絶命詩 | ||
武市半平太 |
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夢上洛陽謀故人, 終衝巨奸氣逾振。 覺來浸汗恨無限, 只聽隣鷄報早晨。 |
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夢覺而得一絶 瑞山 |
夢に洛陽 に上 りて 故人と謀 り,
終 に 巨奸を衝 きて 氣逾 よ振 ふ。
覺 め來 れば 汗に浸 れて恨 限 り無 し,
只 だ聽く隣鷄 の早晨 を報 ずるを。
夢より覺 めて一絶 を得 瑞山
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◎ 私感註釈
※武市半平太:武市瑞山。幕末の尊攘派志士。1829年(文政十二年)〜1865年(慶應元年)土佐藩郷士。名は小楯。通称は半平太。号して瑞山。剣術の道場を開き、多くの門弟が集まり、その中には中岡慎太郎や吉村虎太郎、岡田以蔵等もおり、後の土佐勤王党の母体となった。後に、江戸へ出て、桃井春蔵の弟子となり、道場)に入門。坂本龍馬等諸藩の志士と交わった。やがて、土佐勤王党を組織、(吉田東洋を暗殺し)藩内の主流・吉田東洋中心の公武合体を退け、藩論を尊攘に導いた。文久三年の政変以降、尊攘運動の後退とともに弾圧され、入獄、切腹を命じられた。
※絶命詩:切腹させられる時の詩。この詩のことについて、伊勢丘人先生より朝日新聞(平成23.7.15)の記事(と掛け軸の写真)が出ていたと、釈文と解釈をともに送っていただいた。新聞記事を要約すると、「高知市は(平成23.7.)14日、武市半平太が獄中で書いた七絶が見つかったと発表した。書は今年(平成23)4月、高知市内の人が同市に寄託した掛け軸で、添えられた由来書には、武市を慕っていた牢番に贈られたものを譲り受けたもの」との主旨。
※夢上洛陽謀故人:夢(の中)で上京して、旧友と謀議をし。 ・上:のぼる。「上洛陽」で、「上洛」(=地方から京都へ入る)意。京洛(けいらく)の地に上(のぼ)る。上京。 ・洛陽:〔らくやう;Luo4yang2●○〕(副)都。唐代、東都として繁栄した副都。ここでは、「京都」(みやこ)の意として使う。京都(平安京)の雅称として「長安」(右京=西の京)、「洛陽」(左京=東の京)があったが、「長安」は廃れ、やがて「洛」が「京」のように使われたことによる。同様の使い方に室町時代・九鼎の『洛陽橋上看北山晴雪』「波拍長橋春漉Z,北山皓雪插空。三千丈壁寒光動,百萬人家爽氣中。」がある。 ・謀:〔ぼう;mou2○〕はかる。ものごとを相談する。くわだてる。察知する。謀議する。 ・故人:旧知。旧友。
※終衝巨奸気逾振:ついに巨悪(山内容堂?)を攻撃して倒し(斃し)て、意気はいよいよふるいたっている。 ・終:ついに。 ・衝:つく。攻撃する。 ・巨奸:巨悪。ここでは、土佐藩藩主の山内容堂のことをいうのか、土佐藩の藩政の中枢部を謂うのか。 ・気:意気。 ・逾:〔ゆ;yu2○〕ますます。いよいよ。盛唐・杜甫の『絶句』に「江碧鳥逾白,山花欲然。今春看又過,何日是歸年。」とある。 ・振:ふるう。ふるいたつ。
※覚来浸汗恨無限:(しかしながら、夢から)目覚めてみれば、(全身を)汗でびっしょりと濡らしており、(巨悪・山内容堂に対する)恨みには限りがない。 または、(しかしながら、夢から)目覚めてみれば、(全身を)汗でびっしょりと濡らしており、(夢であったことが)無念きわまりない。中国(漢)詩であれば、後者の意。 ・覚来:目覚めてきて。目覚めれば。目覚めてくれば。盛唐・李白の『春日醉起言志』に「處世若大夢,胡爲勞其生。所以終日醉,頽然臥前楹。覺來盼庭前,一鳥花間鳴。借問此何時,春風語流鶯。感之欲歎息,對酒還自傾。浩歌待明月,曲盡已忘情。」とある。 ・覺:目覚める。 ・−來:…てくる。動詞の後に附き、動作の趨勢を表す。 ・浸:ぬれる。ぬらす。つける。しみる。うるおう。ただし、日本語の「しみる、うるおう」等は自動詞で、ここでの「浸汗」といった用法での「浸」は他動詞として読む必要がある。 ・恨:心に残り、うらみの極めて深いこと。残念に思う。(人に対してよりも、自分に対することば。なお、人に対しては「怨」)。
※只聴隣鶏報早晨:ただ、朝を知らせる近所のニワトリ(の鳴き声)だけ、耳をすまして聴いている。
※夢覚而得一絶:夢から醒めて絶句一首が出来た。半切への書なので、「前書」を極度に短縮して、「超短跋文」となった前書。 ・夢覚:夢から醒める。 ・而:…て。しかして。順接を表す。また、逆接を表して、しかれども。しかも。しかるにの意もあるが、ここは、前者の意。 ・得:得る。 ・一絶:絶句一首。
※瑞山:武市半平太の号。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「人振晨」で、平水韻上平十一真。この作品の平仄は、次の通り。
●●●○○●○,(韻)
○○●○●○○。(韻)
●○●●●○●,
●○○○●●○。(韻)
平成23.7.20 7.21 7.22 |
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