳新刻)
渥美正道氏蔵書
※花朝下澱水:春の花の咲き始める旧暦二月十五日頃に淀川を下る。 ・花朝:花の咲き始める頃。旧暦・二月十五日(新暦・三月下旬)のこと。花の咲いている朝。『花朝下澱江』とするのが通用しているが、江戸時代の木版本『竹外亭百絶』(弘化乙巳新刻)では『花朝下澱水』となっている(写真:右)。 ・下:下流に向かって舟で行く。高槻から大坂(大阪市)の方へ向かった時の詩か。 ・澱水:淀川(よどがわ)。京都から大阪に至り大阪湾に注ぎ込む大河。京阪間の交通の大動脈。滋賀県の琵琶湖を水源として瀬田川、京都府に入って宇治川となり、桂川と木津川が合流して淀川となり、淀川は大阪府下での呼称と謂える。澱江。
※桃花水暖送輕舟:(春になって)モモの花びらがあたたまった春の川の水面に浮かび軽快な小舟を送り。或いは、モモの花は春の川辺で軽快な小舟を見送り。 ・桃花:モモの花。春の象徴。李白に『山中問答』「問余何意棲碧山,笑而不答心自閑。桃花流水杳然去,別有天地非人間。」や、同・李白の『贈汪倫』「李白乘舟將欲行,忽聞岸上踏歌聲。桃花潭水深千尺,不及汪倫送我情。」
や、唐・韋荘の『菩薩蠻』「洛陽城裏春光好,洛陽才子他鄕老。柳暗魏王堤。此時心轉迷。 桃花春水綠,水上鴛鴦浴。凝恨對殘暉,憶君君不知。」
や、北宋・蘇軾が『浣溪沙』で、「西塞山邊白鷺飛,散花洲外片帆微。桃花流水
魚肥。 自庇一身靑
笠,相隨到處綠蓑衣。斜風細雨不須歸。」
などを髣髴とさせる。かつて「桃花水」を「雪解け水」の意にのみ解し、この句「桃花水暖送輕舟」の解釈で「淀川には雪解け水は流れない」の主張もあったようだが、前記・李白、韋荘、蘇軾の作品例では、全て「春の川の流れ」の意。この藤井竹外の作品も同様の意。 ・水暖:(春になって)水があたたまって。 ・送:見送る。「桃花水暖送輕舟」という句中での「送」は、何が何を送るのか、分かりにくい。通常では、「桃花が輕舟を見送る」の意にとる。王維は『送別』で「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年綠,王孫歸不歸。」
や李白の『勞勞亭』「天下傷心處,勞勞送客亭。春風知別苦,不遣柳條靑。」
、岑参は『胡笳歌送顏真卿使赴河隴』「君不聞胡笳聲最悲,紫髯綠眼胡人吹。吹之一曲猶未了,愁殺樓蘭征戍兒。」
、白居易の『琵琶行』「元和十年,予左遷九江郡司馬,明年秋,送客
浦口,聞舟船中夜彈琵琶者。」
、南宋・陳亮の『水調歌頭』「送章德茂大卿使虜」には「不見南師久,漫説北羣空。當場隻手,畢竟還我萬夫雄。自笑堂堂漢使,得似洋洋河水,依舊只流東。且復穹廬拜,會向藁街逢。 堯之都,舜之壤,禹之封。於中應有,一個半個恥臣戎。萬里腥
如許,千古英靈安在,磅
幾時通。胡運何須問,赫日自當中。」
などある。なお、王士禛の『悼亡詩』「藥爐經卷送生涯,禪榻春風兩鬢華。一語寄君君聽取,不敎兒女衣蘆花。』
は、異なった用法。 ・輕舟:軽快な舟。小さな舟。
※背指孤鴻欲沒頭:群からはぐれて一羽だけになったヒシクイ(カリ)の姿が(山の向こうに)隠れようとするあたりをふり返って指させば。 ・背指:うしろをふり返って指さす。また、後から指さす。ここは、前者の意。 ・孤鴻:〔ここう;gu1hong2○○〕群からはぐれて一羽だけになったヒシクイ。蛇足になるが、「孤鴻」も「孤雁」も、同じ意味で使われるが「孤鴻」は○○であって、詩句の○○とすべきところで使い、「孤雁」は○●であって、詩句の●●とすべきところで使う。 ・鴻:〔こう;hong2○〕ヒシクイ。大型のガン。 ・欲:…しようとする。 ・沒:〔ぼつ;mo4●〕(カリの姿が山の向こうに)隠れる。 ・-頭:ほとり。漫然とした場所一帯を指す。名詞の後に附く接尾辞。場所を表す名詞等の後に附き、場所を表す名詞になる。似た働きをするものに「邊」「上」、また「畔」「陲」や「下」がある。語義、語調、平仄で使い分ける。「背指孤鴻欲沒頭」で、「…欲沒+頭」と動詞性の語の後に附くことは、本来ないが、「頭」を韻脚としたためにしかたがなかったのだろう。正しい用語法ではない。蛇足になるが、「一つの事に熱中する」意の「沒頭」という語の構成と、この詩句「…欲沒頭」とでは「頭」の品詞が異なる。前者は普通名詞で後者は接尾辞(接尾語)。
※雪白比良山一角:(淀川流域ではもう春になっているのに)雪が真っ白な比良山の一角(が見える)。 ・雪白:雪が白い。真っ白な。 ・比良山:滋賀県の琵琶湖西(北)岸の山。狭義には蓬莱山をさし、広義には(南より蓬莱山、打見山、武奈ヶ岳の)比良山地をいう。「比良の暮雪」で有名。実際にはここから比良山は見えない。ここでは、高槻から眺めた淀川上流の琵琶湖南西側の比叡山などの山影を指しているのだろう。この部分「雪は白し 比良(ひら) 山(やま)の一角」と読むか、「雪は白し 比良山(ひらさん)の一角」と読むかは、(この詩が中国詩であるとすれば、本来は日本語のリズムで判断すべきものではなく、(近体)詩としての節奏で判断するものであって、)「雪白比良山一角」は「雪白 ・ 比良 + 山一角」と見るべきところ。これに従って読めば、前者の「雪は白し 比良 山の一角」が適切。ただ、本ページの作品は日本漢詩なので、日本漢詩としての伝統や日本語としての習慣に従うことも大切。 ・一角:かたすみ。部分。
※春風猶未到江州:春季に吹く風がまだ近江の国には到っていない(ようだ)。 ・春風:春季に吹く風。春の季節の象徴でもある。 ・猶未:まだ。≒尚未。 ・到:いたる。ここでは、春が来る。 ・江州:近江の国(現・滋賀県)。淀川上流の琵琶湖のあるところ。
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◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「舟頭州」で、平水韻下平十一尤。次の平仄はこの作品のもの。
○○●●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
●●●○○●●,
○○○●●○○。(韻)
平成19.11.18完 平成20. 1.13補 平成21. 3. 4写真 平成22. 9.23 |
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