森鴎外路易二世　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


路易二世

	森鴎外
當年向背駭羣臣，末路悽愴泣鬼神。功業千秋且休問，多情偏是愛詩人。

Wikipediaより

ルートヴィヒ２世が築いたノイシュヴァンシュタイン城
「2000ピクセル以上のフリー素材集」より
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路易(ルートヴィヒ)二世

當年(たうねん)の向背(かうはい)　　羣臣を駭(おどろ)かす，
末路　悽愴(せいさう)　　鬼神を泣かしむ。
功業　千秋　　且(しばら)く問ふを休(や)めよ，
多情　偏(ひと)へに是(こ)れ　　詩を愛するの人。

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◎　私感註釈

※森鴎外：小説家、戯曲家、評論家、翻訳家。軍医。１８６２年（文久二年）～１９２２年（大正十一年）。本名は林太郎。石見国（現・島根県）の生まれ。現・東大医学部卒業。軍医としてドイツ留学後、軍医総監、陸軍医務局長に進む一方、文学に励み、訳詩集『於母影』…を発表、『舞姫』『うたかたの記』『青年』『「ヰタ・セクスアリス』『雁』などを発表。大正時代に入って、『高瀬舟』『阿部一族』『山椒大夫』などの歴史小説を発表、更に『伊澤蘭軒』などの史伝体小説を書き、実証性と冴えた心理描写において、徹底した境地を示した。

※路易二世：ルートヴィ（ッ）ヒ２世。第四代バイエルン（国）王（バイエルン：現・ドイツ東南部の州）。（１８４５年～１８８６年）若くして王位を継ぎ、ワーグナーの世界を愛し、童話（メルヘン）の世界のような豪奢な城や宮殿を築いたことから、「バイエルンのメルヘン王」などと呼ばれた。ルートヴィヒ２世は、美青年（男性）を愛し、女性を嫌忌していたが、同じ王家の一族であるオーストリア皇后エリーザベトにだけには、（女性なのだが）唯一心を許していた。エリーザベト皇后は、自分の妹ゾフィー・シャルロッテを王妃として推薦し、ルートヴィヒ２世はゾフィーと婚約した。しかし、これは解消された。政務から遠ざかった王は、中世風のノイシュヴァンシュタイン城（写真：上）などの建造物に力を入れるようになった。やがて、戦争と政争に敗れ、精神的に負担となり、隠退させられて、ベルク城に送られたが、その翌日にシュタルンベルク湖で水死体となって発見された。「狂王」の異名でも知られるルートヴィヒ２世は耽美と苦悩に満ちた波乱の国王の生涯を送った。バイエルンの南唐後主・李煜か？なお、「路易二世」の「路易」はフランス語の「ルイ」（Louis）の方がより相応しく、ドイツ語の「ルートヴィヒ」（Ludwig）の音訳ではなかろう。　・路易：〔Lu4yi4●●：ルーイー〕（フランス語：）ルイ。（ドイツ語：）ルートヴィヒ。バイエルン王国の国王。首都はミュンヘンにあった。清末/中華民國・康有爲の『免恨京三詠之一　啤酒』に「啤酒尤傳免恨名，創於湃認路易傾。吾曾入飮王酒店，三千人醉飮如鯨。」とある。　*なお、この顛末を森鴎外は『うたかたの記』に著した。

※当年向背駭群臣：彼（か）の年のなりゆきは、多くの臣下を驚かせた。　・当年：〔たうねん；dang1nian2○○〕あの年。かの年。往時。昔。　*ここの「當」は、日本語で言えば「終戦当時」の「當」であって、「当年とって五十歳」の「當」ではない（その意では●○）。ここの意味の「當年」は○○となる。東晉・陶潛『飮酒二十首』其二「積善云有報，夷叔在西山。善惡苟不應，何事立空言。九十行帶索，飢寒况當年。不賴固窮節，百世當誰傳。」、南宋・張孝祥の『六州歌頭』「長淮望斷，關塞莽然平。征塵暗，霜風勁，悄邊聲。黯銷凝。追想當年事，殆天數，非人力。　　洙泗上，絃歌地，亦羶腥。隔水氈鄕，落日牛羊下，區脱縱橫。看名王宵獵，騎火一川明，笳鼓悲鳴，遣人驚。」、南宋・辛棄疾の『水龍吟』甲辰歳壽韓南澗尚書「渡江天馬南來，幾人眞是經綸手。長安父老，新亭風景，可憐依舊。夷甫諸人，神州沈陸，幾曾回首。算平戎萬里，功名本是，眞儒事、公知否。　　　況有文章山斗，對桐陰、満庭淸晝。當年墮地，而今試看，風雲奔走。綠野風煙，平泉草木，東山歌酒。待他年　整頓，乾坤事了，爲先生壽。」、南宋・陸游の『訴衷情』「當年萬里覓封侯，匹馬戍梁州。關河夢斷何處？塵暗舊貂裘。」、宋・劉克莊の『賀新郞』「送陳子華赴真州」「北望神州路，試平章　這場公事，怎生分付？記得太行山百萬，曾入宗爺駕馭。今把作握蛇騎虎。加去京東豪傑喜，想投戈、下拜真吾父。談笑裡，定齊魯。　　兩河蕭瑟惟狐兔，問當年　祖生去後，有人來否？多少新亭揮泪客，誰夢中原塊土？算事業須由人做。應笑書生心膽怯，向車中、閉置如新婦。空目送，塞鴻去。」と、過去を追想する豪放詞に用例は極めて多い。また、日本では荻生徂徠の『寄題豐公舊宅』に「絶海樓船震大明，寧知此地長柴荊。千山風雨時時惡，猶作當年當年叱咤聲。」とある。　・向背：〔かうはい（きゃうはい）；xiang4bei4●●〕なりゆき。様子。つくと、離れると。前とうしろ。賛成と反対。従うとそむくと。従ったりそむいたりすること。ここでの「向背」とは、バイエルンのプロセインに対するなりゆき。普墺（プロセイン・オーストリア）戦争勃発時は、オーストリア側で参戦し、敗北して、北ドイツ聯邦を認めることになった経緯。また、前出・一族の女性との問題。騎士物語の舞台ともなるような、かずかずの城館の建築、最期は湖での水死、といった波瀾万丈の一生の辿った道を指そう。　・駭：〔がい；hai4●〕おどろく。びっくりさせる（-する）。驚き恐れる。　・群臣：多くの臣下。諸臣。

※末路悽愴泣鬼神：一生の終わりの時は、痛ましいもので、荒々しい神をも泣かせた（ものだった）。　・末路：旅程の終わり。一生の終わりの時。なれの果て荒々しい神。　・悽愴：〔せいさう；qi1cang1○○〕悲しみいたむ。寒々としたありさま。ものさびしいさま。ひどく悲しむ。非常に痛ましいさま。　・鬼神：〔きしん（きじん）；gui3shen2●○〕荒々しい神。強い神。神秘的な霊的存在。死んだ人、及びその霊魂。神々。「鬼」は陰の神・死者の霊魂、「神」は陽の神・天地の神霊の意。

※功業千秋且休問：歴史的な評価は、今しばらくは、問うことをやめて（ほしい）。　*「功業千秋且休問」の句は、「千秋功業且休問」或いは「且休問千秋功業」などとしたかったが、平仄や節奏の関係で、こうなった。「請君休問千秋業」の意。　・功業：てがら。功績。功績の著しい事業。　・千秋：千年。千歳。非常に長い年月、「歴史的（な長期的な視座）…」の謂い。　・且：〔しょ；qie3●〕しばらく。しばし。いささか。短い時間を謂う。東晉・陶潛の『飮酒二十首』其九に「淸晨聞叩門，倒裳往自開。問子爲誰歟，田父有好懷。壺漿遠見候，疑我與時乖。襤縷茅簷下，未足爲高栖。一世皆尚同，願君汨其泥。深感父老言，稟氣寡所諧。紆轡誠可學，違己詎非迷。且共歡此飮，吾駕不可回。」とあり、盛唐・杜甫の『絶句漫興』に「二月已破三月來，漸老逢春能幾囘。莫思身外無窮事，且盡生前有限杯。」とある。　・休問：訊（たず）ねることをやめよ。北宋・沈存中（沈括）の『歎老』に「唯覓少年心不得，當時感舊已潸然。情懷此日君休問，又老當時二十年。」とあり、唐・上官婉兒の『遊長寧公主流杯池二十五首之七』に「莫論圓嶠，休説方壺。何如魯館，即是仙都。」とある。　・休：〔きう；xiu1○〕（…を）やめよ。（…を）するな。弱い禁止の趣がある。また、やめる。ここは、前者の意。

※多情偏是愛詩人：多情で、ひとえにメルヘンを愛した人だった。　・多情：感情に富む。情が深くて、感じやすいこと。中唐・白居易の『勤政樓西老柳』に「半朽臨風樹，多情立馬人。開元一株柳，長慶二年春。」とあり、南宋・陸游の『秋波媚』七月十六日晩登高興亭望長安南山に「秋到邊城角聲哀，烽火照高臺。悲歌撃筑，憑高酹酒，此興悠哉。　　　多情誰似南山月，特地暮雲開。灞橋煙柳，曲江池館，應待人來。」とある。　・偏：〔へん；pian1○〕ひとえに。ひたすら。いちずに。　・愛詩人：メルヘンを愛していた人。ルートヴィヒ２世が「バイエルンのメルヘン王」と呼ばれていたことによる。

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◎　構成について

韻式は、「AAA」。韻脚は「臣神人」で、平水韻上平十一真。この作品の平仄は、次の通り。

○○●●●○○，（韻）
●●○○●●○。（韻）
○●○○●○●，
○○○●●○○。（韻）