勝海舟明治三十年奉呈大韓大院君閣下　日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 Ribengushi


明治三十年奉呈　大韓大院君閣下

	勝海舟
世事半兒戲，豈堪作盲評。長白山頭月，獨題綠江淸。

******

明治三十年　大韓の大院君閣下より包((ふくさ))を奉(たま)はる/大韓大院君閣下に奉呈す　

世事(せじ)　　半(なか)ばは兒戲(じぎ)，
豈(あ)に　盲評(まうひゃう)を作(な)すに堪へんや。
長白(ちゃうはく) 山頭(さんとう)の月，
獨(ひと)り　綠江(りょくかう)の淸(せい)に題す。

　　*****************

◎　私感註釈

※勝海舟：江戸末期の幕臣・政治家。文政六年（１８２３年）～明治三十二年（１８９９年）。名は義邦、後、安芳。通称は麟太郎。安房守(あわのかみ)。江戸の人。蘭学・兵学に通じ、蕃書翻訳係に採用され、更に、長崎に設立の海軍伝習所にはいる。万延元年（１８６０年）には、遣米使節を乗せた咸臨丸で太平洋を横断。軍艦奉行に就任。幕府海軍育成に尽力。征討軍に対し、幕府側を恭順に導き、西郷隆盛と会見して、江戸無血開城を実現した。維新政府の軍事総裁、旧幕臣の代表格として、外務大丞、兵部大丞、参議兼海軍卿などを歴任。

※明治三十年奉包大韓大院君閣下：明治三十年、大韓（帝国の）大院君閣下より袱紗（ふくさ）をつつしんでたまわって（の返礼の詩）。俗人に理解されない孤高の姿を詠った。 *勝海舟の『氷川清話』に「（大院君）から二枚のふくさに、自ら懸崖の蘭を描いて、八十老石道人と落款したのを寄贈せられたから、おれも、先年七月ころであったか、返礼にこの詩を贈った。」とある。　・明治三十年：１８９７年。国号が朝鮮（＝李氏朝鮮）から大韓帝国（＝大韓国、韓国）と改まった年。　・奉：つつしんで受ける。うけたまわる。また、たてまつる。すすめる。献上する。また、日本語での謙譲の補助動詞。ここは、前者の意。　・包：つつみ。ここでは、『氷川清話』で云う「ふくさ」のことになる。前出・赤字部分。「奉包」を「奉呈」ともするが、その方が漢語の習慣に合っていて、妥当。「奉呈」：（貴人に）つつしんでさしあげる。献上。　・大韓：大韓帝国のこと。　・大院君：直系でない国王の実父に与えられる称号。ここでは、興宣大院君のこと。二十六代（李氏）朝鮮国王・高宗の父。　・閣下：興宣大院君の敬称。

※世事半児戯：世の中の事柄の半ばは、取るに足らない事であり。　・世事：〔せじ；shi4shi4●●〕世の中の事柄。俗世間の出来事。王維の『藍田山石門精舍』「落日山水好，漾舟信歸風。玩奇不覺遠，因以縁源窮。遙愛雲木秀，初疑路不同。安知清流轉，偶與前山通。捨舟理輕策，果然愜所適。老僧四五人，逍遙蔭松柏。朝梵林未曙，夜禪山更寂。道心及牧童，世事問樵客。暝宿長林下，焚香臥瑤席。澗芳襲人衣，山月映石壁。再尋畏迷誤，明發更登歴。笑謝桃源人，花紅復來覿。」韋応物の「寄李儋元錫」に「去年花裏逢君別，今日花開又一年。世事茫茫難自料，春愁黯黯獨成眠。身多疾病思田里，邑有流亡愧俸錢。聞道欲來相問訊，西樓望月幾迴圓。」とあり、南宋・陸游の『書憤』に「早歳那知世事艱，中原北望氣如山。樓船夜雪瓜洲渡，鐵馬秋風大散關。塞上長城空自許，鏡中衰鬢已先斑。出師一表真名世，千載誰堪伯仲間。」とある。　・児戯：子供の遊び。取るに足らない行為の喩え。

※豈堪作盲評：どうして道理が分からない批判にたえられようか。→（訳の分からない批評には、我慢が出来ようか。） *福沢諭吉からの批判に対する勝海舟の言葉に「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張、我に与(あづか)らずと存候。」（行いは己のもの。批判は他人のもの。知ったことではない。）とある。　・豈堪：どうして耐えられようか。（もはや）耐えられない。中唐・柳氏の『章臺柳　柳氏答詞』に「楊柳枝，芳菲節。所恨年年贈離別。一葉隨風忽報秋，縱使君來豈堪折！」とある。　・豈：〔き；qi3●〕どうして（…だろうか）。あに。強い反語を表す助字。『詩經・秦風』『無衣』に「豈曰無衣，與子同袍。王于興師，修我戈矛，與子同仇。　　豈曰無衣，與子同澤。王于興師，修我矛戟，與子偕作。　　豈曰無衣，與子同裳。王于興師，修我甲兵，與子偕行。」とある。　・堪：（…に）たえる。…できる。　・作：なす。　・盲評：道理が分からない批評の意。

※長白山頭月：（朝鮮民族の霊峰である）長白山の山頂の月は。　・長白山：現・中朝国境地帯を走る山脈の最高峰。朝鮮民族はこの峰を民族発祥の霊峰とし、白色の軽石層に覆われていることから白頭山とも呼ばれる。　・山頭：山の上。山頂。峰。

※独題緑江清：ひとりで鴨緑江の清らかな流れの詩を作っている（ではないか）。→（鴨緑江の月のような、あなた（＝大院君）の孤高の姿、そしてそれはわたし（＝勝海舟）の姿でもある。）「独題緑江清」の句を「独照緑江清」ともする。「長白山頭月，独題緑江清。」では意味も今一つはっきりしないが、「長白山頭月，独照緑江清。」では「長白山山頭の月が、ひとりで鴨緑江の澄んだ流れを照らし出している。」と月影の孤高さ、加えて彼我の孤高さを十分に詠いだしている。　・独：ひとり。　・緑江：鴨緑江のこと。現・中朝の国境をなす川。全長７９０キロメートルで、長白山（＝白頭山）に水源を発し、西流して黄海に注ぐ。

　　　　　　　　　　　　　　　***********

◎　構成について

韻式は、「AA」。韻脚は「評清」で、平水韻下平八庚。この作品の平仄は、次の通り。

●●●○●，
●○●○○。（韻）
○●○○●，
○○●○○。（韻）