山内容堂飲於二州酒楼　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


飮於二州酒樓
	山内容堂
昨日醉橋南，今日醉橋北。有酒可飮吾可醉，層樓傑閣在橋側。家鄕萬里面南洋，決眦空濶碧茫茫。唯見怒濤觸巖腹，壯觀卻無此風光。顧盻呼酒杯已至，快哉痛飮極放恣。誰言君子修德行，世上不解醉人意。欲還欄前燈猶明，橋北橋南盡絃聲。


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二州酒樓に飮す

昨(さく)日は橋南(けうなん)に醉(ゑ)ひ，　今日は橋北に醉(ゑ)ふ。
酒有り　飮む可(べ)し　　吾(われ) 醉(ゑ)ふ可(べ)し，
層樓(そうろう)　傑閣(けっかく)　　橋側(けうそく)に在り。
家郷(　か　きゃう)　萬里　　南洋に面す，
眦(まなじり)を決すれば　空濶(くうくゎつ)　　碧(へき)茫茫(ばうばう)。
唯(た)だ　見る　怒濤の　　巖腹に觸(ふ)るるを，
壯觀　卻(かへ)って此(こ)の風光　無し。
顧(かへ)り盻(み)て　酒を呼べば　　杯(はい)　已(すで)に至る，
快なる哉　痛飮　　放恣(はうし )を極む。
誰(たれ)か言ふ「君子は　德行(とく（っ）かう)を修(をさ)む」と，
世上( せじゃう)　解せず　　醉人(すゐじん)の意。
還(かへ)らんと欲すれば　　欄前(らんぜん)　　燈(ともしび) 猶(な)ほ明らかに，
橋北(けうほく)　橋南(けうなん)　　盡(ことごと)く絃聲(げんせい)。

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◎　私感註釈

※山内容堂：幕末の土佐藩主。１８２７年（文政十年）～１８７２年（明治五年）。名は、豊信。容堂は号。別号に、忍堂、鯨海酔侯。吉田東洋らを登用して藩政改革を断行。安政五年（１８５８年）将軍継嗣問題にあたり一橋慶喜の擁立に尽力。公武合体運動を進めた。慶応三年（１８６７年）、十五代将軍・徳川慶喜に大政奉還を建白し、公武合体論による幕府権力の温存を図った。

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※飲於二州酒楼：両国の料理屋で（酒を）飲む。新橋と柳橋の料理屋で（酒を）飲む。　*「飲二州酒楼」の可能性もある。　・二州：「両国」の意ではないか。作者・山内容堂は、東京都台東区橋場の綾瀬草堂で隠居生活を送ったというので、台東区を地図で調べていたが、「二州」に相当する「両国」をみつけて、ひとりで納得しているが、これは特段の根拠がない。「二州酒楼」とは「両国の店」、或いは「両国屋」とでもいうような屋号の店の意ではなかろうか。また、服部南郭の『夜下墨水』「金龍山畔江月浮，江搖月湧金龍流。扁舟不住天如水，兩岸秋風下ニ州。」での「二州」とは武州（武蔵国）と総州（下総国）で、隅田川両岸の旧国名のことなので、ほぼそれに違いなかろう。なお、司馬遼太郎の小説『酔って候』では「維新後は官を辞し、ひたすらに飲み、連日、新橋、柳橋、両国の酒楼に出没して豪遊し、ついに家産がかたむきかけた」とあり、新橋と柳橋とを以て二州ともする。安政年間に詠まれたともするが、その場合は、この作品は、大老・井伊直弼との将軍継嗣問題での争闘の敗北による隠居生活での鬱屈した感懐を飲酒を藉（か）りて詠ったものになる。「決眦」「怒濤」「世上不解『酔人（＝作者）』意」などがよくそれを物語る。これは、世には飲酒礼讃の詩とされる。しかし、ただの呑兵衛の飲酒礼讃の詩ではない。政治的な含意が豊かな作品である。この詩、盛唐・李白の『春日醉起言志』「處世若大夢，胡爲勞其生。所以終日醉（≒昨日/今日醉），頽然臥前楹（≒欲還欄前）。覺來盼庭前，一鳥花間鳴。借問此何時，春風語流鶯。感之欲歎息，對酒還自傾（≒顧盻呼酒杯已至）。浩歌待明月，曲盡已忘情。」に、どことなく雰囲気が似ている。　・酒楼：料理屋。

※昨日醉橋南：昨日は橋の南で（酒に）酔って。　・橋：地図と、作者・山内容堂の行動範囲とからして、この橋は「両国橋」ではなかろうか。ただ、両国橋は東西亘ってにあり、この詩句では「昨日醉橋南今日酔橋北」とあり、南北になっている。ここは、「北」を韻脚とするためにこう詠んだのだろう。

※今日酔橋北：今日は橋の北で（酒を飲んで）酔っている。

※有酒可飲吾可酔：酒があるので、飲むべきであり、わたしは酔っぱらってもいい。　*同時代（幕末）・同郷（土佐）の坂本龍馬に『愛酒詩』「酒者可呑酒可飮，人生只有酒開膽。醉中快樂人無知，大地爲蓐天爲衣。英雄生涯眞乎夢，厭迄呑酒醉美姫。」がある。　・有：「酒在り…」と「在」字を使うのを見かけたが、「酒がある」という意では、「有」で「有酒」。蛇足になるが、後出・「…在橋側」では「在」がある。「有」と「在」との相違は端的に謂えば、【有＋物品】で「…がある」「…を持っている」意で、【在＋場所】で「…に（ある/いる）」「…に」「…で」の意。　・酒可飮：酒は飲むべきである。頼山陽の『山陽詩鈔』卷之八には『戯作摂州歌』「兵可用　酒可飮，海内何州當此品。」とあり、菅茶山の『酒人某出扇索書』には「一杯人呑酒，三杯酒呑人。不知是誰語，吾輩可書紳。」とある。

※層楼傑閣在橋側：幾重にも高く造った建物や抜きん出てすぐれた建物が橋のたもとにある。　・層楼：幾重にも高く造った建物。二階建てや三階建ての建物。＝層閣。　・傑閣：抜きん出てすぐれた建物。　・在：…にある。【在＋場所】で「…に（ある/いる）」「…に」「…で」の意。

※家郷万里面南洋：（その高殿から）遥か離れた土佐湾南方の太平洋に面している故郷を（望めば）。　・家郷：故郷。ここでは､土佐を指す｡　・万里：遥か長大な距離を謂う。後出・鍋島閑叟の『偶成』に「孤島結團意氣豪，西南決眥萬重濤。黠奴若有窺邊事，羶血飽膏日本刀。」とある。　・面：面する。臨む。　・南洋：南海。ここでは､土佐湾南方の太平洋を指す｡

※決眦空濶碧茫茫：目を大きく見開いても、広々として碧（あお）い色が果てしなく広がっている。　・決眦：怒ったり、決意したりして、目を大きく見開くさま。まなじりを裂く。日本・幕末・鍋島閑叟の『偶成』に「孤島結團意氣豪，西南決眥萬重濤。黠奴若有窺邊事，羶血飽膏日本刀。」とあり、清末・秋瑾に『寶劍歌』「炎帝世系傷中絶，茫茫國恨何時雪？世無平權祗強權，話到興亡眦欲裂。千金市得寶劍來，公理不恃恃赤鐵。死生一事付鴻毛，人生到此方英傑。饑時欲啖仇人頭，渇時欲飮匈奴血。」がある。　・眦：〔さい（せい、し）；zi4●〕まなじり。　・空濶：〔くうくゎつ；kong1kuo4○●〕（場所が）広大である。ひろびろとしている。ひろびろとひらけているさま。がらんとしている。　・碧：〔へき；bi4●〕あおい。緑色の。青緑の。海の色であり、空の色である。　・茫茫：〔ばうばう；mang2mang2○○〕広々として果てしないさま。ぼうっとして、はっきりとしないさま。草が多く生えて乱れているさま。『古詩十九首之十一』の「廻車駕言邁，悠悠渉長道。四顧何茫茫，東風搖百草。所遇無故物，焉得不速老。盛衰各有時，立身苦不早。人生非金石，豈能長壽考。奄忽隨物化，榮名以爲寶。」や、東晋・陶淵明の『挽歌詩其三』「荒草何茫茫，白楊亦蕭蕭。嚴霜九月中，送我出遠郊。」や、東晉・陶潛『擬古・九首』其四「迢迢百尺樓，分明望四荒。暮作歸雲宅，朝爲飛鳥堂。山河滿目中，平原獨茫茫。古時功名士，慷慨爭此場。一旦百歳後，相與還北。松柏爲人伐，高墳互低昂。頽基無遺主，遊魂在何方。榮華誠足貴，亦復可憐傷。」や、北宋・蘇軾の『江城子』乙卯正月二十日夜記夢には「十年生死兩茫茫，不思量。自難忘。千里孤墳，無處話淒涼。縱使相逢應不識，塵滿面，鬢如霜。　　　夜來幽夢忽還鄕。小軒窗，正梳妝。相顧無言，惟有涙千行。料得年年腸斷處，明月夜，短松岡。」とある。

※唯見怒濤触巌腹：ただ逆巻く荒波だけがいわおの横にふれているだけだ。　・唯：ただ…だけ。＝「惟」。詩詞では「唯」よりも「惟」の方が多い。曹操の『短歌行』に「對酒當歌，人生幾何。譬如朝露，去日苦多。慨當以慷，憂思難忘。何以解憂，唯有杜康。」とあり、唐の劉希夷『白頭吟（代悲白頭翁）』に「洛陽城東桃李花，飛來飛去落誰家。洛陽女兒惜顏色，行逢落花長歎息。今年花落顏色改，明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪，更聞桑田變成海。古人無復洛城東，今人還對落花風。年年歳歳花相似，歳歳年年人不同。寄言全盛紅顏子，應憐半死白頭翁。此翁白頭眞可憐，伊昔紅顏美少年。公子王孫芳樹下，淸歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍，將軍樓閣畫神仙。一朝臥病無人識，三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時，須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地，惟有黄昏鳥雀悲。」とあり、李白の『將進酒』に「君不見黄河之水天上來，奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮，朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡，莫使金尊空對月。天生我材必有用，千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂，會須一飮三百杯。岑夫子，丹丘生。將進酒，杯莫停。與君歌一曲，請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴，但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞，惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂，斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢，徑須沽取對君酌。五花馬，千金裘。呼兒將出換美酒，與爾同銷萬古愁。」とあり、劉長卿は『尋盛禪師蘭若』で「秋草黄花覆古阡，隔林何處起人煙。山僧獨在山中老，唯有寒松見少年。」や、後世、北宋・蘇軾の『江城子』乙卯正月二十日夜記夢には「十年生死兩茫茫，不思量。自難忘。千里孤墳，無處話淒涼。縱使相逢應不識，塵滿面，鬢如霜。　　　夜來幽夢忽還鄕。小軒窗，正梳妝。相顧無言，惟有涙千行。料得年年腸斷處，明月夜，短松岡。」と使い、司馬光は『居洛初夏作』「四月清和雨乍晴，南山當戸轉分明。更無柳絮因風起，惟有葵花向日傾。」とある。また、東晉・陶潛の『擬古・九首』其八に「少時壯且厲，撫劍獨行遊。誰言行遊近，張掖至幽州。饑食首陽薇，渇飮易水流。不見相知人，惟見古時丘。路邊兩高墳，伯牙與莊周。此士難再得，吾行欲何求。」とあり、唐・李白の『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』に「故人西辭黄鶴樓，煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡，惟見長江天際流。」とあり、同・李白の『戰城南』に「去年戰桑乾源，今年戰葱河道。洗兵條支海上波，放馬天山雪中草。萬里長征戰，三軍盡衰老。匈奴以殺戮爲耕作，古來唯見白骨黄沙田。」とあり、白居易の『琵琶行』「轉軸撥絃三兩聲，未成曲調先有情。絃絃掩抑聲聲思，似訴平生不得志。低眉信手續續彈，説盡心中無限事。輕慢撚抹復挑，初爲霓裳後綠腰。大絃如急雨，小絃切切如私語，切切錯雜彈，大珠小珠落玉盤。間關鶯語花底滑，幽咽泉流氷下難。氷泉冷澀絃凝絶，凝絶不通聲暫歇。別有幽愁暗恨生，此時無聲勝有聲。銀瓶乍破水漿迸，鐵騎突出刀槍鳴。曲終收撥當心畫，四絃一聲如裂帛。東船西舫悄無言，唯見江心秋月白。」とある。　・怒濤：逆巻く荒波。前出・鍋島閑叟の『偶成』に「西南決眥萬重濤。」とある。　・触巌腹：（逆巻く荒波）がいわおの横にふれる。　*この表現、どこか不自然で、何か寓意があるのか。

※壮観却無此風光：（江戸の街の）大きくりっぱなながめには、反対にこの（土佐の）自然の（勇壮な）眺めは無い。　・壮観：大きくりっぱな見もの。さかんなながめ。前出・「層楼傑閣」といった江戸の街の殷賑ぶりを謂う。　・却：反対に。かえって。　・風光：自然の美しい眺め。景色。　・此風光：この（雄偉な）風景。ここでは自分の故郷・土佐の自然のことをいう。

※顧盻呼酒杯已至：（接待の人員の方を）ふり向いて、酒をよびよせようとしたが、酒杯はすでに来ていた。　・顧盻：ふり返って見る。　・盻：〔けい；xi4●〕かえりみる。　・已：とっくに。すでに。　・-至：（…が）くる。（…が）いたる。蛇足になるが、「到」は「到-」（…にいたる）という用例が多い。

※快哉痛飲極放恣：すばらしいことなあ！大いに酒を飲んで、思う存分勝手気ままにしよう。　・快哉：すばらしいなあ！。　・痛飲：大いに酒を飲む。　・放恣：〔はうし；fang4zi4●●〕気まま。ほしいまま。＝放肆：〔はうし；fang4si4●●〕。蛇足になるが、日本語では「放恣」「放肆」は同じ発音になるが、中国語では異なる発音。（意味も完全に一致するものではない）。

※誰言君子修徳行：一体、だれが言ったのだ？！為政者は、道徳にかなったりっぱな行いを正しくするものだと。　・誰言：一体、だれが言ったのか。反問の語気がある。その反問は「君子極徳行」について。　・君子：高位・高官の人。為政者。ここでは大名のことをいう。　・徳行：道徳にかなったりっぱな行い。　*ここの「行」は、続く「明」「声」とともに韻脚ともとれるが、そうすれば（『詩経』の）交韻と同じになる。但し、このような詩体で交韻と見るのは不適切。ここの「行」は、韻脚と見ないのが妥当。

※世上不解酔人意：世の中は、酒に酔った人（＝作者・山内容堂）の思いを理解しようとしない。　*作者が最も主張したい部分。　・世上：世の中。　・不解：理解しようとしない。わかろうとしない。　*「わからない」ではない。「不-」は意志の否定。　・酔人：酒に酔った人。酔っぱらい。ここでは作者自身（＝山内容堂）のことを謂う。　・意：思い。心。

※欲還欄前灯猶明：もどろうとしたが、窓辺の手すりの辺りが、なおまだ明るく（まだまだ歓を尽くしているようで）。　・欲：（…う）とする。　・還：（出かけたものが向きを変えて）かえる。もどる。　・欄前：欄干のあたり。　*現代に遺された遊郭の建築様式でも、道路に面した二階窓の部分には、立派な（橋の欄干風の）手すりがつけられている。それを指す。　・猶：なお。なおも引き続いて。

※橋北橋南尽絃声：新橋・柳橋のあちらこちらから三味線の音がいっぱい聞こえてくる。　・橋北橋南：新橋・柳橋の方々。新橋・柳橋のあちらこちら。両国橋一帯に。　・…北…南：…の方々。…のあちらこちら。　・尽：ことごとく。　・絃声：三味線の音。三味線を鳴らし、唄をうたう声。弦楽器の音。また、弓弦の鳴る音。つるおと。ここは、前者の意。

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◎　構成について

韻式は、「ａａＢＢＢｃｃｃＤＤ」。韻脚は「北側　洋茫光　至恣意　明聲」で、平水韻上入声十三職、下平七陽。去声四寘。この作品の平仄は、次の通り。

●●●○○，
○●●●●。（ａ韻）
●●●●○●●，
○○●●●○○。（ａ韻）
○○●●●○○，（Ｂ韻）
●●○●●○○。（Ｂ韻）
○●●○●○●，
●○●○●○○。（Ｂ韻）
●●○●●●●，（ｃ韻）
●○●●●●●。（ｃ韻）
○○○●○●○，
●●●●●○●。（ｃ韻）
●○○○○○○，（Ｄ韻）
○●○○●○○。（Ｄ韻）